第7巻(上):私、失敗しないので。〜『蘇り』スキルを駆使して、異世界の影の権力者になる〜

「おーうじ! おーうじ!」

 ギルドでの司の殺害を終えたジャベリーナは、第3王子トライベールに会いに、その足で宮廷へと来ていた。

 しかし、王子の自室の前に、複数人の見張りが立っていて、中に入れない。

 怪訝と不安の混じった表情をするジャベリーナに、一人の衛兵が気付き、恭しく挨拶する。

「ジャベリーナ様、お勤め、ご苦労様です」

「これは一体何事ですか? もしや、王子の身に何か? 例えば、病気の容態が悪化したとか……?」

「いえいえ! ご心配なく、むしろ、今日はいつもよりご健常ですよ」

「そうですか! それを聞いて安心しました……ではどうしてこのように見張りを?」

「えっと、それはですね……」

 見張りの女が顔を赤らめて口籠り、沈黙する。その結果、部屋の中から、王子の荒い息遣い、そして女の喘ぎ声がはっきりと聞こえてきてしまう。

 それ位聞いたジャベリーナは、笑顔のまま、その場で硬直する。


 なるほど、『アレ』の最中でしたか。

 病弱な王子が『それ』をできるまで回復なさるとは、喜ばしい限りです。為政者たる者、握った実権を磐石なものとするために、後継者作りは必須業務ですから。この行為は、王子の躍進を何より願う私にとっても、喜ばしいことです。全く、この上なく、本当に、ええ、素晴らしいことなのです。そうです、そうに違いありません。


 そう思った心の動きに反して、ジャベリーナの体は反射的に動き、ドアを蹴破って王子の室内に突入していた。

「あ、ちょ! いけませんジャベリーナ様!」

 衛兵は慌てて彼女を制止しようとする。

 しかし、ジャベリーナには、聞こえていなかった。

「トライベール……さ……ま」

 そこで彼女が見たものは、裸でベッドの上に寝転がる王子と、その王子に跨り、腰を振る女の姿だった。

 それは、ジャベリーナも嫉妬するほどの美貌を持ち、高い背とスタイルの良さを持つ、作り物のような容姿を持つ、

 ジャベリーナが見知らぬ女だった。


 茫然自失となるジャベリーナに、王子は、冷たい目線を向け、突き放すように言う。

「ジャベリーナ、今は取り込み中だ、失せろ」

「あ、その……これは……」

「聞こえなかったのか? 失せろ。これは命令だ」

 部屋に入った衛兵が王子を見ないようにしながら、ジャベリーナの腕をつかんで外に引っ張る。

「王子! 大変申し訳ございません! 今つまみ出しますので……あ、コラ! 待ちなさい!」

 次の瞬間、ジャベリーナは衛兵の手を振り解き、長い廊下を駆けた。

 騒ぎを聞きつけ、集まってきた他の衛兵を飛び越え、廊下を隔てる扉を蹴破り、三階の高さの窓から飛び出して、宮廷の裏の庭園に着地、同時に転がるようして建物から離れ、なおも走る。

