第5話 中間戦闘 【遺跡からこんにちは!】

 徒歩で移動できる距離とはいえ、片道数時間の道のりともなれば、川を越え森を抜けることだってある。二人は順調に北東へと移動していたが、ここからは危険度が上がっていく。


 人の目の入らない場所が増えれば増えるほど、魔物や蛮族が潜んでいる可能性が高くなるので、こういった場所を通るのはもっぱら冒険者ばかりだ。いざ森林へと足を踏み入れると――過去に破棄された建物や、恐らくは魔動機文明時代以前の遺跡があちこちに残っていた。


「遺跡がいっぱいなのだわ! 中にお宝が残ってたりしないのかしら」


「……この辺りは軒並み探索し尽されているんじゃないかな。迂闊うかつに足を踏み入れたりしちゃダメだよ。入口は小さくても、予想以上に深くまで続いている遺跡もあるらしいから。浅い階層だと大した魔物もいないだろうけど、奥には強力な魔物や幻獣が棲みついている可能性だってあるんだってさ」


 見るも無残に原型を失い、ただの瓦礫となった山々。一部では植物の根に埋もれてしまったものもあり、どれほど長い年月が経っているのだろうとミラリアは思いを馳せる。


「これも〈大破局ディアボリック・トライアンフ〉の爪痕ってやつなのだわ? ……文明が崩壊するほどの災害なんて、想像もつかないのだわさ」


大破局ディアボリック・トライアンフ〉と呼ばれた300年前に起きた大災害。ラクシア世界の全土を揺るがした巨大天変地異と、蛮族たちによる大侵攻。それによって魔動機文明は崩壊し、今のような蛮族たちが闊歩している時代となっている。


 人々が自由に旅をすることもできないこの時代。戦う力を身に付け、危険を冒してでも道を切り開く者だからこそ――冒険者と呼ばれ、人々の尊敬を勝ち得ているのである。


 彼らが乗り越えなければならない脅威は、魔物や蛮族だけではない。持ち主を求めて展開される魔剣の迷宮や、このアルフレイム大陸特有の現象である“奈落の魔域”など様々なものが伝えられている。


「僕も〈大破局〉については殆ど知らないし、“奈落アビス”や“奈落の魔域ジャロウアビス”についても本で読んだきりだね」

「黒い球には近づくなって、爺ちゃんや父さんに教えられたのだわ。“奈落の魔域”に入って、戻ってこれた冒険者は少ないっていうし……」


 辺りを迷宮ダンジョン化し、魔剣を求める者に試練を課す“魔剣の迷宮”。それに似てはいるが、放っておけば恐ろしい魔神を呼び込む第二の|奈落《アビスへとなりかねない“奈落の魔域”は危険度が段違いである。


「大陸の南側だから奈落アビスから十分に離れているし、この地域では頻繁には起きていないみたいだけどね。実際に“魔域”に遭遇した人も見たことはない。けど、いつも万が一のことを考えて行動しておかないとね」


「確かに怖いことがいっぱいだけど……イチイチ怯えてちゃ、冒険者なんて勤まらないのだわ! 兎にも角にも、今の目標はゴブリン退治なのだわさ!」


 ミラリアの威勢の良い声があたりに木霊こだまする。


 その声を聞いてか、それとも単純に人の気配を察知したのか。何やら物音がした。ボロボロになって打ち捨てられた遺跡の入り口から、魔物がゆらりと姿を現わしたのだった。


「リュウカ、見て! 魔物が出てきたのだわっ!」

「ミラリア、気を付けようって話をしたばかりだよね?」


 ずるずると足を引き擦ったように歩を進め、二人のもとへと歩み寄ってくる人型の黒い影。頭はある、両腕が伸び、両足で立っている。しかし実体と呼べるか疑わしいぼやぼやとした黒いガス状の身体は、生き物というよりも幽霊に近かった。


 その怪しい存在は、どうやら魔法生物のようで。

 ミラリアもリュウカも、それがガストルークという魔物だと知っていた。


「べ、別にガストルークを倒すことぐらい、二人なら簡単簡単!」


「……あれ、ゴブリンは知らなかったのに、ガストルークは知っているんだ」

「たまたまゴブリンだけ思い出せなかっただけなのだわー!!」


「アンデッドではないから、僕の魔法も効果抜群とはいかないけど……そこまで大した能力は持っていないはず。これからゴブリンを倒しに行くのだから、これぐらいはさっさと片付けないとね」


