第3話 喚び醒ます者

 





 神妙な面持ちをしたクーヴァは、サージェスに気づかれないように控えている実行官エクス達に合図を送った。


 いくら序列三位でも、輝石を持っていないのであれば敵ではない。死角に控える序列六位と八位の二人に敵うはずがないのだ。


 後はサージェスの死体の処分を、どうするかだけ考えればいいのだが……何故だろうか? さっきから冷や汗が止まらない、嫌な予感がしてならない。



「どうしたクーヴァ、凄い汗だぞ? というかもう行っていいか? 俺の退は受け取ってくれるんだろ? それとも――――後ろにいるお前達が受け取ってくれるのか?」



 気づかれていたとクーヴァが息を飲んだ瞬間だった。


 奥に隠れていた二人の実行官エクスが、動き出したのが分かった。分かったとは言ったが目に追えるものではない。僅かな空気の流れ、そして部屋中を満たす殺気は強すぎて、戦闘に疎い自分にも感じとれたのだ。



「――――おっと……危ねぇな、殺す気かよ?」


「……無論だ」


「指揮官からそのように仰せつかっています。組織を裏切り、手駒とならないのなら消せと」



 サージェスに対峙する二人の男。


 実行官は基本的に、仮面を付けて素顔を隠している。組織外で行動する彼らの素性を隠すための単純な措置であるが、組織内であるというのに二人は仮面を付けていた。


 その行動の意味する所は、サージェスの事を完全に敵とみなしていると言う事。


 可能なら留まらせろと伝えてあると言うのに、先程の攻撃といい仮面といい、この二人はサージェスを殺す事しか考えていないように思える。


 神の軌跡の実行官、寡黙で多くを語らない、序列六位のレグナントと、あまり接点がないのでよく知らない、序列八位のアライバル。


 実力は本物。十三人しかいない最高戦力の中の一人なのだから。


 その二人から放たれた攻撃を、危ないと言いつつも余裕を持って避けて見せたサージェス。


 三人ともに動揺などは見られず冷静であると思われた……が、内心レグナントとアライバルは驚いていた。


 死角より完璧なタイミングで放った、確実に殺せるはずだった攻撃を、いとも簡単に避けられた。


 輝石を持たない男が何故このような動きを取れるのか。レグナントとアライバルは、まだ輝石を持っていると想定し、舐めてかかるのを取りやめた。



「今ならまだ間に合いますよ? いくら組織で最強の貴方でも、大した輝石も持っていない今の状態で、我々に敵うと思っているのですか?」


「間に合うって何が? 別に遊びで辞めるって言った訳じゃない、間に合うもクソもねぇんだよ。辞めるって言ったら辞め――――」

「――――問答無用。圧し潰されろ……奇跡・鈍重!」



 アライバルとの会話に割り込み、奇跡を体現させたレグナント。


 周りの被害など考えず、確実に殺すといった強烈な力がサージェスを包み込んだ。



「はぁ……レグナント、話くらいは……もう手遅れですか」



 アライバルはレグナントの行動を窘めようとするが、それは意味のない事だと閉口した。


 レグナントの所持するランク:王の【輝石:重斥】は、重力を操作する。人が耐えられないほどの重圧に押し潰されてしまえば、骨すら残るまい。今更どうにもできない事に対する問答など、時間の無駄でしかない。


 そんな事に時間を使うくらいなら、床が陥没し壊れてしまった事に対する謝罪の文言を考えなくてはならない。管理官あたりが煩いだろうからだ。



「クーヴァ管理官、終わりましたよ? 少々床が損壊してしまいましたが、元序列三位を始末してこの程度の被害であれば、安い物でしょう」


「こんな簡単に……おほんッ! ここは管理局、その床の修復費用は実行局へ請求させてもらいます」



 呆気に取られていたクーヴァは、咳払いを一つしたのち冷静さを取り戻し、真面目な管理官の顔へと戻っていった。


 正直こんな被害は被害の内に入らない。サージェスが素直に輝石を渡すとは思えなかったため、考えたくもないほどの被害を受けるだろうと思っていたくらいだ。



「さて、それでは指揮官達への報告は任せましたよ? これでも我々は忙しい、内輪揉めに付き合っていられるほど、暇ではないのです。行きますよレグナント…………レグナント?」