 あっという間に宮廷の敷地を出て、それでも止まらずに、ジャベリーナは走った。

 脳裏に焼きついた、不愉快な記憶を拭い去るように。


********************


「ジャベリーナ様……大丈夫ですか? 何か、嫌なことでもありました?」

「うああ……ひっぐ……なんで、どうじて……」

「よほど辛いことかあったようですね……大丈夫です、ギルドはいつでもあなたの味方ですから……」

「うう…………ぐす」

 深夜に突如、冒険者ギルドに駆け込んだジャベリーナに対し、受付嬢は優しく声をかけ、テーブルの上にサービスを置いて、彼女を一人にする。

 現在ジャベリーナは、酒を片手に、ロビーの机に突っ伏して号泣していた。

 彼女にとって、生まれて初めてのやけ酒であるが、泣くのに忙しく、肝心の酒には一切口をつけていない。


 そんなジャベリーナの、らしからぬ様子に、他の冒険者は、何事かと、遠巻きに彼女を見る。

 しかし、さっきの受付嬢を最後に、事情を聞けるどころか、話しかけられる者は居なかった。

「………ぐす」

 ジェべリーナは少し落ち着いたタイミングでコップに入った酒に口をつける。


 ああ、こんな風に泣き腫らしたのは、一体いつ以来でしょうか。もしかして、生まれた瞬間以来かもしれません。

 人が少なくて助かりました。こんな姿を大勢に見られたら、私の株がただ下がりですね。

 いえ、私はどうなっても良いのです。王子さえ良ければ……。


「……トライベール王子」

 ジャベリーナは、小声で最愛の相手の名を呼ぶ。

 分かっている、自分は王子の道具であり、決して、『ああいう』関係になることはないと。

 しかし、それでも、目の前で、知らない女が、王子と『そういう』ことをしている現場を見た、そのショックは、計り知れないほど大きかった。

 『針心必計メトロノーム・シンドローム』を、今自分に対して使ったら、多少は楽になるだろうか。

 いや、そんなことをしなくても、この針で、血管を突けば……。

 

 そう思って針を取り出し、手首に当てるジャベリーナの隣に、冒険者らしき男が並ぶ。

「こんばんわ! お姉さん、大丈夫……? 失恋でもしちゃった? って何その針、怖! 早まらないで! 生きていればこの先きっといいことあるよ!」

 言動も口調も軽薄な男が、浅い台詞を並べ立てる。

 しかし、その声は、今のジャベリーナには届いていなかった。


 いけませんね、今死んでは、王子のために働けない。せめて、彼が実権を握るまでは、私は『転生者狩り』という使命を全うしなければ。

 しかしその後は……? 王子が実権を握り、公約通り組織的に転生者狩りが行われるようになったとして、そんな世界に、そんな未来に、私の居場所、存在価値は、果たしてあるのでしょうか?

 嫌だ……捨てられたくない。

 嫌だ、見放されたくない!

 いつまでも、王子の隣にいるためには……そう、私は転生者狩り。

 私が一番だって、証明し続ければいい。

 いっそ全ての転生者を狩り尽くせば、私は、永遠に特別で居られる。一番じゃなくて、唯一になれる! 

 

「ねー、おねーさん無視? 言葉、通じてるでしょ? 俺の話そんなにつまらないかなぁ、じゃあさ! 面白い話をしてあげるよ! ここからずっと離れた場所に、日本って言う島国があるんだけど……ひ!」

「あなた……転生者ですか?」

 ジャベリーナの、剥き出しの殺意と針が、男に突きつけられる。

 男は血の気の引いた顔でフルフルと頭を横に振る。

「ち、違います……これは、えっと、他の人から伝え聞いた話で……」

「私に嘘は通じませんよ?」

「実は転生者です! でもこの世界に害をなすつもりは毛頭ありません! 俺はただ、身の丈に合った幸せと平和な生活を望みます!」

 さっきまでのジャベリーナ以上に涙を流して、情けなく命乞いをする男を、彼女は容赦なく殺すつもりだった。

 しかし、殺す前に一応聞いておこうと、理性のブレーキがかかる。

「あなた……能力は?」

「『賢者時々』(クレバー・テンパー)という名前のスキルです。……『ある条件』を満たすと、一定時間、この世界のあらゆる情報にアクセスできる、平和で使い勝手の悪いスキルです」

「それを決めるのはあなたではありませんよ。あらゆる情報、ですか。例えば……名前も分からない、一瞬しか見ていない相手の素性を知ることは出来ますか?」

「はい! 顔とか現在地が分かれば、『探る』ことができます! あるいは、あなた様の記憶から間接的に辿ることもできます、ネットサーフィンのように……って言っても通じませんよね……」

「自分の能力に随分と自信があるようですね、この世界に転生してから使った経験は?」

「いえまさか……あ。あり……ます」

 

 途端に、男の顔が青ざめ、震え出す。

 ジェべリーナは彼の、その不自然なまでに素直で臆病な態度の理由に思い至った。

 

 ……ああ、私の言った『嘘が通じない』を信じているのですね。それこそ嘘なのに。

 そして、昨日ギルドで司を血祭りに上げた出来事を見ていたとしたら……何か、やましことがあるのでしょうか?