「とーぜんなのだわ! ガストルークだろうとゴブリンだろうと、どんとこい! アタシが全部まとめて退治してやるんだから!」


 武器を取り出し戦闘態勢に入る。本来ならば前衛と後援に分かれるが、今回の相手は魔法生物が一体のみ。距離を詰めて短期決戦に持ち込む二人。


 悠々と先手を取り、それぞれが間合いを見ながら攻撃を仕掛ける。


「この程度なら魔法を使うまでもない。マナは温存して、接近戦で片付けるよ」

「反撃の暇なんて与えずに、一気に倒すのだわ!」


 村で過ごしてきた間、簡単な魔物なら蹴散らすぐらいの経験はしてきたミラリア。流石に遺跡に近づくようなことはしてこなかったので、ガストルークとの戦闘は初めてなのだが――そこに恐怖という感情は浮かんではこなかった。


(身体がぼやぼやとしていて、少し気持ちが悪いけど……)


「これしきのことで怯んでちゃ、冒険者は務まらないのよ!」


 気合は十分に込めつつも、変に力を入れたりはしない。確実に一撃を当てるために、両手剣を冷静に振るうミラリア。相手は身動きのしない丸太じゃない、れっきとした魔法生物なのだから。


「ぶっ飛ぶのだわ!」


 ツーハンドソードの剣先が、ガストルークの身体へと沈んだ。肉を切るようなものではなく、かといって空振りでもない。ミラリアはその手に不思議な手ごたえを感じる。悲鳴も何も上げないため、どこまで効いているのかは不明だが、少なくとも魔法生物は怯んでいるように見えた。


「えへへ、どんなもんよ!」


『空振りしたら恰好悪いだろうなぁ』と内心ヒヤヒヤとしていたミラリア。リュウカの前での気合の入った一撃はばっちりと決まり、その表情にも笑顔が浮かんでいた。


 続くリュウカの武器は――ファストスパイク。主に斬るというより突き刺すことを目的に造られたそれは、戦闘における挙動を妨げることはない。ただ少しだけ惜しい部分があるとすれば、一般的な剣に比べると威力が落ちること。


 身体に深く突き刺さった金属製の棘は、ガストルークの動きを少し鈍らせただけだった。


「くっ……! 深手は負わせることはできなかったか……。済まない、ミラリア!」


 普段は冷静に振る舞っていても、上手く攻撃できなかったことを悔しそうにする。次から次へと新しい一面が垣間見えて。ミラリアの中に湧く嬉しい気持ちが、更に気合を与える。


「ぜんぜん問題ナシなのだわ! 確実に弱ってはいるみたいだし、向こうの攻撃をしのいだら、次は確実に仕留めるだわさ!」


 互いに長所と短所があることは理解している。

 大切なのは、それを踏まえた上でどう行動するか。


 構えるミラリアに向けて、ガストルークが動きだす。その見た目故に、動きが読みづらく、想定とは少し違った動きだったために、防御が一瞬遅れてしまった。


「あいったぁ……!」


 振るわれた腕を上手く剣で受けきれずに肩を負傷してしまう。痺れるようなジクジクとした痛みが、皮膚を越え筋肉へと届いている。痛みに耐えるため、奥歯を噛みしめるミラリア。


「ミラリアっ!!」


(大丈夫……慌てるな、アタシ……! 毒はないのだわっ!)


「やああああぁぁぁぁ!!」


 体を引き起こすように、返す刃で剣を振るう。決して目を離したりなんてしない。痛みは感じるが、しっかりと相手を見据えて。狙うは相手の急所――!


『やったか……?』とリュウカが息を呑む。

 黒い影を真っ二つにするように、刃が通り抜けていた。


 倒せたのか。まだ致命傷には至らなかったのか。剣を振るったミラリア本人でさえ、その手ごたえから感じ取ることはできない。倒せたと確信を持てたのは――ゆっくりと倒れたガストルークが、いくら剣で突いても反応しないのを確認してからだった。