「…………馬鹿な」



 珍しくもレグナントが目を見開き、驚きの表情を取っていた。


 その視線の先にあったのは、恐ろしいほどの重圧を受けているのにも関わらず、煙草に火を付け吹かし始めたサージェスの姿であった。



「――――ふぅ~……気は済んだか? もう止めにしようぜ? 俺は今後組織に一切関わらない事を約束する。そのかわりお前達も俺に関われないでくれないか?」


「貴様、やはり輝石を……」


「……残念ですがそれは叶いません。組織を抜けると言うのなら消す。仮にこの場から逃げ果せたとしても、どこに逃げようとも我が組織は貴方を探し出し、始末するでしょう」



 三人が立ち上らせる不穏な空気。それを後方で感じ取っていたクーヴァは事の成り行きを見守る事しか出来ないでいた。


 優勢と余裕を見せたサージェスに対し、次なる一手を模索するために頭を回すが、何も浮かばない。


 そもそもサージェスの強さは、指揮官達であれば把握していたはず。それなのに動かす事の許可が下りた実行官は二人だけ。それもサージェスより階級が下の者だ。


 サージェスが組織を抜ける可能性は、指揮官達も危惧していた。そのため私には情報が下りてきており、準備をする時間はあったのだが……時間はあっても遂行させるだけの戦力が用意出来なければ、意味がないではないか。


 まるで指揮官達は、サージェスの事を逃がそうとしているようにも思える。



「……ネチネチと面倒くせー奴らだな! 組織の情報は外には漏らさない、それでいいだろ!?」


「そんな口約束が信じられる訳ないでしょう? さぁ選んで下さい! 組織に残るか、今ここで死ぬか……我々の追っ手に怯えながらの人生を送るのか!」



 我が組織、神の軌跡の事を知らない人間はいないだろう。


 人々を脅威から守り、病気や怪我から救い、様々な生活必需品などを販売する世界最大級の組織。


 しかし裏では輝石を牛耳り、を成し遂げようとしている。


 そんな事が世間に暴かれたら一大事。組織の表の人間として、真っ当な仕事をしている大勢の者は失職するだろうし、神の軌跡に助けを求めてくる者を、救える者もいなくなる。


 まあ私にとって……というか裏の人間にとって、それはどうでもいい事ではあるが、輝石の入手に陰りが出る事は問題だ。それは阻止しなければならない。


 そして、その問題を引き起こす可能性を持つ裏切り者がサージェス。


 可能性は全て潰さなくてはならない。



「どれもお断り……まぁマシなのは三番か? 俺を追うと言うのなら好きにすればいい……ただし――――」



 やはりサージェスを逃がす訳にはいかないと、改めて再認識を図った時であった。


 サージェスから恐ろしいほどの殺気と異様な気配が、部屋中に放たれた。


 その瞬間、私はとある事を思い出す。



「こ、これは……レグナント! サージェスに止めをッ!!」


「化け物が……!!」



 序列三位、サージェス・コールマン。


 またの名を、【喚び醒ます者】。



「――――ただし、俺の邪魔をすると言うなら容赦はしない。指揮官の連中にも、他の実行官にも伝えておけ。恐怖、絶望、後悔、その全てを喚び醒ます事になると――――」



 ――――それからの事はよく覚えていない。


 情けない事に、凶悪な殺気で私は気を失ってしまったようで、目が醒めた時にはサージェスの姿はどこにもなかった。


 ふら付く足を奮い立たせ、辺りを見渡して最初に目に入ったのは、息も絶え絶えとなった二人の実行官の姿であった。


 サージェスは組織を裏切った。その事は上層の人間だけが知る、トップシークレットとして扱われるようになり、その処罰は新たに任命された序列三位の者も含めた、十三人の実行官に任された。


 サージェスは自由になったと思っているだろうが、それは勘違い。


 確かにあの者の力は強大だ、簡単にはいかないだろう。しかし所詮は個、組織の全という力の前ではあまりに矮小である。


 精々束の間の自由を謳歌するといい。


 お前の自由に、枷を嵌めようとする者達の影に怯えながら――――

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