第30話 嘘つき

 ディバロがミステイルからの侵攻を受けているという一報を聞いた後も、私は変わらず普通の毎日を送っていた。


 隣国と言えど、ここが被害に遭うことはまずない。


 帝都のど真ん中にいる限りは、遠い場所で起きている事だ。


 テオも、平静を保っているようには見えた。


 でもしばらくして、ギルドでまたその情報を知った。


 ディバロ王国の被害を。


 いくつかの防衛拠点はすでに制圧されており、王国軍は虫の息、騎士団も大打撃を受けている。


 市民にも多くの犠牲者が出ていると。


 国が崩壊寸前だろうとなんだろうと、それに関しては、私は特に何も感じなかった。


 まぁ、さすがに王都周辺に到達するのには時間がかかるだろう。


 テオは何も言わないし、その顔を見ただけでは何を考えているのかは、周りは分からないと思う。


 無表情なテオの横顔を見つめていたら、


「俺は、大丈夫だから」


 私の方を見ないまま抑揚のない声で言ったけど、言葉の通りに受け取れるはずがない。




 嘘つき。




 大丈夫なはずがない。


 感情を抑え込まなければ、動揺を押し殺せないのだから。


 テオは、嘘つきだ。


 私にそう思われているのも分かっているくせに、それを認めようとはしなかった。


 テオは、その日を淡々と過ごしていた。


 何か聞かれるのが嫌なのか、私とは目を合わせてはくれない。


 ちょっとくらいテオの思いを吐き出してもいいのに。


 私の思いは丸裸にするくせに、自分の思いは覆い隠すのは不公平だ。


 まあ、どうせ!言わなくたって、テオの頭の中なんか分かっているし!リュシアンの事しか考えていないのなんて、心が読めなくたって、分かるし!


 随分と怒っていたと思う。


 その怒りのまま、この日の夜、自分の寝室にそんな彼を引き入れていた。


 この、いつまでも鎮まらない怒りは、嫉妬だ。


 遠くにいるリュシアンの事しか考えていないテオに、私の方を向けって、


 そんな思いだったけど、


 腹立たしい思いとは裏腹に、自室にテオを入れただけで、もう緊張で心臓が破裂しそうだったし、その手を引く私の指先は震えていた。


「怖いなら、無理するなよ」


「無理してない」


 初めてのことだから、緊張でちょっとだけどうしたらいいか分からないだけだ。


 そう思っている私を苦笑いを浮かべて見たテオは、最初こそ遠慮がちではあったけど、私を優しく労るように、壊れ物を扱うように触れてきた。


 でも、夜着を脱がされた時、私の背中を見た彼はその顔も身体も強張らせていた。


 ああ、そうだった。


 自分の背中はなかなか見えないものだから、うっかりしていた。


 そんなに醜悪なものになっているのかと、逆に申し訳なく思ったほどだ。


 本当はテオを慰めたかったのに、余計な心の負担を増やしてしまったかもしれない。


 醜いものを見せてしまったと。そこまで思って、


「そんなわけないだろ。キーラを見て、醜いと思うわけがないだろ」


 背後から抱きしめられて、この背中に顔を埋めてテオは言った。


「あの聖獣様、ついでに治してくれたらよかったのに。ケチだよね」


 空気が和むように、へへっとテオに笑いかけたのにテオは全く笑ってくれなかった。


 その代わり、熱を孕んだ潤んだ視線を向けられたあとは、テオから優しいだけでは済まない激情をぶつけられていた。


 痛みも不安も羞恥も、最後には全部テオから与えられる大きなうねりの中に持っていかれて、テオのことしか考えられなくなっていた。


 愛していると、この夜テオは何度でも言ってくれた。


 誰からも言われた事のない言葉を、テオは何度も私に与えてくれた。


 あの国で、今この時でも、私のせいでたくさんの人が死んでいるのに、私は幸せだと、テオに愛してもらえて幸せだと、全身にそう刻み込まれていた。






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