炙の回廊

笹身肚些王丸

宇宙の包み揚げ

 宇宙の包み揚げを作る。


 用意するのは春巻きの皮と塩胡椒、サラダ油、それから宇宙だけでいい。宇宙はスーパーマーケットで売っている手頃な値段のものが、百グラムもあれば十分だ。地域にもよるとは思うが、だいたい百グラムで七、八十円といったところが相場だろう。


 さて、まずは宇宙を炒めなければならない。フライパンに大さじ一杯のサラダ油を熱し、中火にしてから宇宙を投入する。少し焼き色がついたところで適当な量の塩胡椒を入れ、軽く混ぜながらさらに炒める。まあこんなところでいいかな、と思ったら火を止め、しばらく冷ます。


 ある程度冷めたら次は春巻きの皮で宇宙を包む。包み方はこう、春巻きらしくなるようにしてやる。この作業は慣れが肝心だ。各位、適当なレシピを参照して春巻きらしく包んでみよう。


 そしていよいよ揚げの工程に入る。百七十度ほどに熱した油で三分も揚げれば春巻きの皮はきつね色に色づいて、内包された宇宙にはビッグクランチの兆しが訪れる。


 こうして完成した宇宙の包み揚げはご飯のおかずにも、酒の肴にもよいだろう。もちろん、それ単体で食べるのもいい。お好きなようにお召し上がりになればよろしい。それは全ての食品がそうだろう。


 揚げたての宇宙の包み揚げを一口齧ると、熱く、かりかりとした食感に次いで宇宙特有の食感が来る。あたかも何もない「くう」を噛んでいるようでありながら、しかしそこには「無」が「有る」。きつね色に揚がった春巻きの皮は宇宙に漂い、口内には一つのアステロイドベルトが形作られる。これを嚥み下す際にもまた、特有の感触がある。くうであり無であり有であるそれが喉を通る時の、少しの間だけ息ができなくなるような、胸を圧されるような不思議な感覚。仄かな塩胡椒の風味を後に残し、春巻きのアステロイドベルトが喉を通過して行く。宇宙の包み揚げを好んで食べる者は皆、大なり小なりこの感覚に魅入られた者だろう。


 今や宇宙はどのスーパーマーケットでも手に入る、手頃で身近な食品である。だが皆様もご承知の通り、宇宙は数年前までは決して一般的な食品ではなかった。かつて宇宙は、小惑星鉱夫たちの間で密かに楽しまれる、知る人ぞ知る逸品であった。危険で薄給な小惑星鉱夫たちの、せめてもの贅沢であったというわけだ。しかし宇宙空間削り取り機の実用化、削り取り漁法の確立、宇宙漁船と宇宙漁港の建造を経て、宇宙は彼らだけのものではなくなった。一般家庭の食卓に並ぶ食材となった。小惑星鉱夫たちの逸品はいくらでも手に入る陳腐な代物になった。


 こうして宇宙は遠い神秘ではなくなった。豚のこま切れ肉と変わらない値段で買えるようになった。数ある食い物のうちの一つになった。卑近になった。


 今や宇宙は私たちの胃の腑に納まっている。宇宙の神秘は潰えた。削り取られた宇宙がただ腹を満たす為に費やされる時代になった。これを梵我一如とするのは、傲慢がすぎることだろう。

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