第16話 過去編⑨:浅影透夜

「――詩織の行動を変えるって言ってもどうするつもりなんだ?」

 幸太はさっき夢のことを本人に伝える気はないって言った。俺もそれには同感だけれど、一体どんな方法があるのだろうか。


「んーまず一つは、詩央里さんを夜、自宅に帰らせないことだね。俺らで帰らないように引き留める」 

 物理的に家から遠ざけるのは確かに解決策ではあると思うけれど……。

 一つ問題がある。

「けど、詩央里は毎回、夕方以降になると絶対に家に帰りたがるよ。いつも時間を気にしているじゃないか」

 これは幸太も分かりきっていることだ。

 もちろん何か考えがあると思うけど。


「そうだね。あそこまで時間を気にして帰りたがる理由は前から気になってたよ。俺も透夜も深く追求することはなかったしね。そして透夜が前に言ってたけど、出会ったときは思い詰めているような雰囲気だったんだろ? そう考えると色々と繋がってくるよ……。あくまで憶測だけれど」


 あの時、詩央里は確かに思い詰めていただろう。

 そして、俺が夢で見た父親の暴行。あれはだ。

 普段から、虐待を受けていたのが理由だとすれば思い詰めていた様子だったのもうなずける。

 そして、時間を守って帰りたがる理由。親が厳しくて門限があるとかそんなことを思っていたけれど、詩央里にとってそんな甘いものじゃないのかもしれない。帰らなかったら暴力を受けるなんてことがあってもおかしくない。


「なるほどね……。俺も何となく分かったよ。確証はないし、憶測だけれどなんとなくそんな気がする」

 うん、と幸太は深刻そうにうなずく。

「強引に引き留めたとしても、その後帰った時に虐待を受ける可能性もあるし、それが問題点だ。そしてもう一つの解決策も思いついているんだ」

 これはさすが幸太といったところだろうか。

 俺は集中して幸太の言葉に耳を傾ける。


「二つ目は、詩央里さんが暴力を受ける原因を探すことだね。俺が疑問に思ったことなんだけど、解決に繋がるはずだ」 

「原因ってことは詩央里さんがどうして父親を怒らせたのかってことか? さっき話した通り、普段から虐待を受けていると仮定すると、わざわざ怒らすような言い合いをしていたのは謎だな……」

 確かに夢の中では暴力を受ける前に父親と言い合いをしていた。俺は夢の中で聞き取れず、はっきりと覚えていないけれど、そもそもなぜ言い合いをしていたんだ?

「透夜は唯一、『明日の夏祭り』っていう単語が聞こえたんだろ? それで言い合いになった理由はおおよそ想定できるね」

 なんで俺は分からなかったのだろう……。

 あいつが暴力を受ける可能性があるのに父親と言い合いになってでも歯向かった理由なんて一つじゃないか。


「詩央里は夏祭りに行くために父親を説得しようとしたのか……」

「……恐らくね」

「夏祭りに行くために父親を説得しようとしたと仮定するなら、今日できることは、夏祭りに行く予定自体を無くせばいいか」

「今日はもう詩央里さんに会ったのかい?」

「会ったけど夏祭りに行けるかは話してない」

「そっかぁ。とりあえず今日できることは夏祭りの予定を無くすこと。そして、帰りたがる理由を本人の口から聞き出せることができたらなぁ……。それで虐待の話を聞くことができたら周囲の人間に協力を得られるかもしれない」

「だけど、周囲の人間の協力が得られたところで明日だぞ? どうにかなるのか?」

「どうにかなる可能性は高いよ」

 食い気味に幸太の返事が返ってきた。

「予知夢のことを話すなんかよりよっぽど周囲の人間は協力してくれるよ。詩央里さん本人が助けを求めてくれたらなおさらね」

「……なるほどな」

 たしかに幸太の言うことはもっともなのだけれど正直、決定的な解決にはもう一押し弱い気がする。だからと言って、他に案があるかと言われたら無いのも事実だ。


 だけど、今やるべきことであるのは確かだ。

 今できること。それを最大限こなすしかないんだ。

 じゃないと、詩央里を救えない。


「早速だけど、詩央里のところに行ってくるよ。幸太も来るだろ?」

「そうだね。行きたいところだけど、俺が出る幕ではないから透夜が行ってくれ」

 いつもはなにごとも積極的なのにどうしたのだろうか。幸太が来てくれたら心強いのに。

「そんなことないだろ」

「いや、これは透夜しかできないことだ。分かってると思うけどいつもの俺はさ、何事もやってみないと分からないから自分から前のめりになるけどさ、それは死にはしないっていう最悪の想定が起こらないのが前提なんだよ。今回に限っては命が絡んでるんだ。慎重になるんだよ。自分の命じゃないからなおさらね」

 それは俺だってそうだ。

 だけど……。

「それは逃げてるわけではないんだな? 幸太がそう思うなら俺はその通りにするよ。だけど……――なんでもない」

 消極的な幸太を責めたいわけはない。だけど、命がかかってるからこそ幸太には来てほしかった。

「もちろん、協力したくないわけでないよ……。俺にできることは全力でやるさ」

「分かった……」


 その後、幸太とすぐ解散し自分の家に帰った。

 帰ったらなにを詩央里に話そうか考えていたら、外の暑さなんて気にならなかった。

 お昼まで、詩央里はまだ真衣さんの部屋で勉強してるはずだ。

 お昼ご飯を食べ終わったタイミングで詩央里で掛け合おう。それまではどうやって話を切り出すかまた考えておこう。


 けど、どうしようか。

 詩央里になんて切り出せばいいんだ。

 自分から助けてほしいと言ってくれればもうそれで充分なのだけれど、虐待を受けていない可能性だってもしかしたらあるんだ。それに、どうやって引き出せばいいんだよ……。

 帰りたがる理由も、急に聞いたところで話してくれるか分からないし。

 とりあえず、計画通りに夏祭りの予定を無くすことは伝えるけど。

 まだ時間はあるけど、考えれば考えるほど不安が募っていく。


 今日のお昼ご飯はあまり味を感じなかった。

 

  


 

 


 





 



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る