第三章 ~彼女を救うたったひとつの冴えないやり方~

第三章-1

 大学は、すっかりと春休みに入ってしまった。大学近辺に残っているのは教授とサークル活動に勤しむ者ぐらい。あとは大学には来てないけど、バイトに明け暮れている親不孝者ぐらいだろうか。まぁ、バイトで生活費を稼いでいる学生は孝行者か。脊髄反射で馬鹿だと決め付けるのは悪い癖だ。反省しよう。

 まぁ、それはさて置き……そのどれにも当てはまらないのが、僕と梧桐座だった。いつものベンチで、いつもの如く昼飯であるパンをかじっている。僕はやきそばパンで、梧桐座はホットドック。貧乏学生は炭水化物がなにより欲しいのだ。ビタミンなんざ知ったことではない。草食系男子と言われ様とも、食べ物はやはり肉に限る。葉っぱじゃ身体は満たされても飢えた心は満たされない。


「太るで」

「そりゃ困る」


 とか何とか雑談している内に食べ終わった。現在はいつもの人気の無いベンチに居る。普段なら、どこかしらから人の声が聞こえるのだが、さすがに春休み真っ只中となると聞こえてはこない。広い空間がシンと静まり返っているのは少々不気味だけれど、今はそれがなんとも心地よかった。


「で、どうや、メイムちゃんは」

「どうと言うのは?」

「幸せそうかって事や」


 幸せ……そんなものは、見て分かる訳がない。他人の幸福度が分かるのなら、この世に不幸なんてものは訪れないんじゃないだろうか。

 いや、逆か。他人が幸せであれば幸せな程、嫉妬が生まれる。妬ましい思いはそのまま犯罪に繋がるかもしれない。

 しかし、逆に考慮すると犯罪を抑制するバロメーターになるかもしれない。あ、こいつ不幸だから犯罪を起こすかもしれない。みないた。しかし、そうなると、不幸な人間は警戒されるかもしれないなぁ。犯罪抑制の為に軟禁されるとか? そうなると余計に不幸という事になってしまう。悪循環ここに極めり。幸福ですか市民? と聞かれる日が訪れるかもしれない。ZAPZAPと光線銃の音が聞こえてくる日も近いかも。

 そんな馬鹿な妄想を振り払って、僕は梧桐座の質問に答える。


「幸せかどうかは分からないけど、シャンプーとリンスをプレゼントしたよ。だいぶ普通の髪の毛になってきたとは思う。これも一つの幸せか?」


 きちんと手入れをすると、すぐに効果が現れるんだよな~。洗われるだけに。デリケートなのか正直なのか、よく分からないな、髪の毛ってやつは。


「髪は女の命っていうからな。生き返ってきてるんは確かかもしれへん。けど、根本的な解決には何もなってへんよな」


 梧桐座の言う通りだ。メイムが綺麗になった所で、メイムの現状が回復する訳じゃない。それは、ずっとずっと先の話だ。美人な大人の女性を、男は決して放っておかない。高嶺の花だろうが、高値の花だろうが、魔界の花だろうが、歯を食いしばって取ろうとするだろう。それが男だ。草食系男子? そんなもの、マスコミが揶揄したただの言葉遊びさ。男はいつだって、可愛くて美人で気立てが良くて、優れた彼女が欲しいに決まっている。

 でも、今のままでは、彼女は中学を卒業した時点で職に就く事となる。メイムのことだ、きっと援助金や奨学金を受けず、そのまま働くという選択肢を選ぶに違いない。こんな短い付き合いの僕でさえ、そう言い切れる。それぐらいに、彼女は良い子なんだ。

 でも、それは、メイムにとって幸せだろうか?

 そんな訳がない。この国において、日本という国にいて、たった十一歳やそこらの時点で、将来が決まっているなんて状況は、どう考えても不幸だ。不幸以外の何物でもない。


「児童相談所には、何の権限も与えられてへんねんてな」

「あぁ」


 虐待や育児放棄の子供を保護する団体はいる。だが、今の日本におけるその団体には、力が無い。親や本人が保護を否定すれば、手出しが出来なくなるらしい。それじゃぁ、その団体の意味は何なのか。いったいどんな意味があるのか。そう思うけど、その怒りやわだかまりを、その団体にぶつけている場合じゃない。ぶつける暇があるならば、自分で動いた方が早いし、自分で動くべきだと思う。


「とは言っても、正攻法は皆すでに試しているだろうな。なぁ、梧桐座……なんか無いか? 子供を救う方法」


 正しい方法では、メイムを救えない。ならば、邪道でもいい。なんなら犯罪を犯してもいい。それで人を一人救えるのならば、それはそれで正義の味方ではないか。悲劇のヒーローを気取る訳じゃないけど、それくらいの覚悟はあった。


「あるで~。一個だけ」


 梧桐座が苦笑しながら言う。あまり、現実的な方法じゃないって事か。


「どんな?」


 一応聞いておこう、と僕は先を促した。


「メイムちゃんが柚妃家の人間やのうなってしまえばええねん」

「どういう事だ?」


 家出か? いや、この場合は仏門に入れ、という事だろうか?


