TEENAGE STRUGGLE 其ノ壱

にわか

第1話 WEAKEST WAKES UP


李空はこの日、最悪な目覚め方をした。


『朝だよ起きて!朝だよ起きて!朝だよ起きて!』


最低限の家具だけが置かれた無機質な部屋に、可愛らしい女の子を連想するアニメ声が響く。


2段ベッドの上から聞こえてくる、連続的でどこか無機質なその声は、自らの意思で止まる気配を一切見せない。


「・・ったく」


いつまでも鳴り響くその声に、いい加減嫌気が差した李空は、2段ベッドに掛けられた梯子に足をかけた。


一段、また一段と踏みしめる度にギシッ、ギシッと鳴る梯子の先には、幸せそうに眠る一人の男の姿があった。


『朝だよ起きて!朝だよ起き・・』


男の顔の隣にある携帯電話を指でなぞると、女の子の声がピタリと鳴り止んだ。

どうやらその声は、男が目覚ましとしてセットしていたものだったらしい。


ピンと張り詰めた静寂が部屋を包む中、


「・・・リムちゃん?どこ行くの?」


アラームを設定した張本人である男が、夢の中から呼びかけてくる。


その光景に呆れた李空は、仰向きで眠るその男の眼前で、ポケットに忍ばせておいた風船を膨らませ始めた。


プスッ、プスッと音を奏で、空気入れの上下運動に応じて、李空の手中で風船がみるみる膨らんでいく。


やがて風船の許容するそれを超え、部屋に破裂音が響いた。


「・・はッ!?リムちゃん!!??」


圧に耐えかね、バンッと割れた風船。

その音に合わせて、スヤスヤと眠っていた男がハッと目を覚ます。


寝ぼけた眼が李空の顔を捉えると、男は面白くなさそうに、再び布団を頭からかぶった。


「おい!起きろよ!」

「男に起きろと言われて起きる男があるか」

「リムちゃんとやらに起きてと言われても一向に起きなかったじゃないか」

「僕が起きるとリムちゃんは起きてと言わなくなるだろ」

「屁理屈ばっか言いやがって。じゃあどうやったら起きるんだよ」

「リムちゃんを現実の世界に呼ぶんだな」

「一生寝てろ」


男にそう言い残すと李空は登ってきた梯子を降り、やれやれと首を振りながら、顔を洗いに小さな洗面台に向かった。

その後、ハンガーに掛けてあった制服を手に取り、学び舎に向かうため着替えを始めた。


シャツのボタンを全て留め終えた頃。

2段ベッドの上からゴソゴソと音が聞こえ始める。


「やっと起きたか」

「今日も僕はリムちゃんがいない世界を生きると決めたんだ。存分に褒めてくれ」

「はいはい。すごいな」


適当に返事をしながら、支度が全て整った李空がドアノブに手をかける。


「ちょっと待ってくれよ。僕はまだパジャマだぞ」

「知ってるよ。だから置いて行くんだ」

「おいおい。寝言は寝て言ってくれ」

際の柄と書いてだよ」

「だから寝言は・・」

「じゃあな」


「待ってくれよ!マイメ〜ん!」と、泣きわめく男の声を背に、李空は悠々と部屋を後にした。




透灰李空とそのルームメイトである伊藤卓男が暮らす寮は、2人の学び舎からは少し離れた場所にある。

徒歩にしておよそ30分は掛かる距離だ。


学び舎のすぐ隣。徒歩で5分と掛からない距離にも寮はあるが、故、李空たちはそこに入寮することを許されなかった。


「・・・ふう。やっと着いた」


軽い運動とも言える通学を終え、額にうっすらと汗を浮かべる李空が、同じく登校してきた周囲の学生に倣って校門をくぐる。


「ねぇ、あれ」

「あー、の先輩だね。可哀想に」


李空のことを横目で捉え、女子生徒がヒソヒソと言葉を交わす。


制服に身を包んだ生徒が、自身の学び舎の校門をくぐる。

何の可笑しさも感じられない行動だが、周囲の生徒たちは、李空に対しどこか好奇の目を向けているように見えた。


その原因を、当の本人である李空は痛いほど理解していた。


その事実から目を背けるように。

李空は自らの首に巻きつけたを緩めて、生徒の群れに溶け込んだ。





