第10話 機工士、アリアナ・ロッソの邂逅
詰んだ。
ここで死ぬ。
どう見ても絶望的だ。
飛龍の赤い、大きな口が見えた。
幾重にも見える歯列。
アレに噛まれたら、一瞬で人の胴体なんか噛みちぎられる。
いや、むしろ丸呑みだ。
立ち尽くし、空から襲い来るその口を見つめ続けていると、視界の端から打ち上げられた花火が見えた。
正確には、あれはロケットランチャーから打ち出された、対飛空型用の榴弾だ。
私が開発に関わった初期モデルのやつだ。
あぁ、懐かしいな。
走馬灯のように、あれを作り出した頃が思い出された。
で、私が現実逃避していると、それが見事、飛竜の口に飲み込まれて、そして、
「ちょっと、失礼」
突然、低くよく通る男性の声がしたかと思うと、
「わっ」
バサっと何か布らしきものが頭からかぶせられていた。
と、同時に逞しい腕に引き寄せられて、抱きしめられる。
何が起きているのか、自分のものではない、ドクンドクンと力強い鼓動が聞こえたのは一瞬で、布越しに、ボタボタと何かが降ってくる音と衝撃で何もかもがかき消されていた。
暗闇の中、それが少しの間続き、
「大丈夫?怪我はない?」
音が止み、パサっと布がめくられると、その瞬間は眩しくて目が開けられないでいた。
「こんな所に女の子が一人で、でも、あの死骸の道を作りあげたのは、君だよね?」
やっと慣れてきた目を薄らと開けると、辺り一面が真紫色に染まっていたのも気になるところだけど、目の前にいた男性は、この辺にはいない異国風の容姿をしていたから、そこから視線を動かせずにいた。
褐色の肌。
漆黒の髪。
同じく、黒曜石のような黒い瞳。
その容姿の特徴は、国土の四分の一が砂漠なのに、大帝国を築いている、あのハリスガルドの人?
おそらく年上だ。
タレ目気味で、目尻に泣きボクロがある容姿は、どう見ても遊び人風で、町中で気軽に声をかけられてきたりしたら、全力で距離を置きたくなる感じの人だ。
でも今は、そんな彼に助けられたのは確実だ。
辺りにはこの人以外は姿は見えない。
彼の右手には、やはり見覚えのあるロケットランチャーを携えていた。
その後継モデルは、私が婦女子でも持ちやすいように小型に改良したのだけど、自国内にしか流通させていない。
初期の重いやつを持ち運んでるその力に、少なからず感心していた。
「その装備は、機械大国エリュドランのものだね?いいなぁ。新型だね」
彼の方も、私の手元を見ていた。
私達の国から帝国を含めた西側の国は、魔道具を機械と呼んでいる。
鉱石に含まれる魔力を動力に変換して動くもので、私の国では生活の隅々にまで浸透した、とても便利なものだ。
そして、長らく無言の私に嫌な顔一つせずに、人好きのする微笑を向けている彼に言わなければならないことがあった。
「あ、えっと、助けてくださって、ありがとうございます。私はエリュドランの出身で、国に戻る最中に道の選択を誤ってしまって、貴方に命を救われたようです」
「うん。良かった。君みたいな綺麗な子が魔獣に喰われるだなんて、どんな損失だって話だよ」
あぁ、やっぱり女性慣れした感じは、距離をとりたくなる。
でも、
「こんな場所で誰かに助けてもらえるとは思いませんでした。お時間をとらせて、申し訳ありません」
「いいって。良かったら、家まで送ろうか?せめて、エリュドランの国境付近まで」
うーん……
その申し出は一人でこの渓谷を越えるよりは安全だから有難いけど、別の不安はあった。
「あ、俺、これでも紳士だから、心配しないで!」
私の心を読んだかのような言葉が重ねられる。
貞操の危機か、国(他国)の存続の危機か。
私の度量が試される選択の瞬間であった。
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