悲しき夜の撤退戦

ホルマリン漬け子

第1話 アステカ王国


 西暦1519年と言うから、今からおよそ500年前のことである。

 現在の中央アメリカ。

 海抜二千メートルの場所に位置するメキシコ市は、当時"月の湖テスココ湖"と呼ばれる湖だった。

 湖上の島には、邪教を信仰する蛮族が首都を作っている。

 人口にして、約三十万人。

 一辺が四キロにも及ぶ正方形の大都市である。

 建設当初は、いくつかの島を中心に精密なイカダを組み立て、湖の泥で埋め立てて農地と堤道を作り、無数の橋で結んだ。

 街は二百年の時をかけて、巨大な大神殿を中心に碁盤の目のように整地され、数十の神殿、尖塔、広場、すべてが良質な白漆喰で塗り上げられ、磨き抜かれている。

 蛮族とは言え、王宮の周辺には神学校と軍学校があり、音楽院と女学院まであった。

 南北と西に向かっては、大神殿から一直線に伸びた大通りが堤道となって対岸の街まで伸び、二本の水路が随伴して新鮮な水を運んでくる。

 朝日を浴びて白亜に輝く首都の名は、テノチティトラン。

 王国の名は、アステカ。太陽の民の住む国。

 "スペイン人征服者コンキスタドール"によって、今まさに滅びの時を迎えようとしている国である。

 征服者の名は、エルナン・コルテス・デ・モンロイ・イ・ピサロ。

 滅びによってもたらされるものは、新しき良き時代の幕開けか、それとも略奪と破壊による崩壊か。


 奇しくも、蛮族たちには古い予言があった。

 かつて、海の向こうの"赤と黒の地トラリンパラリン"に追放した平和の神、ケツァルコアトルが"一の葦の年1519年"に帰還し、玉座につくという予言が――

 そして、その時、未曾有の大災害がアステカ王国に降りかかる、と予言は続く。


 †

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