それは10の歳に授かる、皆に平等に与えられし特殊能力。


しかし、平等なのは与えられるという事実のみ。

能力の良し悪しはそれに付随しない。


炎の耐性を得た者は消防士に。水の耐性を得た者は海上保安官に。

その特性を活かした職に就くのが、この世の定石であり常識であった。


人生一度きりの大博打。その後の人生を決めるルーレット。

そのガチャで引きの強さを見せつけた者だけが、社会の上位に君臨することを許されるのだ。


そんな混沌とした世界においても、極めて異質な存在があった。


攻撃的な才を授かった者同士が鎬を削りあう総合格闘技。人呼んで、サイストラグル。


サイストラグルに憧れぬ漢なし、といった謳い文句の通り、世界中の特には男から絶大な支持を得ている。


それは透灰李空においても例外ではなく、幼き頃から密かに憧れを抱いていた。


そして迎えた10歳の誕生日。

その歴史になぞり、生まれた時刻に合わせて教会を訪れ、祈りを捧げる李空。


歴史が語るには、その直後に目に見えた変化があるはずなのだが、この時の李空にはそれが見られなかった。


己の才が不明なまま、そわそわとした気持ちで数日を過ごした李空だったが、ある日悟ってしまった。

悟ったことで、李空は涙した。


というのも、それというのは彼の願いとは程遠いもので。


「他人の才が読み取れる」という、どこまでも地味で汎用性のないものだったのだ・・・。




───それから時は平等に流れ。


校門から学び舎までの道を歩く李空の背中を、小さな影が追いかける。


「り〜っくん!」

「おぅびっくりした。真夏か」


振り返った先の小さな笑顔に向けて、言葉とは裏腹に落ち着いた様子で答える。

真夏と呼ばれた少女は、李空の無粋な反応に不満げな様子で頰を膨らませた。


「うそ!全然びっくりしてないじゃん!」

「いや、びっくりたよ」

「どれくらい!」

「え?」

「どれくらいびっくりしたの!」


愛の確認をする付き合いたてのカップルのような質問に、李空は困ったように苦笑いを浮かべた。


というのも、小さな体型からは想像できないくらいの大きな足音によって、李空は事前に真夏の存在に気づいていたのだ。

もっと言えば、真夏が李空のことを背後から驚かすのは、毎朝の日課なのであった。


リアクションをしなければ機嫌を損ねることは実証済みであるため、李空は毎朝驚いた振りをするのだ。


「えーと、ドーナツ2個分くらいかな」

「ドーナツはだめだよ!穴が空いてるじゃん!」

「じゃあ、おにぎり3個分」

「おにぎりは三角だからだめ!」

「それなら・・・」


理不尽を通り越して理解不能な真夏の言い分に、李空がすっかり困り果てていると、


「マイメ〜ん!置いてくなんてひどいじゃないか〜!」


遅れて学び舎にやってきたルームメイトの卓男が、ベトベトな汗を撒き散らしながら、こちらにやってきた。


「およよ!真夏殿ではないですか!」

「真夏殿でございやすよ!そちらは卓男殿とお見受けしやす」

「ヘイヘイ!真夏殿は今日も2次元に匹敵する美貌で」

「えへへ、ありがと!卓男くんの顔面は4次元級だね!」

「いやあ、照れるでござるなぁ〜」


可愛い女の子を前にし、口調を気持ち悪く変化させる卓男。

この状態になった卓男は、何故か真夏と波長が合うのだった。


絶妙に噛み合っているのか分からない会話を繰り広げる二人を残して、李空は一人学び舎へと向かう。


「あっ!りっくんまってよ〜!」

「マイメ〜ん!待つでござるよ!」


李空がいないことに気づいた二人が、慌てた様子で後を追う。


ここまでの流れが、3人の毎朝のルーティンであった。




校門から続く一本道を挟むように、平屋建ての校舎が左右に5つずつ並ぶはここイチノクニ学院。


それぞれの校舎には両の手の指をイメージした名が付けられており、右端から「東の子」「東の薬」「東の中」「東の人」「東の親」、道を挟んで「西の親」・・・といった順に並んでいる。


