第9話 過去編②:浅影透夜

 ――あれ、ここはどこだ?

 見慣れない天井が視界に映る。

 ベッドの上にいるのか俺。

 というか幸太の部屋じゃないか。なんでこんなところにいるんだ?

 さっきまで確か……――


「あ、透夜。 大丈夫そうかい?」

 ちょうど体を起こしたタイミングで幸太が部屋に入ってきた。まだ思考が回らなく、現状をあまり理解できないけど、ぼんやりと記憶が戻ってきた。

「今起きたんだけど、俺さっきまでバス停に居たはずだよな?」

「バス停? なんかよく分からないけど大変だったんだからな。とりあえずこれ飲んどきな」

 幸太からスポーツドリンクを受け取り、ペットボトルに口をつける。今は考えることより目の前の水分だ。

 思っていたより、身体が水分を欲していたみたいでほとんどを飲み切ってしまった。

「そうだ。思い出した。確かバス停で女子高生に飲み物買ってもらったんだ……それから俺は、倒れたのか?」

 しっかりと覚えている。今にも消えてしまいそうな雰囲気のあの女子高生。

 

「……ん?」

 幸太は眉をひそめて心配そうに俺を見ている。

 あれ? 幸太の反応が明らかにおかしいけど、なんか変なことでも言ったのだろうか。

「あの高校生が助けてくれたのか? 今どこにいるんだ?」

「さっきから何を言っているのか理解できないんだけど、本当に大丈夫か? ついに透夜が暑さでやられてしまったか……」

 馬鹿にされているのか心配しているのか分からないなこいつ。

「そっちこそなに言ってんだよ。幸太の部屋にいるってことは、幸太が助けてくれたってことだよな? その時、女子高生も一緒じゃなかったか? 居合わせたってことか?」


 こっちは真面目に話しているというのに、幸太は優しい目をして微笑んでいる。

「うんうん一回落ち着いて。 透夜くんが女子高生に憧れてるのは分かったからさ。 年上が好みだったかぁー」

「よし。帰るか」

「チョウシノリマシタ。スミマセン」

「割とっていうか結構真面目なんで聞いてくれ」

「分かった分かった。 話を戻すけど、まず透夜が倒れてからここまで運んできたのは俺」

「助かった」

 倒れたという認識は間違っていないみたいだ。

「んで、透夜のいう女子高生らしき人物には会っていないよ」

「マジか。多分バス停横のベンチで倒れたんだけど、その時一緒に女子高生がいたんだよ。 倒れた人間を置いていくような人じゃないと思うんだけどな……」

 なぜだろうか。 幸太と話が全然かみ合っていない気がする。そもそも俺の遭遇したあの出来事がなかったみたいに。

「それが意味わからないんだよ。っていうか、なんか怖いな」

「どういうことだ?」

 幸太の目は真剣だ。ふざけてもいないし、からかおうともしていないだろう。


「だって透夜が倒れたとき隣にいたのは俺なんだよ。 しかも、バス停なんかじゃなくて、普通に歩いてただろ?」

 なにを言っているのか理解ができない。言葉は分かるのに理解ができない。さっき俺が冗談を言っていると思った幸太もこんな感じだったのだろうか。

「……いや、おかしいってそれ……。 だって確かに俺は自販機で一緒に飲みもを買ったんだ。 ――そうだ! 俺の買ったお茶はどこだ?」

 あのお茶があればあの一連の出来事の証明になるじゃないか。よく考えればならないのかもしれないけど、今はどうでもいい。

「透夜、そんな物はない。 もう一回言うけど、倒れていた時隣にいたのは俺で、その場に女子高生はいなかったんだよ」

 ……嘘だ。だってあんなにも鮮明に覚えてるんだ。あの女子高生とした会話も、あの表情も。


「よく思い出してみなって。透夜が倒れる直前まで一緒に川に向かって歩いてたじゃないか。 確かにベンチまで行って一休憩挟もうとは話したけどその前にはもう倒れてたよ。 それで家の近い俺がここまでかついできたんだよ」


 ――そうだ。思い出した

 なぜ忘れていたのだろうか。俺は幸太と川に行く途中で偶然遭遇して、一緒に向かうことになったんだ。確かにそうだった。

 忘れていたというのも違うか。あまりにもバス停での記憶が鮮明に残っているせいで、もう本当のことが判別できなかった。

 流れ込んでくる記憶が気持ち悪い。

 過ぎ去った過去は一つしかないはずなのに、二つの記憶が同時に蘇ってくる。

「……透夜。大丈夫か?」

「思い出したよ。幸太と居た記憶もあるけど、女子高生と居た記憶も同時に存在するんだ。しっかりと」

 不可解な出来事に、頭の中がおかしくなりそうだ。

 この不快感をどうやって拭えばいい。

「一回落ち着けって。汗が凄いよ? 証言者の俺がいる限り、俺と居た記憶の方が正しい。 きっと倒れているときに夢でも見たんじゃないのかい?」

 幸太が差し出してくれたタオルで額の汗を拭う。

 深呼吸をして思考を落ち着かせる。幸太からもらったスポーツドリンクももう飲み干してしまった。

「夢にしてはあまりにも記憶が鮮明なんだよなぁ……」

 本当に夢だったのだろうか?

 なんとなく腑に落ちないけど、今はそう思うしかない。もう終わったことだし。

 幸太からしてみると俺が幻覚でも見てると思ってるのだろうけど、幸太の反応的に俺が本気なのは伝わっただろう。


「それにしてもさ」

 幸太からさっきまでの真剣さは抜けており、いつも通りの笑顔に戻っている。

「透夜はお姉さんみたいな人が好みなんだね」

 前言撤回だ。俺が本気だとは絶対伝わっていない。

「よし。帰る。じゃあ」

「待って待って! 冗談だって!」

「逆に冗談じゃなかったら殴ってたぞ」

「怖いって! けど、透夜からあまりそういう話聞かないからさー」

 幸太こそ女子に好かれまくっているというのに、人の色恋沙汰が気になるのか。

「俺はそういうのはないからね。それに幸太は自分の方心配した方がいいんじゃないか?」

 実際、この前も告白されたっていう噂が流れてきたしな……。バスケ部でこの見た目だし、モテないはずがないのは分かってるけど。

「透夜こそ別に関りがないわけではないだろ?」

 まぁ友達がいないわけでもないし、それなりに話すのだけど俺の場合はそれだけだ。

「ま、今はどうでもいいよ別に。 それよりも明日こそ川に行くか。平日だから親が仕事でいないし」

「そうだね。 集合場所と時間は同じで。てか、良かったよ。病院に運ぼうか悩んだけど、透夜の親にバレたらこの夏遊べなかっただろ? 生き返ってくれてよかったよ」

 本当に危険な状態になったらさすがに病院に連れてってくれただろうけど、幸太のこういう気の使い方はとてもありがたい。だからモテるのだろうな……。

「死んではいないけどな。 まぁ助かったよ。ありがとう」

「え? 透夜が感謝した……。 普段からこれくらい素直ならなぁ」

「よし。次こそ殴るか」

 あの女子高生の記憶は結局よく分からないけど、もう忘れるしかない。忘れるしかないというか気にしてもしょうがないけれど、一応明日もあの自販機にはよってみることにしよう。


 



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