第32話 家族

 妊娠が発覚して半日足らずなのに、テオがやたら過保護になった。


 口うるさい。


 鬱陶しい。


「鬱陶しいって言うなよ。当たり前のことだろ。妊婦は体を冷やすもんじゃないんだよ」


「言ってないもん」


「心で思っただろ」


「口に出してないからいいのよ」


「何だ、痴話喧嘩か?」


 喧嘩ってほどでもない掛け合いの最中に、のそーっとカルロスがやってきた。


 本日2度目の来訪だ。


 邪魔だ。暇人め。


「子供ができたと聞いて、栄養を摂らないとだろ?差し入れを持ってきた」


 さっさと帰れと思っていたけど、差し入れと聞いて、ちょっとだけ興味を引かれた。


 食べ物かな?


 私には今のところ吐くほど酷い悪阻と言うものはないらしい。


 食べ物を見たら、やたら食べたくなる。


「クロム医師から聞いたのか」


 ああそうだった。あの白髭の医師は、毒の治療をしてくれたクロム医師か。


 建物が違うから分からなかった。


「で、こんな時間に何しに来たんだ」


 カルロスの持っているカゴに視線をやってたら、テオが用件を聞いてくれている。


「婚姻届の証人欄には、俺が自ら書いてやろう。出すんだろ?」


 うっ。必要ないとは言えない。


 誰に頼もうか、ちょうど悩んでいるところだったから。


「お前達には俺が相応しいだろ。有り難く思え」


「その尊大な態度に、素直に喜べるか」


「俺は偉いのだから、仕方なかろう」


「カルロス・アラバスターって、役所の人間がふざけてるとしか思わないだろうが」


「俺が出しといてやるから、早く書け。今、書け」


「もう書いてあるよ。はい、これ。よろしくね、カルロス」


 カルロスの前に婚姻届を出すと、サラサラとそれに名前を書いてくれている。


「また後で受理証明書を届けてやる。これで晴れて夫婦だな。おめでとう、テオドール。キーラ」


 その言葉に、テオは真っ赤になって俯いてごにょごにょとお礼を言っていた。


「あ、そうか。夫婦なんだ。改めてそう言われるとなんだか不思議だね。ありがとう、カルロス」


 そっか。テオとこれで家族になれたんだ。


 嬉しいけど、この上なく嬉しいけど、まだ何もかも実感がないのが本当だった。


 信じられないような気持ちで、どこかフワフワしたまま、テオと一緒にカルロスを見送っていた。


 テオが晩御飯の支度をしてくれると言うので、ソファーに座ってポーッとしていると、睡魔に勝てずに寝てしまっていた。


 それは、そんなに長い時間ではなかったけど、眠っている間に私はその光景を見ていた。


 それが終わりふっと目が覚めると、隣にはテオが座って私を支えてくれていた。


 慈しむように、深緑の瞳に私を映している。


 テオの体温を感じて安心できるはずなのに、それを見てしまったばかりに小さな不安が生まれていた。


 だから、すぐにテオには話した。


「テオには隠し事ができないから、言うね」


 どうした?と、先を促してくれる。


「夢を、見たの」


「この先に起こる事か?」


「うん、多分。今ウトウトしている時に見たの。寝ている時に未来視とか見た事ないから、自信ないけど」


 手は無意識のうちにずっとお腹に触れている。


「この子が、ギフトを持ってるの」


 すぐに私のその懸念を察してくれた。


「順番的にディバロ国王の戦死だろ。心配するな」


「まだ小さいこの子が、男の子だった。テオによく似てる。その子が、すごく綺麗な御屋敷の庭で、たくさんの優しい人に囲まれて走り回っているの」


「俺が一攫千金で、成功を納めたってことか。やったな!」


「アア、ウン、ソウカモネ」


「おい、こら!今、カワイソウな子を見る目で見ただろ!!」


「チガウチガウ」


「誰が、頭がカワイソウな子だ!!」


 バカだなぁと思いかけていたら、


「心配するな」


 不意に、テオが真面目な顔で言った。


「妊娠中は、気持ちも不安定になるって言ってただろ。そんな不安が少しだけ影響した、ただの夢だ。大丈夫だ。嫌な夢じゃない。俺に似た男の子が生まれてくるなら、俺は嬉しいよ。キーラに似ている子なら、もっと嬉しい。その子が女の子なら、絶対に嫁にやらない」


 あ、こいつやっぱりバカだ。


「バカって言うなよ!!」


「言ってないし」


 テオの言葉に、心が少し軽くなった。


 ただの、夢だ。


 そう思うことにして、私の奥底に蓋をして、厳重にしまいこむことにしたんだ。












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