同じような造りの校舎に、それぞれ同じような背丈の学生が吸い込まれていく中、李空ら3人は左手の右端、すなわち「西の親」へと歩を進めていた。


「りっくんも今日から同じ教室だね!」

「そうだな」

「毎日楽しくなるね!」

「・・そうだな」


「騒がしくて勉強どころじゃないだろうな」と、真夏に聞こえないように呟き、校舎の中へと入る。


李空たちが住むここ壱ノ国では、10の歳になった翌日から学院の「東の子」に通い始める。

それからは誕生日を迎える毎に一つ左にずれていき、「西の子」を抜ける20の歳に晴れて卒業となる。


このシステムにより入学や進級の時期は人によって様々なため、毎時間完結型の授業を行うことで、どのタイミングでも履修が可能なカリキュラムとなっている。


「そうでござった。李空殿は本日が誕生日でござったな!」

「おいおい。いつまでそんな口調で話してんだよ」

「別にいつも通りでござるよ。生誕めでたきでござる!」

「どうも。お前のせいで最悪な目覚めだったけどな」


今日で晴れて15の歳になった李空は、真夏と卓男と共に「西の親」の教室へと向かう。


若人たちの甲高い声が響く教室を一つ、また一つと通過し、廊下をゆっくりと歩いていく。

その突き当たり。他と比べて静かでおんぼろな造りの教室に、3人は我が物顔で入っていった。




イチノクニ学院のクラスは才の性質によって分けられる。


スポーツ向きの才の持ち主は「朱」、頭脳に特化した才の持ち主は「藍」といった具合だ。

それぞれの生徒は自身のクラスの色と同じネクタイ、もしくはリボンを身につける決まりとなっている。


そんな才の英才教育をモットーとしているここイチノクニ学院で、才能なしのレッテルと同義になるは「玄」の色。


李空と卓男が身につけるネクタイ、そして真夏がつけるリボンが正にそれであった。


「西に来ても落ちこぼれの空気は同じだな」

「ルーザーはどこにいっても敗北者だよ」

「やっといつもの感じに戻ったな」

「何のことだ?」


教室に入ると同時に真夏が友達のところへ駆けて行ったため、卓男は本来の口調に戻っていた。

気持ち悪い口調の時の卓男は軽いパニック状態であるため、その時の記憶はほとんど残らないのであった。


「玄」の教室は他と比べて狭く、通う生徒も少ない。

ざっと見渡してみると、李空たちの他に生徒は5人ほどしか見当たらなかった。


いざ卒業しても「玄」のクラスでは就職先も限られてくる。

故にクラスが「玄」と判った時点で学院には通わず、親の元などで働く生徒も少なくないのだった。


「授業始めるぞ〜。席につけ〜」


生徒たちと同じく、あまり覇気の感じられない中年の男子教師がやって来て呼びかける。


李空にとっては初となる西の授業は、こうしてヌルッと始まった。




「せんせー!しつもんしつもん!」


授業も終わりに近づき、少し早めに講義を終えた教師に向けて、真夏が元気に手を挙げる。


「晴乃智以外で質問あるやつはいるか?」

「なんで真夏以外!?」

「お前の質問は0か100だからな。星が回る理屈は解るが、星が星である理由は俺には解らん」

「ほし?せんせーの教科は国語でしょ!」

「これは一本取られたな」


ハッハ、と笑って上手く話を逸らした教師が、腕につけた時計を確認する。

示す時刻は、授業終わりの3分前。


時刻ぴったしに終わることをモットーとしている教師は、時間を埋める話題はないかと辺りを見渡した。


「・・・おっ」


その視線が、李空の視線と交差する。


「そこのお前初めましてだな」

「はあ、今日来たばかりです」

「りっくんは真夏のおさななじみだよ!」

「そうか。それは大変だったな」

「はい。それはもう大変でした」

「なにか通じ合ってる!?」


李空と教師の顔を交互に見て、驚愕する真夏。


真夏という稀有な存在によって、初対面の二人の間に奇妙な絆が生まれた。


こうして、李空にとって初となる西の授業は、これまたヌルッと幕を閉じたのだった。




時は昼時。場所は食堂。

ここイチノクニ学院の食堂には、十代の旺盛な胃袋を支えるため、壱ノ国全土から様々な食材が集まる。