「あなたのした悪事を話しなさい」

「すみません! ギルド内で見かけた『いいな』と思う女性のスリーサイズと下着の色を調べてました!」


 やっぱり。

 そこまではっきり言われると、逆に許しにくくなりますね。私、女性で、ギルドの味方ですし。

 まあ、今だけ見逃すとしましょう。

 彼には、利用価値がありますから。


「そこまで分かるのですね……では、その能力を使って、ある人物を調べて頂けますか?」

「怒らないんですか……?」

「転生者に対して怒りを抱くことはありません、殺すだけです。ただ、あなたはその能力に免じて一時的に罪を免除します。ですから私の言う通りにだけ、能力を使いなさい」

「はい……これからはあなた様のためだけに能力を使って行く所存であります! ただ……大変申し上げにくいのですが、発動条件が少し特殊というか面倒というか……でして……」

「多少のことなら私も協力しますよ、どんな条件なのですか?」

「え⁉︎ あ、あの、これはですね、スキル名にも賢者とある通り、その、賢者の時間と言いますか、が、関係しておりまして……協力、というのは、私個人としましてはこの上なく光栄なのですが……ごにょごにょ」

「何です? はっきりと簡潔に言いなさい」

「射精後の賢者タイムの間だけ使えます!」

 男の声がギルド中に響き渡る。

 周りの大人な冒険者たちは、聞いてないアピールのため、雑談の声量を上げる。

 流石のジャベリーナでも、共感性羞恥を感じて、顔を赤らめて黙る。

 言った張本人は、手で隠しても分かるほど、顔が燃えていた。

 羞恥で焼死しそうだ。

 しかし、あの正体不明の女の手がかりを、失う訳にはいかない。

 ジャベリーナは、決意を込めて息を吐き、男の方を向く。

「いいでしょう。協力してあげます」

「え……? ええ……⁉︎ 本当にいいんですか!」

「勘違いしないでください、ちょっと手を使うだけですよ」

「全然全然! むしろ、そうでないと、緊張してかえっていけなくなってしまいそうです……」

「では、準備はいいですか? やりますよ?」

「え? ここでするんですかっ⁉︎」

「一瞬で終わりますから」

「そんなテクニックを⁉︎」

 何やら勘違いして興奮している男を無視し、ジャベリーナは、持っていた針を、男の指先に突き刺す。

 そこは爪の付け根、拷問でも真っ先に責められる通り、人体でも屈指の、痛覚を感じる場所である。

「いっ……!」

 ピンクに染まっていた男の脳内が、血に染まる。思考が渋滞し、痛みを自覚するまでえ少し猶予があるようだ。

 ジャベリーナは、すかさず能力を行使する。

「『針心必計メトロノーム・シンドローム』痛覚を、性的快感に100」 

 その言葉を言い終わると同時に、男の体が、ビクビクんっ! と数回跳ねた。

 そして、脱力し、仏のような顔になった。

「さて、では人物の調査をお願いします。顔の特徴を伝えればいいですか? それとも居場所の方がよろしいでしょうか」

「その必要はありません。あなたの記憶から、読み取らせて頂きました」

「……勝手に人の頭を覗くのは感心しませんね、そこまで許可した覚えはありませんよ?」

「時間短縮です。最初にも申し上げた通り、このスキルには時間制限があります、優先するべきかことを優先したまでですよ」

「……」

 男の正論にジャベリーナは口を閉ざす。


 誰ですかあなたは。

 顔だけでなく、性格まで、まるで別人じゃないですか。

 それはスキルの効果ですか? どちらにしても、大変気持ち悪いですね。 


 暫くして、男は「っふー」と長い吐息の後で、ジャベリーナの方を向いて話し始める。

「彼女の名前は蔵屋敷りぼん。転生者です。能力は『千死鮮線(レッド・デッド・ライン)』。この世界で死んでも死んでも復活できる。蘇りの能力です。数ヶ月ほど前にこの世界に転生し、最初は冒険者をやっていたようですが、最近、王宮の使用人採用試験を受けて、職を得たようですね、しかも、ちょっと特殊な……」

「もう結構です」

 ジャベリーナは、男の声を遮り、立ち上がる。

「いいんですか? 他にも大変な情報が……」

「ええ、結構です、というよりも、彼女が転生者であること、それが知れただけで十分です。十分……殺す理由になります」

「そうですか……では、気をつけてください」

「ありがとう、協力、感謝します」

 そう言ってジャベリーナは、机の上の酒を倒し、中身を男の膝共にかけた。

「ちょっ……! 何するんですか……あ」

「あら、ごめんなさい。すぐに受付嬢に頼んで、ふきんと着替えを持ってきてもらいますね。『シミ』にならないと良いですが」

 そんな気遣いを見せ、ジャベリーナはギルドを後にした。

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