第11話 過去編④:浅影透夜

「お茶を選ぶなんて渋いですね」

 そう言って隣に座る彼女の様子から俺とは本当に初対面なのだろう。

 つまりこれで俺だけがもう一度夢で見た内容を繰り返していることはほぼ確定だ。

 信じたくはないけど、正夢になったか未来予知をしたことになる。

 一応、夢で見た通りにことは進んでいくけれど未来が変わることはあるのだろうか。彼女との会話の内容もほぼ同じだし、俺の受け答え次第でどう変化するのかが気になるところではある。

 だけど、彼女からしたらこれが俺との初めての会話だ。なるべく俺は夢と同じ対応がしたい。だってずるいじゃないか。彼女は俺と初対面として接しているのに、俺だけがすでに彼女を知っていて対応を変えてしまうのはなんというか不平等になってしまう。

 きっと俺のプライドというか心もちの問題なのだろうけど。

「甘いの得意じゃないんですよ」

「なるほど……私なんて甘いの好きだからいつもこれ飲んじゃいます」

 そう言う彼女はやはりいちごみるくを持っている。

「今度、機会があったら俺も挑戦してみますね」

「なんかそれ結局飲まなそうな言い回しですね……」

 残念そうな彼女を横目に蓋を開ける。

「いただきます」

「どうぞ」


「……蝉、死んじゃってましたね。一週間しか生きれないのに……」

 やはり同じ話題か。

 夢ではなんとなく返事してしまったけど、こちらも同じ返しが無難だろう。

「まぁ蝉にとっては一週間が一生だし、そもそも一週間っていう時間感覚がないんじゃないですか?」

「そうですよね……」

 そういう彼女の表情は暗い。

 夢でも考え事をしていたと話していたし、悩むことがあるのだろうか。

 今の俺が彼女にできることは何もないのだろうか。

「ただ、精一杯生きてるって伝わってきますよね」

 なんとなくそう思ったことを言ってしまったけれど、今の俺はどう映っているんだろうか。

「……」

 しばらく沈黙が続いた。

 たしか、夢の中だとこの辺で意識が途絶えたんだよな……。

 しかも、夢とは違う言葉をかけてしまった。これがどう変わるのかはわからないけれど、あの彼女の表情を見たら自然と喋ってしまった。


「私、さっきまで君が来るまで考え事してたんです」

「そうだったんですね」

 邪魔になってしまったのではないかと思ったけれど、今ここで余計な事を口走る方が邪魔になりそうだ。

「ありがとうございます」

「え?」

 さっきまで考えていたこととは裏腹に戸惑いの声が漏れてしまった。

「君がもしも来てくれなかったら思い詰めてたかもしれない」

「いやいや、俺はなんもしてないですよ」

 むしろ、人がいると思って若干気分が下がっていたぐらいだ。お礼を言われる筋合いなんてない。

「一つ相談してもいいかな?」

「俺の方が年下だけど、それでいいなら」

 若干嫌味みたいな言い方になってしまったけれど、高校生なんて俺からしたらかなり人生の先輩に感じるからな……。

 彼女はくすっと笑って口を開く。

「蝉はさ、一人で死んじゃうけどさ悲しくないのかな? 君はどう思う?」

 一人っていうか一匹だと思うけど。とか考えてしまったけど彼女の表情を見たら冗談を言える雰囲気でもない。

 道徳の授業みたいな考え方だな。苦手なんだよなぁ道徳の授業。正解なんてないはずの答えを探して、正しさを強要されるあの感じが。

「蝉に感情があるかは置いとくとして、単純にすごいなって思います俺は」

「……すごい?」

「だって孤独で死んでいくのって怖くないですか? 周りを悲しませたくもない気持ちももちろんあるけど、悲しんでもらえないのはそれはそれで自分が悲しいし」

「それで、すごいってことですか?」

「まぁ単純に俺の語彙力がないのもそうですけど、これが正解って言いきれる言葉なんてないと思ってるんで、そう考えたときに複数の意味がくみ取れると思って浮かんだ言葉が『すごい』ですね」

「――それって」

「どうかしました?」

「……いやなんでもないです」

 滅茶苦茶言ってる気がするけど、なんとなくで考えが伝わればいいのかな。

 だけど、彼女はなんでこんな質問をしてきたのだろうか。

 まさかだけれどさっきのどこか思いつめた表情といい、蝉を自分に置き換えて考えてないよな?


 ……それはないか。

 考え事をしていたといっていたいたし、何か思うことがあるのだろう。

 またもや、沈黙が続いている。

「それにしてもこんな初対面の中学生の意見なんかでいいんですか?」

 

「初対面だからこそですかね……」

「そうなんですか? 俺なんかより友達とか親しい人の方がもっと参考になるような考えが聞けたんじゃないですか?」

 純粋に俺なんかの意見を聞かせてしまったのも恥ずかしいし。

「いくら仲良くて、親しいからこそ話せないことがあるんですよ」

 そういう彼女はまたくすっと笑った。ただ、どこか悲しい表情をしているのは俺の気のせいだろうか。

 親しい間柄だからこそ話せないことか……。

 親しいからこそ打ち明けられると思っていたけれど、いつか俺もそう思う時がくるのだろうか。

 今度、幸太にも聞いてみようかな。

「逆に言えば、初対面の君だからこそ話せたのかな」

「そういうものなんですか……」

「そういうものなんです」

 話していたらのどが渇いた。

 乾いた喉をお茶で潤して、ひと段落つける。

「……俺、そろそろ約束があるので行きますね」

「そうだったんですね。引き留めてしまってすみません」

「全然です。それじゃあ」

 時間的にも急がないとな。


 少し歩いてからちらりと振り返ると、彼女は空を見上げている。

 なにを考えているかは分からない。だけど、暗い表情ではなくなっているからこれでよかったと思うことにしよう。


 ……あ。そういえば、名前を聞くのを忘れたな。

 まぁ、また会うかなんてわからなけれど。



 

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