深夜、夢見る少年は朝を見る

アオト

第1話 高校入学

 ――眠っていると夢を見る。

 それもただの夢ではない。

 本来、予測できないはずの未来で起こる出来事を夢として見ることができてしまう、俗に言う予知夢だ。


 現在に至るまで突然その夢は現れ、見たくもない未来を散々見せられてきた。

 今でも、最悪の夢を思い出すことがある。

 夢でも、現実でも見たあの光景は鮮明に焼き付き、忘れることはないだろう。


 そのせいで高校入学前は思い出したくもないような目にあったし、逃げるようにして入った高校も一週間たった今、居心地の悪い空間になっている。

 もちろん予知夢が見えることは友人の幸太以外に知ってる人間はいない。

 話したところで信じてもらえるような話ではないし、むしろ馬鹿にされるオチが見えている。

 それでも未来が見えることによって巻き込まれたのおかげで俺の高校生活は、青春とは程遠いものになってしまった。

 ――

 高校入学前のあの時、俺が予知夢を見てなかったらこんなことにはならなかったのだろうか。

 

「おーい! 透夜ー!」


 教室の外から聞こえるやかましい声に俺は重い腰を上げた。

 周りの視線がグサグサと刺さるのを感じながらも俺は廊下へと席を立った。

 幸太もなんでわざわざ教室に呼び出しにくるんだよ……。放課後でもいいじゃないか。


「なんだよ……。幸太」

 この短髪で爽やかな青年は友人である佐上幸太。高校に入ってからもすぐに周りに溶け込み人気もあるはずなのだが……。

 幸太は俺の顔を見つめながら口を開いた。

「おっと。どうしたんだい? そんな『殺人鬼』みたいな顔して」

「バカにしに来たなら戻るぞ」

「ごめんってー! そんなつもりじゃなかったんだよ」

 じゃあどんなつもりなんだと思ったが、口に出すよりも早く幸太の弁明が飛んできた。

「知ってるだろ? 透夜が『殺人鬼』って呼び名がついてることは」


 もちろん知っている。

 高校が始まって一週間、俺の呼び名は『殺人鬼』でまかり通っている。

 教室でもコソコソと話している会話の中で殺人鬼という単語が含まれていることに薄々、自分のことだろうなとは思っていたし。

 これものせいなのだけれど……。気にしてもしょうがない。


「そりゃあ、聞こえてくるからな……。 自分に対して話してる声って案外耳にはいってくるもんだな」

「確かに分かるねそれ。あの瞬間は自分の聴覚が研ぎ澄まされてるよなー絶対」

 顎に手を当てて考える幸太。

「まぁ深く考えるのは後にして、なんか用があったんじゃないのか?」

 ハッとした表情で幸太は一歩前に出る。

 随分とまぁ感情表現が慌ただしいものだ。

「そうだよ!!透夜!」

 なんか嫌な予感がする……。

 次に口から出る言葉を止めるのはもうあきらめるとして、どう断るかを考えることにしよう。


「――!」


「――え?」

 目を輝かせながらそういう幸太に一歩退いてしまう。

 そのすきを見逃さないとさらに詰めてくる。

「この学校は部活動が強制なのは知ってた?」

 もちろん知っていた。

 入学初日に先生から部活動が強制だという話が出たとき、絶望したからよく覚えている。

 しかし、この学校にも英雄と称賛するべきであろう先輩方が創り上げた帰宅部が存在する。

 なぜ教員が納得したのかは分からないけど……。


「知ってるけどさぁー……」

「透夜が乗り気にはならないだろうということはもちろん想定済みだ。ということで、実は事前に部活動をリサーチしといたんだ」

 先手を打たれてしまった……。

 こうなってはもう幸太に付き合うしか選択肢はないだろう。


「てなわけで、放課後になったら部活動見学行くから第二校舎前で待っててね」

「分かったよ……」




 放課後になって俺は第二校舎の入り口に向かう前に、自販機に飲み物を買いに行くことにした。

 どうせ幸太のことだから授業が終わった後も友達と盛り上がってるだろうし、少し遅れるだろう。

 自販機、少し遠いんだよな……。

 この学校、私立華桐高校は主に三つの校舎で構成されていて、県の中ではトップクラスの規模を誇っている。都会の学校なだけあって施設や設備が十分すぎるほど充実しているけど、その分人数も多く一学年で何十クラスとある。

 三つの校舎はこの字型で並んでおり、この字を塞ぐように体育館が建っている。

 校舎に囲われている中心の空間は中庭となっており、主に校舎間の移動に使われている。

 今向かっている自販機は、一年生の幸太がいる第一校舎から第二校舎に向かう途中の中庭にあるから、もしかしたら会うかもしれないし都合がいい。

 それにしても学校に自販機があるってなんだか新鮮だ。


 ――ん?

 何を買うか悩みながら歩いているときだった。

 前で荷物を漁りながら歩く女子生徒の鞄から白いハンカチのようなものが、ぽすんと落ちたのだ。

 本人は気づいていないようなので声を出そうと思った時、ふと思った、

 引き留めようかと思ったけれど、今の自分の現状的にそれはいいのだろうか。

 『殺人鬼』だぞ……俺……。

 あれこれと悩んでいるうちに女子生徒は廊下の突き当りを曲がって行ってしまった。

 なんて優柔不断な男なのだろうか。反省。

 とりあえず、このハンカチを職員室にでも届けに行くか……。

 

 その時。

 ふとハンカチの端に書いてある文字が目に留まった。

 なんだ。名前が書いてあるじゃないか。

 確認するとそこには小さく『神楽坂かぐらざか』と、いかにも高級感が漂う筆記体で刺繍が編まれていた。

 

 ――俺は手に取ってしまったことを後悔した。

 まさか、神楽坂家の人間だったとは……。

 とにかくあのお嬢様と関わってはいけない。

 このハンカチを早く職員室に届けなくては。

 

 そんなことを考えてると後ろから、足音が近づいていることに気づいた。


 ま、まさかな……。

 俺は、恐る恐る振り返ると、そこにはこちらを見つめた幸太が立っていた。


「――なんだよ……。幸太かよ……。」

 俺は呆れて答えた。

 幸太はこちらを見つめ続けていたが、短い間を置いて口を開いた。

「見ていたよ。透夜」

 幸太に先程の一部始終を見ていたらしい。

 怒っているのだろうか?

 傍から見たらハンカチを落としているのに気づいてるにもかかわらず、完全に無視した人間だ。

 すると、幸太はふっと笑った。

「どうせ透夜のことだ。俺が怒るとでも思ったのか?」

 やれやれと、言いながら幸太は首を振る。

 そのしぐさを見て少し安心してしまった自分が少し恥ずかしい。

「じゃあどんなつもりなんだよ?」

「実際、ハンカチを無視したわけでもないしさ。そんなことより、拾ったってことは夢で見たわけではないんだね」

「そうだよ……じゃなきゃ拾わないよ……。」

 ――夢。

 俺が見る特殊な夢、予知夢のことだ。

 そう。俺は、仮に予知夢でさっきと同じハンカチを落とすシチュエーションを見ていたら、絶対にハンカチを拾うことはない。

 誰に何と言われようが。

 なぜなら俺は――

「――予知夢を見ても『』でしょ?」

 幸太は俺が答えるよりも早く、分かりきっているかのように言い切った。

 

 

 

 



 

 


 



 


 



 

 

 



 

 

 

 


 


 

 

 

 

 


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