第5話 高校入学⑤

「まずはどこから話すとするか……」

 先輩は顎に手を当てながら考えている。


 ――数秒の沈黙が続いた。

 よし。とつぶやき永井先輩はこちらを見据えた。

 空気は重くなり、緊張が走る。

 何だろうかこの先輩から伝わる圧というか、緊張感は。

 雰囲気づくりが上手いなとか考えていると先輩は話し始めた。

 

「まず始まりはミス研部の後輩がとある記事を持ってきたんだ。それは、隣街で起きた殺人事件についての記事だった」

 隣街。今この学校がある神乃宮市の隣である倉乃里市のことだ。

 まぁ俺が生まれ育った地でもあるし、今から話されるであろう俺の起こした事件の地。


「それは当時、15才の少年が殺人事件を起こしたしたという内容だった。俺も最初は隣街で身近な事件は衝撃的だったが、ミステリー部の謎として迫るつもりはまっさらなかった」

 幸太も黙って聞いている。

 若干、目つきが悪くなってる気もするが。


「しかし、記事を持ってきた部員が記事を見てこんなことを言い出したんだ。15才の少年が包丁を持った大の大人を抑えることなんてできるのかと。むしろ、刺し殺してるわけだと。俺も最初に聞いて特に違和感は感じなかったが、そいつはミステリー研究部の中でも推理や考察能力が高くてな……最初、この事件についてはそいつに好き勝手させてしまったんだ」

 そこで止めておけばよかったんだと、永井先輩は呟く。


 ――包丁を持った大の大人。

 もっと詳細にすると、45歳の男。死んだ今でも憎いと思っている。ただただ憎い。

 あの男さえいなければ詩央里は死ななかったんだ……。


「透夜。君は席を外すかい?」

 気づけば額にじんわりと汗が浮かんでいた。

「いやなんでもないよ。続きが知りたいんで話を続けてください」


 目の前にいる永井先輩もきまづそうにしている。心なしかさっきより小さく見える。それはそうか目の前に殺人を起こした15才の少年がいるのだから。なにしろ事件を起こした張本人に事件の全貌を話そうとしているのだから。


「……すまない。そしてそいつは事件のことを調べ始めるわけだが整理しておくと、45歳の男、稲宮淳は娘の稲宮詩央里と事件が起こった場所でもある稲宮淳の自宅で二人で暮らしていた。虐待をしていたという稲宮淳は、ついに稲宮詩央里に包丁を向けた。その時偶然居合わした少年、浅影透夜が襲われそうになっているところを止めに入り、正当防衛として彼女を守った。……ここまでが公になっている内容だ……」


 先輩は話しにくそうに次の言葉を詰まらせている。


「……さっきの話に戻るがそいつは中学生の少年が刃物を持った大人を抑えれるのかと言った。そして、浅影くんが偶然居合わせることがあるのかと。稲宮詩央里との関係性とかもそいつは言ってたな……。つまり、その……そいつは計画的犯行じゃないのかと言い出したんだ」


 ――そうくるか。

 幸太が立ち上がった。

「永井先輩。そいつって言ってる先輩呼んでもらうことできないんですか。部員なんですよね?居ないんですか今」


 現時点で先輩が事件に関して知っている情報を今聞いているわけだけれど、実際、事件に裏があるのは事実だしどこまで知っているのかを聞くのが今は優先だ。


 幸太には悪いけど、そもそも俺らと接触する想定すらしていなかっただろうし、興味本位で事件を知らべたことを責めるのは今するべきじゃない。


「幸太。とりあえず話を聞こう」

「分かったよ……」

 そう言って幸太はすぐに椅子に座りなおす。


 永井先輩は咳払いしてから話を続けた。

「すまないな。粂谷って言うんだがそいつはもう帰ってしまったんだ。もちろん俺も知っていることは全部話すつもりだから許してくれ」

 逆に謝らせすぎて申し訳なくなってきたな……。

 幸太はもう先輩の前で腕くんじゃってるしなぁ。なんか肩身が狭くなってきた。


「それで粂谷は事件を調べたわけだが、最初にも言ったが俺は調査には関与していなくてな調査結果しか聞かされてないんだ。つまり、調査方法や動向は知らない」


「それで、調査結果はどうだったんですか?」

 肝心な内容だ。幸太も急かすような詰め方をしているが実際、事件の真相を突くことはできないだろう。

 なぜなら俺が予知夢を見れることがこの事件の真相に大きくかかわっているのだから。


 それこそミステリー研究部において本来調査したい内容だろうけど、殺人事件という現実的な観点から調査したときに、当事者が超能力を使えるなんてことは一番と言っていいほど、真相の候補から外すだろう。


「あくまでも粂谷から聞いた調査結果によると、浅影くん。君の計画的犯行なんじゃないか。と」

 もう幸太に関しては、ついに机に肘をついて頭を抱えている。

 まぁわざわざ調査したんだから、そうなるか。


「理由に関しては調査した結果、計画的な犯行以外思いつかないと。ただ、警察が計画的犯行だと言える証拠がないのが不明なのと、計画的な犯行の場合なぜ今なのか。とも言っていたな……あと、どんな計画を立てたのかは粂谷が推理していた。それは俺から話すよりも粂谷に聞いた方がより詳しく聞けると思うから、明日の部活に俺が呼んでおこう。だが、最後に粂谷はこんなことを言っていたんだ……」

「どんなことですか?」

 さっきまでの緊張感は永井先輩の顔からは消えていた。


「えーと……現実的に考えた結果、現実的な犯行になっただけにすぎませんけどね。って言われたんだが、あいつ的にはなんか引っかかることがあったんじゃないのか? まぁ普段から何を考えているのかよく分からないやつだしな。気になることは明日聞いてくれ。申し訳ない。ただ……浅影君」

「はい」

 急に真面目なトーンで俺を名指ししてきた。

 思わず背筋を伸ばして返事を返してしまった。


「君に一つだけ聞きたい」


 おおよそ何を聞かれるかは予想できるけど。まっすぐすぎるこの先輩が俺に聞きたいことなんて一つだけだろう。

「君は本当に明確な殺意を持って殺したのかい?」

 本当にまっすぐな人間だ。だからこそ俺は今、――最大限の気持ちをぶつけてやる。


「――殺さなきゃ殺される。そんな状況に陥ったら殺すしかない。人によるかもしれないけど、俺は殺す以外考えられなかった。心の底から死ねと思ったし、死んだ今でも殺して良かったと思ってる。けど……もうどうでもいい」

 

 ――怒るだろうか?失望するだろうか?

 怖くて先輩の目を見れない。

 

 恐る恐る先輩の顔を見上げようとしたその時だった。


「――失礼します。ここに浅影透夜さんはいますか?」

 黒くて長い髪をなびかせた少女が扉の前に立っていた。

 折れてしまいそうなほど、細い身体の線。


 なのに、その姿は誰よりも力強く立っているようで。

 そして、誰よりも力強いその瞳が俺を捉えていた。


「――すみません。話があります」

 そういう彼女の言葉はやはり力強かった。

 



 






 


 



 

 



 







 

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