第25話 帝国皇太子
森の中での出会いは、夢だったと思うようにした。
きっと、深く考えない方がいい。
幸運なことに、その後は何事もなく帝国国内へすんなりと入ることができた。
見知らぬ土地を警戒しながら進み、幾日かかけて帝都へ到着すると、そこはたくさんの人や物が溢れている賑やかな場所だった。
小国ディバロとは、比べ物にならないほどに栄えていた。
「ちょっと、この周辺の事を聞いてくる。キーラはそこに座って待っててくれ」
そう言い残してテオは人混みに消えて行き、噴水のある大きな広場の端に座って待っていた時だった。
その人が通り過ぎた時に、その人の何かが掠めていって、一瞬でその映像が流れてきた。
帝国皇太子。
襲撃。
暗殺未遂。
毒により、昏睡。
たった3日だ。
それだけで帝国に混乱が生まれる。
皇太子が半端に死んでないから、跡目争いで混乱するんだ。
そして、内乱。
戦争。
はっ?ちょ、冗談じゃない。些細なきっかけで、とんでもない事に。
今からテオと静かに暮らそうとしているところで、こんな混乱が起きたらおちおち平穏な生活もできない。
皇太子のくせに、あっさりと暗殺されそうになるなよ!!!!
さっきの人は、どこ?
後ろを振り向いた。
背の高いあの人は、人混みでも帽子は見える。
人を掻き分けて近付いた。
その人に、商人風の装いの人が忍び寄ってくるのが見えた。
アイツだ。
虫も殺せないような、柔和な顔をしているのに。
「キーラ!!!!」
テオの声が聞こえたけど、私はその人の前に飛び出ていた。
やたら長い針を持っているのが見えたから、それを握っている腕に飛びかかる。
思いっきり体当たりしたら、一緒になって転がっていた。
そのはずみで、針の先が少しだけ手をかすめる。
ここで、皇太子の護衛がやっと異変に気付いた。
マジで役立たずな護衛だな。
その針を持った男が起き上がり、舌打ちをして皇太子にそれを向けようとしていたけど、さすがに近付く前に護衛の男に取り押さえられていた。
そしてその男は、速やかに帝国兵に引き渡される。
「キーラ!!!!」
蹲って立ち上がれない私のところへ、テオが顔を強張らせながら、息を切らせて走り寄ってきた。
腕が痺れて痛い。あー、私にしては考えなしだった。最悪だ。
そう頭で思えば、テオが私の腕を見て咄嗟に縛って、そして血を押し出そうとしている。
「毒か。くそっ」
テオから、焦りの声が吐き出される。
「こっちに。近くに毒の専門医がいる」
状況を把握した皇太子が、私達に声をかけ先導しようとし、テオは、私を抱き上げて、皇太子についていく。
皇太子諸共、何処ぞのボロい診療所へ駆け込んでいた。
「殿下。また、何が起きたのです」
突然現れた私達に、そこにいた白い髭の医者が驚く。
「彼女が、俺への襲撃に巻き込まれた。毒の治療をしてくれ」
そんな説明があってる中、
あ、ヤバイ。
ちょっと、意識が飛びそう。
即死しないようにわざと昏睡させる事を狙った毒だからなのかな。
テオの顔が真っ青になったのが見えたから、何とか頑張って、意識を保つ。
とりあえず解毒薬が調合されるまで、ひたすら洗浄と消毒をされ、そうこうしていると、程なくして、白髭の医者が戻ってきた。
「解毒薬だ。これを飲みなさい」
渡された、真緑のドロっとした液体を見て顔をしかめる。
絶対不味い。
これは、絶対、不味い。
嫌々口に含んで、
「苦い……まずい……」
予想通りのそのクソ不味さに目が覚める。
「残さず、飲め」
テオからは怖い顔で睨まれたから、渋々、吐きそうになりながら、ついでに涙もちょっと流しながら全部飲み干した。
「巻き込んで、悪かった。だが、お前は、あの暗殺者の存在に気付いているようだったが?」
皇太子の探るような視線にちょっとだけギクリとしたけど、
「ぶつかったのはたまたまだけど、あれは明らかに不審者丸出しで、おかしな人だなぁって見てたから、ぶつかってしまって、なんでむしろ、護衛が気付かないの」
皇太子の後ろに立つ、私よりは少しだけ年上のそいつを睨みつけた。強気だ。強気な態度で乗り切るしかない。
そもそも、仕事しろよ!!
「面目ないな。いつもの護衛に頼めなくて、新人を連れていたんだ。お前達は、兄妹、なのか?」
うそつけ!
城をこっそり抜け出すのに、たまたまそいつしかつかまらなかったんだろ!!それで、暗殺されかけるとかバカか!!!!
口に出せないけど言いたい事は、たくさんあるんだ!!
「そうだ。両親が死んで冒険者になるつもりで、ここに来たんだ」
しれっと嘘をついたテオの事は、ほっておく。
「そうか。ならお詫びとお礼に、君達の住む家と身分証明書を手配しよう」
え?
「いいのか?」
そんないきなりのウマイ話を信用していいのか、その真意を測りかねるけど、テオは受け入れるようだ。
なら、大丈夫なのかな?
「これくらい、命の恩人に対しての礼としては、安いものだ。というわけで、クロム医師。彼女たちを、今晩泊めてもらえないだろうか?」
「経過も診たいので引き受けましょう」
そのやり取りから、今晩の宿も手に入れたのがわかった。
またテオの顔を見ると、大丈夫だというように頷かれた。
ほんの短時間の間に、驚くほどいい方に状況が一変していた。
いい状況だったのに、この日の夜、落ち着いたら随分とテオに叱られた。
それはもう、懇々と説教をされていた。
うるさくて、不貞腐れてそっぽ向いてたら、それが黙ってても伝わるものだから余計に怒られた。
仕方なかったんだから、そんなに怒らなくてもいいでしょ!
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