第32話(茶番です)虚しさばかりが募りゆく

ちょいと聞いてくださいよ。

どこぞの上司様がですね、その要職について一年と三か月になるんですがね。

ええ。そうですよ。あっという間に一年と三か月ですよ。


その間にですね、これまたなんとも言えない自分勝手な理由で一人仕事人が辞めましてね。ええ。早出しかしていない仕事人でしたがね、一人欠けると本当に一日の仕事の割り振りが大変っちゃァ、大変になるってこたァ判ってたことなんですがね。それにしたって酷い状況になっておりやしてね。


ええ。ええ。何がひどいって、店番にですね、常に二人はいないといけぇんですがね、昼前から夕方まで三刻(六時間ほど)もほとんど一人しか置いとかねぇ仕事わりを作っておりやして。


ええ。ええ。それが大問題でさぁ。

店番に二人置いとくなァ、万が一欠員が出たり、どこそこで揉め事が起きたり、大惨事招いたときに後始末するために一人抜けたとしても、あれやこれやと貴重なものが置いてある場所を空にしなくてもいいように二人にしてるんですがねぇ。長く働ける仕事人と、短い時間しか働けねぇ仕事人の一日の休ませる配分がおかしいせいで、どうにもこうにも日中の仕事人の頭数が足りなくて、店番に一人。ってぇ有様になってたんでさ。


ですがね、別にそれならそれでも構わねぇんですよォ。自分がその店番の方に居て、何か起きたときにきちんと対応できればねぇ。

でもねぇ、その上司様。仕事がまぁ、できねぇ。出来ねぇことは自覚はしているが、できるようになる努力をしねぇで、自分にゃ無理だからと、自身で店番から作業仕事に回しておきながら、いざって時になると替わってくれと泣きついて来やがる。


だからってわけじゃねぇとは思いてぇが、この頃は初めから店番じゃなく、作業人の方に突っ立って、店番が混もうが、離れた作業人の元で問題が起きようが知らん顔。

店番一人じゃ、右と左同時に対応なんて出来やしねぇってもんで、そのために二人確保しなけりゃいけねぇんですよ。


で、昼日中は客足も緩むってんで、作業人の数をあえて一人減らして、店番二人を確保したらどうだいと、長年働いて来た作業人の一人が提案したんでさぁ。


せめて平日は、長く働ける作業人と、短い時間しか働けねぇ作業人、半々の人数で四人。さもなけりゃ、短い時間しか働けねぇ作業人二人で、長く働ける作業人一人分の時間になるんだから、長く働ける奴三人休ませて、短い時間働く連中全員出勤させたらどうかとな。


そしたら上司様言ったそうだ。

『そんなことしたら、休みこの数しか取れないんだよ?』


正直、その話を聞いていた連中ァ皆『???????』ってなったそうな。

上司様が『出来ない』って言う理屈が、その場にいた面々に理解が出来ず、逆に作業人たちの意見を上司様が理解できずってありさまで。


業を煮やした上司様言ったそうだ。

『じゃあ、試しに私の代わりにひと月の作業わり作ってみて』


言われた長年勤めている作業人、二日かけて作ったそうな。で、次の日休みだった作業人、添え書きを置いて行ったそうな。その内容は、


『(仮)作業わりが出来ました。この状態で毎日の作業わりを一度作ります。作った上で、店番がちゃんといるか、早番遅番の引継ぎがちゃんとできるか、休憩付けられるか。何か問題があればその都度修正し、(仮)作業割の一覧を手直しして清書したらどうでしょう? どうしても人では足りませんので、比較的客足の少ないこの時間帯はあえて人を置かず違う役職に回すつもりで書いています』


と言うもの。でもって休みあけて仕事場に来たその作業人に対するその日休みだった上司様の書置きがございまして、それが以下の内容でございました。


『この日は人が足りません。この時間帯こうだと、休憩にやれません。このヒトはいつもこの時間なのにこの時間でいいんですか? これはこうなので、こういう風に変更しました』


と、粗探しをして見つけた問題点を事細かに書いておりました。

それを拝見した作業人たち。誰もが呆れ返ったのでございました。


何故かって? そりゃそうでしょうよと、あたしは思いましたね。

いいですかィ? その作業人は前持って言っておりやしたでしょう?