なかでも、海に唯一面する北の大地から届く魚を使用した海鮮丼は、生徒たちの間で不動の一番人気だ。

北の大地から学院までは随分と離れているが、テレポートに類する才の持ち主によって、新鮮な状態を維持したままの流通が可能となっているのだ。


「おい、マイメん。前から聞きたかったんだが、お前真夏ちゃんとはどういう関係なんだ?」


食堂の席に李空と向かい合って座り、怪訝な顔で問うてくる卓男。

2人の前には、それぞれ食べかけの海鮮丼が置かれていた。


「さっきの授業で真夏も言ってたろ。ただの幼馴染だよ」

「あれが幼馴染にとる態度か?」


李空視点で卓男の奥に見える席には、女友達と楽しそうにご飯を食べる真夏の姿があり、李空の視線に気づいた真夏がこちらに向けてブンブンと手を振り始めた。


「世間一般の幼馴染がどうなのかは知らないが、真夏は小さい時からああだぞ」

「ぐぬぬ。何度転生したら美少女が幼馴染の世界線に生まれることができるんだ・・・」

「お前は何生かかっても無理そうだな」

「なんて不公平な世界だ」

「そうだなー」


「人生がリセマラできるゲームならなぁ」と項垂れる卓男を他所に、話の流れからか、李空は幼少期のことを思い出していた。




───才を授かる10の歳よりも前のこと。


今よりも年相応、もしくはそれよりも幼く見える真夏が、同い年にしては落ち着いた印象の李空と遊んでいる姿があった。


「りっくん!なんでそんなに遅いの?」

「真夏が早いんだよ。俺は至って普通だ」

「ふーん。へんなの」


場所は険しき山の道。意気揚々と先陣を切る真夏の背中を、の影が追いかける。


「みて!サンチョー!イタダキ!!テッペンだよ!!!」


ぴょんぴょん、と跳ねながらこちらに手を振る真夏。


『遊んでいる』というのはあくまで客観的に見た感想であり、実際のところは真夏がを連れ回しているのであった。


「あのなあ。真夏と違って京夜は体が強くないんだぞ。少しはペースを考えろよな」

「何言ってるの?元気になるために体を動かすんだよ!」

「真夏の動きは元気がある人でもキツいんだよ」


元気になるために動くのか、元気だから動くのか。

双方向に思える因果関係だが、人によってその程度は変わるのであった。


「京夜も無理しなくて良いからな。きつくなったら言えよ」


一足先に山頂に到達した李空が、後方の京夜と呼ぶ男の子に手を差し伸べる。


「俺のことは気にしなくていい」


京夜は端的にそう言い返し、李空の手は借りず、自力で山の頂に登りきった。


そこに真夏がやってきて声をかける。


「りっくん、きょうちゃん。おつかれ様!おにごっこしよ!」

「労いと提案の一貫性が無さすぎてびっくりするわ。するわけないだろ」

「なんで?」

「俺たちは真夏じゃないからだ。ごめんな京夜。真夏が変なこと言って」

「問題ない。・・・真夏はバカだから」

「きょうちゃんひどい!そんなことないもん。バカっていったほうがバカなんだよ!」

「ん?その理屈だと自分はバカだと認めていることになるが?」

「うう・・・。きょうちゃんなんてきらい!」


的確すぎる京夜のアンサーに、真夏は涙目でそっぽを向いてしまった。

対する京夜はまるで悪気がなかったのであろう。真夏は何故怒ってしまったのだろうか、と不思議そうにしている。


その様子を眺めていた李空がため息をひとつ。


「はあ。おにごっこなら後でやるから。元気出せよ真夏」

「・・ほんと?」

「ああ、本当だ。京夜もそれでいいよな」

「問題ない」

「やったー!」


表現が真直すぎる真夏と、端的すぎて誤解を招きやすい京夜。

この2人の間を上手く取り繕うのが、幼き頃の李空の役目であった。




───時は戻り現在。


食堂の席に向き合って座るは、李空と卓男の2人。


「おい!僕の話聞いてるのか?」

「ああすまない。オタクがお宅で何だっけ?」

「そんな話はしてない。第一僕はオタクじゃなくてマニアだ。趣味をひけらかして仲間を募り、コミュニケーションの一環として消費する。僕はアニメを、リムちゃんを愛しているんだ!下品な種族と一緒にするな」