「お前がメイムちゃんと結婚してしまえばいい。そしたらメイムちゃんは、茨扇家の人間や」


 荒唐無稽な話やけどな~、と梧桐座は苦笑した。

 ……結婚か。

 いや、しかし、待てよ……


「……ん。あぁ、なるほど。いいな、それ」

「はぁ!?」


 僕の返事に、梧桐座は素っ頓狂な声をあげた。大学の校舎に反射して、微妙なやまびこになっている。


「マジかいな!」

「良い方法じゃないか。結婚してしまえばメイムは大丈夫になるだろ?」


 うん。軽く考えただけでもそれで万事うまくいく気がする。


「簡単に結婚できる訳ないやろ! しかも、まだまだ世の中の理解がないやん、この結婚制度。この前もテレビでなんか言うとったで。おまえ、その標的にされるんやで! っていうか、メイムちゃんがその気になるかどうかも分からけへんしって、もぉ~!」


 何やらいっぱい言いたい事があるし、最後に梧桐座は絶叫した。案外、テンパったら弱いのかもしれないな、こいつ。


「落ち着け梧桐座。まずメイムが僕と結婚する事によってうまれるメリットとデメリットを考えようぜ。話はそれからだ」


 僕の言葉に、梧桐座はベンチから立ち上がった。冷静に冷徹に、僕を見下ろす。


「まてや、オルタナティブ・ブレイカー。お前のその考え方はおかしい。お前のその割り切り方はおかしい。お前、人間か? 人間やんな。間違いあらへんよな。あのなぁ……お前、そこに自分の感情を含めとるんか? 結婚っつったら人生の最大のイベントやろうが。己の感情を無視して結婚なんかしてええ訳があらへんし、するべきでもないわ!」

「感情?」


 あぁ、と梧桐座は頷く。

 感情か。感情ねぇ……つまり、梧桐座は僕がメイムを好きなのかどうか、愛しているのかどうか、結婚したいのかどうかを聞いている訳だ。


「正直に言うと、ぜんぜん分からない。メイムを助けたいっていう感情では、駄目か?」


 他人を助けてあげたいという感情は、好きとか愛とか何かそういう大言壮語の類に含まれないのだろうか。イコールにならないのだろうか。


「アカン。それじゃ、彼女が助かってからが無い」


 梧桐座は首を横に振る。

 そうか……そうだよな。だがな、梧桐座。それが何よりなんだよ。それが最初の目標なんだよ。


「今、お前『答え』を言ったぜ」


 なにがや、という梧桐座に僕はニヤリと笑った。


「彼女が助かってからが無い、っていう言葉。つまり、梧桐座の中では結婚すればメイムは助かるって事が確定している訳だ」

「む……あ~、そうやけど……そうやけど、違うやん! お前の人生とかどうなるねん。日本中の晒し者になってまうで。ロリコンやって言われるんやで? ええんかいな」


 まぁ、マスコミに晒されるのは確実だろうなぁ。週刊誌とかもある事ない事書かれるだろう。

 だが、それがどうしたというんだ。


「僕の友人が真実を知ってたら、それで良くないか?」

「はぁ……相変わらずやの。ほんなら、これから先に出会う奴は?」

「事情も知らないで、勝手な偏見にまみれた意見で僕を指差し笑う愚か者なんて、僕の友人にはいらないね」


 悪意がこもった人間と、わざわざ付き合う必要もないだろう。相手がこちらに責めて来るとしたら応対するが、そんな浅はかな人間にこちらから擦り寄る必要なんてものは無い。それこそ、メリットとデメリットで考えれば早い。馬鹿と付き合うのは、どう考えてもデメリットだろう。


「……バッサリやのう。世の中の半分以上の人間を切り捨てる行為やで」

「三分の一残るんだったら充分じゃないか? まさかみんなお友達、なんて思ってないだろ?」

「そらそうやけど。まったく、流石は根源殺しやな。いい加減、その性格は治した方がええで。特に日本人はゼロでもイチでもない、灰色を愛する民族やん」

「まぁなぁ~。馬鹿じゃねぇの、って思うよな」


 梧桐座が肩を落とした。どうやら、そうじゃないらしい。まぁ、これは僕達のいつものやり取りなんだけどね。


「よし。とりあえず、メイムとは結婚を前提に付き合ってみるよ」

「日本語は合っとるのに、激しく違う気がするんが凄いよな」

「複雑な言語だからな日本語は。ひらがなとカタカナと漢字まで操れる民族なんて、他にいないだろう。外国人は大変だと思うぜ」

「そやな」


 なんだか投げやりに返事をした梧桐座は放っておいて、僕は結婚について調べる事にした。調べ物といえばインターネットだが、せっかくなので大学の図書館に行く事にする。どちらにしろ、ネット回線が繋がったパソコンがあるしね。

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