これは(仮)作業割だと。

問題点が発覚したら修正して清書するのだと。

そうすることで、明らかな人手不足でもなるべく回るように手が打てるようになるのでは? と言う意味合いを含めての提案をしただけにも拘らず、さも出来ていないと勝ち誇りまくっている文面に、長年勤めておりやした作業人さん怒り心頭になりましてねぇ。


だってそうでしょうよ。そもそもおかしな作業割を作っていることを、こうしてみたら少しマシになるのではと提案したものにダメ出しをして来たんですからねぇ。人様の作ったものにダメだしする前に、己の作ったものにダメ出しして欲しいもんだと、被害を被っている面々は思いましたからねぇ。


で、その作業人さん。作った作業わりと、いちいち指摘して来た走り書きされた紙っきれ、まとめて帳面台から引き抜いて捨ててしまった挙句に、こんな捨て台詞を走り書きして残しましてねぇ。


『細々とご指摘ありがたいのですが、初めからこの作業割は仮のものだと書いていた通り、日ごとの作業割を作った際におかしな点を洗い出して清書するのが目的なので、そこをあえて突っ込まれても意味はございません。そもそも自分は作業割を作る責任者ではありませんので、ご指摘いただいても修正するつもりもありませんが、あまりにも融通の利かない作業割が続いておりましたので、せめて参考にして欲しいと思い提案したのですが、それほどに気に入らないのであればすべて忘れてください。余計な手間をおかけしました。今後一切作業割に関しては二度と口を出しませんので、これまで同様好きなようにご自由にお作り下さいませ』


と。

他の作業人さん、後半はいらなくないかい? と零しておりやしたが、よほど腹に据えかねたのでしょうね。自分の至らぬ点は『仕方ない』で見ぬ振りし、他人の言い分には厭味ったらしい上司様に関わるのがほとほと嫌になったと、その作業人さまは聞く耳持たず。


お気の毒に、その作業人さん、心労が祟ってるんでしょうねぇ。胃の腑の調子がよろしくない上に、ごくりごくりと空気を飲み込む症状が出始めたようでして、苦しいそうで。


その上、昨今明かりの節約をしてと呼びかけている中、何故か時代に逆行するように、閉店時間を前と同じように一時間延長すると決めた雇い主様の考えにも嫌気がさしたようでして。


ええ、ええ。

そうこうしているうちに、すぐそこには流行り病が大分落ち着き、何の規制もない自由な帰省がやって来るんじゃないかと戦々恐々としている古参組は、楽な時期に楽なお盆期間しか経験していない楽観的……又は、他人任せの無責任上司がどんな作業割を作って来るのかと、今から憂鬱になっておりましてねぇ。


何と言いますか。一人辞めたら一人増えてくれりゃあ丁度天秤も釣り合うってもんですが、一体全体、人様は今どこで働いているんでございましょうねェ。なんだって、どこもかしこも人手不足に苦しんでいるのだか。


心のゆとりがねぇと、人ってェ物はろくなことを考えねぇもんです。

せめて私生活で気分転換でも出来れば違うのかもしれねぇんですがねぇ。

どうにもこうにも上手く行かねぇ時期ってのはあるんですが、いやはや、どこもかしこも世知辛くていけねぇとは思いやせんか。


いや、見ず知らずの方にダラダラと面白くもねぇ話を聞かせちまって申し訳ねぇ。

え? 挫けずがんばれと伝えてくれと?

いや、なんですかねぇ。自分のことでなくても、そうやって応援してくれる声があるってェと、嬉しくなりやすねぇ。

ええ。ええ。きっと励みになりやしょう。

必ずお伝えいたします。

では、失礼いたしやす。

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