「はいはい。そうだったな」


力説する卓男を適当にあしらい、完食した食器が載ったお盆を持って席を立つ李空。


卓男はオタクのことを嫌う傾向にあった。李空からしてみればオタクもマニアも同じに映るが、卓男にとってはどうやら違うらしい。

卓男は自分のことをマニアと呼び、オタクと呼ばれる人種のことを毛嫌いしていた。


そんな卓男にとって、「オタク」と響きが似ている自分の名前は、ある意味皮肉なのであった。


「待てよマイメん!話はまだ終わってないぞ!」


残りの海鮮丼を勢いよく掻き込み、李空に続いて卓男も席を立つ。


「あっ!」


勢い余った卓男が、丁度通りがかった人物とぶつかる。

その弾みでコップに残っていた水が飛び、その人物のシャツに降り注いだ。


「すっ、すみません!大丈夫ですか?」

「・・・・・」


さっきまでの威厳はどこへやら。すっかり意気消沈した卓男が申し訳なさそうに言う。

しかし、その人物。長身の男は、シャツにできたシミなど全く気にしていない様子で、何も言葉を発しない。


「弁償とかした方がいいですかね」

「・・・・・」

「あの・・・」

「やりやがったなお前!このお方が誰か分かってんのか!ああ?」


2人の間を気まずい空気が流れる中、2メートルはあるのではないかと思われる男の背後から現れたのは、対比でそう見えるだけか、小柄で柄の悪い男であった。


「このお方はイチノクニ学院最強の男だぞ!」

「はぁ・・・」

「なんだその舐めた態度は・・・ん?お前よく見たら玄じゃねえか。玄がそんな態度とっていいと思ってんのか?あ?」


卓男のネクタイの色に目をつけた男が、嘲りの笑みを浮かべながら近づく。


「お前オタクみたいななりしてんな。オタクで玄って最底の組み合わせじゃねえか」

「そ、そうですね」


バカにするようにケラケラと笑い、挑発を続ける男。

対する卓男は、怒りと恐れの2つの感情に板挟みになっているのか、拳を握りしめながらもヘラヘラと笑っている。


「お前東か?西か?」

「西の親です」

「それはご苦労なこった。悪いことは言わねえ学院を去りな。卒業してもロクな人生は待ってねえぞ」

「そ、そうかもですね」

「すみません。ちょっといいですか」


そこに割り込む形でやってきたのは、ルームメイトのピンチを察した李空であった。

予想外の友の登場に、卓男が目を輝かせる。


「なんだお前?おいおいてめえも玄じゃねえか!雑魚が揃ってなんの用だ」

「貴方に用はないですよ。そこのオタクに用があるんです」

「マイメん・・・」


助けに来てくれた友の姿に感極まったのか。卓男はオタク呼ばわりされたことなど意に介さず、まるで仏でも見るような目で李空のことを見つめている。


「今は俺が話つけてんだ。邪魔すんじゃねえ!」

「取り込み中でしたか。じゃあ今度でいいです」

「マイメん!?」

「うそだよ。悪いですけど、そいつ借りてっていいです?」


何気ない調子で話す李空に、男は一瞬呆けた顔を見せた後、こめかみをひくつかせてこう続けた。


「おもしれえ。お前らちょっと来い!才の恐ろしさを身体に刻んでやる」


「表でろ」と、食堂の外に出るように促す男に従い、李空は渋々といった様子で後に続く。

同じく卓男も李空に申し訳なさそうにしながら、2人の後を追った。


「ごめん。ちょっと席外すね」


その一部始終を見ていた真夏が、一緒にご飯を食べていた友人に声を掛け、席を立つ。



その少し後。


「・・・・・あっ、あかん。また眠ってもうてたわ」


立ったまま眠っていた、卓男に水をかけられた男が目を覚ますも、時は午後の授業が始まる頃。


食堂に彼以外の姿は既になかった。




イチノクニ学院の敷地はとにかく広い。広大なグラウンドに、大会が開けるほどの体育館。更には本格的な牧場まで。あらゆる才を伸ばすために必要な施設を有している。


そんなイチノクニ学院の端も端。マイナーなスポーツの練習に多く用いられる第5グラウンドの更に外れ。生い茂る草木が囲み、周囲の目が届きにくいその場所に、李空たちの姿はあった。