「はぁ……はぁ……」


 息を切らしながらも、勝利を確かめたミラリアは剣を鞘へと収める。


「なんとか倒せたのだわ……!」

「ミラリア、大丈夫? 痛かったんじゃないのかい?」


「ちょっと油断しちゃったけど、これぐらいへーきなのだわ!」


『ほら、このとおり!』とぐるぐると肩を回してみせるミラリアだったが、やはり痛むものは痛むのか、我慢しながらも顔をしかめている。


「……はぁ」と溜め息が一つ。


 リュウカは負傷を負った彼女の肩に手をやると、マナを用いて神聖魔法を行使する。


「な、なにをしてるのだわ!?」

「怪我をしたのなら治さないと。ほら、動かないで」


 じりじりと、リュウカの胸の奥が焦げつくように疼く。


 “それ”が何から来ているのか。

 正体が分からぬことが、少しだけ気持ち悪い。


 神殿に救いを求めてきた人をこれまで何度も見てきた。自らも神官として、何度も治療を施してきた。その時には、こんな気持ちにはならなかったのに。


 リュウカはほんの1、2時間前の、川での出来事を思い出していた。

 無邪気に笑い声を上げる、ミラリアの顔を。


 これが、“共に旅をする”ということなのだろうか。共に組んだ仲間として。命を預け合う相棒として。彼女が特別な存在になっていくということなのだろうか。リュウカはまだ――確証を持てないでいる。


「我らが神よ。太陽神ティダンよ――」


 祈りを込め、神の奇跡を願う。神聖魔法とは祈りによって神の力を借りる魔法である。そしていま、彼が願っているのは、ミラリアの傷を癒やすこと。ティダンの力を借りた回復の魔法“キュア・ウーンズ”を行使していた。


「その陽光の恵みを、奇跡の力を――」


 リュウカが手をかざした部分へ、暖かな光が降り注ぐ。ミラリアも肩の傷からじんわりと痛みが取れていくのを感じていた。それだけでもだいぶ楽になったのだが、リュウカは再び祈りを捧げミラリアの治療を続ける。


「ちょ、ちょっと! もう大丈夫なのだわ!」


 もう十分戦うのに支障が出ないレベルにまで回復している。さっきリュウカ自身が言っていたように、マナの温存をしておかないとこの先なにがあるのか分からない。と、ミラリアが静止しようとするも、リュウカは頑固にも引こうとしない。


「……そういうわけにもいかないよ。体力は大事だからね」


 なし崩し的に完全な状態にまで回復され。じんじんと痛んでいた肩は元通り、むしろさっきよりも快調なほど。痣になっていた部分もすっかりと消えていた。


「……君とは今日初めて会った関係だ。だからといって、死んだり傷ついたりしても平気なわけじゃない。これは僕個人としての性格でもあるし、ティダン神官としての使命でもある。……この依頼の間は、君が倒れるようなことがあっても決して見捨てるつもりはない。たとえ僕も死ぬことになっても」


 あくまで仲間として。神官としての務めを果たす。

 そう繕うリュウカだったが、そうとは受け取れないのがミラリアである。


「つまりそれって……運命共同体ってこと……?」

「ん……。まぁ……そういうことになるのかもね」


 なるのだろうか。……なるのだろう。

 この関係を、他にどう表すことができるのか。

 生まれて二年にも満たないリュウカにとって、難しい問題だった。


「……でも、無理だと感じたら撤退も考えるし、他の所属冒険者ギルドメンバーにも加わってもらうことになるよ」


「そ、そんな必要ないのだわ! アタシとリュウカの二人だけで十分っ!!」


 あまりに心配させすぎると、二人きりの冒険ではなくなってしまう。命も大事だけれど、そんなのはいやだとミラリアは悲鳴を上げた。


「最高のパートナーとして、バリバリ戦うのだわーっ!!」



―――――



「さて、この倒したガストルークだけど……。どうする、ミラリア?」


 魔物や蛮族から何かしらの戦利品を得るのは、冒険者の特権でもある。中には高値で売れるものもあったりするので、このチャンスを見逃したりすることなどあり得ない。


 もちろん、ミラリアとリュウカも例に漏れず。苦労して倒したガストルークから、戦利品を得るつもりでいた。


「こういうのは、アタシにお任せなのだわ! 狼の毛皮だとか、虫の目玉だとか、剥ぎ取るのは上手かったんだから!」


 そう意気込んで、動かなくなったガストルークの身体(?)のあちこちを探ってみるミラリアだったが――


 …………。


「……なーんにも取れなかったのだわ」


 ――ものの見事に成果なし。がっかりする彼女をリュウカが励ます。


「まぁ、所詮は影だからね……。もしかしたら余程の手練れじゃないと、何か得るのは難しいのかも。そもそも何が手に入るのかも想像がつかないけどね」


 魔法生物とあるけど、とても生物のようには見えなくて。実体があるのかどうかもよく解らない不思議な存在。この黒い影から、何が出てくることがあるのだろうか――と、少しだけ興味の湧いたミラリアだった。

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