「随分と遠くまで行くんですね。もう午後の授業始まっちゃいましたよ」

「才ある者は授業なんか出なくてもいいんだよ」

「それは大層なことで」


何か隠し球でもあるのだろうか。

李空は終始涼しい顔で受け答えしている。


「なんだヘラヘラしやがって。そんな顔でいれるのもあと少しだぞ」

「それはどうですかね」

「ほお。なにか仕掛けでもあるのか?」

「さあ。試してみますか?」


李空の言葉に、男が眉をピクリと釣り上げる。


「おい李空。なにか秘策があるのか」


李空の小癪な態度に違和感を覚えた卓男が、そっと耳打ちをする。


「いいや、ノープランだ」

「・・・え?」

「全くのはったりさ。あいつがびびって逃げてくれるのを期待してる」

「えーと。僕だけでも逃げていい?」


李空の態度は虚勢も虚勢。はりぼてであった。

さてどうしたものか。男と話しながら策を模索する李空であったが、これといった案は浮かばなかった。


「これ以上話しても時間の無駄って奴だな」


痺れを切らした男が、右の拳を握りしめ、不敵な笑みを浮かべる。


「卓男。覚悟はできたか?」

「死にたくないよマイメん・・・」

「死ぬまではなくとも、あいつの才だと大怪我は免れないな」


李空の残酷な宣告に、卓男はすっかり涙目だ。



李空は己の才によって、男の才を把握していた。

詳細までは分からなかったが、男の才は「炎」の系統であった。


果たして自分はどのようにして相手の才を感知しているのか、李空は説明が出来ない。

才が色となって見えているような気もするが、何色かと問われると答えることができない。


詰まるところ、李空は己の才を完璧に把握してはいなかった。


「己の不運を恨むんだな」


悪意全開の満面な笑みで、男が拳を突き出す。

拳の先からは火柱が生まれ、まるで生きた龍のように畝りながら、李空と卓男に襲いかかった。


「ったく。世界ってやつは不条理だな」


最大限の皮肉を込めた悪態をつき、最後の抵抗、悪あがきと言わんばかりに、迫り来る炎に向けて李空も拳を突き出す。


時に。苦し紛れの一手が、後に振り返った時の最善の一手ということがある。

選択の良し悪しを決めるのが未来の自分である以上、勝機がどれだけ薄かろうが行動を起こすが吉なのである。


して、この時の己の行動を、後の李空は誇ることになる。

なぜならこれが、李空の人生最大の分岐点であり、新たな伝説の幕開けであったからだ。


「・・は?」


男が呆けた声を出したのと、その場にいた誰もが己の目を疑う異常が発生したのは、時間にして1秒もない刹那の瞬間であった。


苦し紛れで繰り出した李空の拳から、突如空気が排出されたのだ。

それも台風顔負けの風力。その強烈な風は、迫り来る炎の龍を見事押しのけて見せた。


そして奇跡はこれで終わらなかった。

何を隠そう。その空気の正体はであったのだ。


炎の龍はその勢いを数倍に増し、主人の喉元に食らいついた。


「あつっ!?てめえ、なにしやがった!」


燃え盛る炎に身を包まれる中、男が怒り狂った顔で尋ねる。

男は炎の使い手でありながら、炎の免疫はまるでなかったのだ。


自分が生み出すよりも火力の高い炎に焼かれ、男はジタバタとのたうち回る。


そんな姿を眺めながら、


「・・・さあ。こっちが聞きたいよ」


自らの拳を見つめて、李空は純粋な疑問をそのまま口にした。

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