第4話 いとコ(下)

「マサトって、高校のときはね……」

 あのー、突然ですが。

 ワタクシが置かれているこの状況を、誰かわかり易く教えてください。


 ◆ ◆ ◆


「いとコちゃん、奢るからカフェに入ろう。何が好き? 甘い系、ほろ苦系? 遠慮しないで良いよ。ワタシはこれだけど……決め兼ねてるならこれ二つにしちゃうね。そうだ、スイーツも食べようよ! 半分こしてもいいね、ウフフ。あ、先に座ってて。持っていくから大丈夫よ。じっくりと語り合いたいから奥の奥の方が良いなぁ、よろしくね、ウフ。ささ、行って行って。ムフフのフ〜♪」

 とある日。

 次の講義までの空き時間にタナちゃんと図書館へ向かう途中で突然うしろから腕を組まれ、呆然とするタナちゃんを残して併設カフェに強引に拉致られ……じゃなくて誘われる。

 そして始まる、あなたとの在りし日の思い出話。

 で、冒頭の疑問にブチ当たる。

 これは一体、何ごとなんでしょうかね?


「遠慮なく半分食べてね。はい、あーん……て、昨日今日会ったばかりで警戒するよね、ウフフ。そう言えば思い出すなぁ、高三の文化祭。ワタシ達のクラスはメイド喫茶をやったんだけど、マサトってばね―――」

 わざとなのか、悪戯っぽく微笑みながらつらつらと語る、私の知らない世界。世代間の差を考慮してるのか、本人からもたまにしか聞けないので気にならないと云えば嘘になる。

 でも、もういい。

 現在いまという時間を共有していることが私にとっては大切なのだから。

「あの……貴重なお話をしていただいて本当に嬉しい限りなんてすが、残りは本人から聞きますので、もう十分です」

 失礼は無いかと内心ビクビクしなからお断りを入れると、

「ふわぁー! しっかり者さんだし主張も出来る。しかも変なあざとさも無く、クール系かと思いきや自然な笑顔が超可愛いったらない!」

「え……あの…」

 謎のベタ褒め攻撃に面食らってしまう。

 タマちゃんさんは椅子に寄りかかる姿勢を居直し、肘を付いて指を組むと、これまでない熱っぽい視線で見つめて私に言う。

「益々気に入るなぁ、本当にマサトには勿体ない。ねぇ、あいつは捨ててワタシと仲良くしちゃわない?」

「……、……、……え?」

「世間の障害は少なからず有れど、男には気付かない女心をお姉さんなら理解してあげられるし、主張を受け止めて尊重もするよ?」

 これは……俗に言う〈口説き〉でしょうか?

 その熱い眼差しに既視感を覚えはするが面と向かって耳にするのは初めての経験で、これ以上なく目を丸くするしかなく。

「何てね、フフフ。ビックリさせちゃったね。まだ講義有るんでしょ? 急に拉致って時間を取らせてゴメンね。お友達にもお詫びしないとね。それと、最後に一つ、取って置きの秘密を教えましょう」

 先程の眼差しが嘘のように、タマちゃんさんは人差し指を口元に立てて優しい瞳でそっと呟いた。


 ◆ ◆ ◆


 スマホが通知を受けて震えること、数回。

 が、業務中で即座に開けず、一段落した頃に漸く読んだその文言に目眩を覚える。


⇒ カノちゃんは預かった、返して欲しくば!

「なっ! アイツ何やってくれてんの!」


⇒ 可愛いわぁ、性格もビジュもマジで好みだわ、後は任せて早く別れろ

「ヤバい、ヤバい、ヤバい! 思った通りだ!」


⇒ 教授よめには許可を得たから、これから押しまくりますわ、オホホホ!

「パートナーが居るなら、尚更やめろーっっ!」


 急ぎカホに連絡を入れる。

『はい……どうしたの?』

 良かった、繋がった!

 安心感で満たされながら通話の許可を取り、きみの無事を確認する。

「アイツが不穏なメッセージを送ってきたから……その、大丈夫?」

 暫しの間を置いて抑揚のない返事が帰る。

『高校時代の話を聞いたけど、お腹いっぱいになったので途中でお断りしました。他にご要件は?』


 未だかつてない塩対応。

 常に待ち望まれる通話と自惚れてきただけに、その変化に胸のざわめきが止まらない。

 これは……何かあったのか!?


 男では思い付きもしない心遣いとさり気なさでアプローチするアイツには、高校時代から舌を巻いてきた。そもそもオレとツルむようになったのも、ワケ有って彼女を作る気のないオレに近寄る女子のケアと見せかけた、好みの娘への接近の機会を得るためで。

 あの頃の理想が変わってなければ、カホは間違いなくどストライクの筈。靡く可能性は皆無とは言え、何やら吹き込み企ててるのでは、と気が気でない。

「あのね、カホが勘繰るような関係は一切無いし、許可済みなので言うけど、アイツ、自分好みの娘に手を出す癖があるから……その、心配で……」

『……あれは、やっぱりそういう意味なんだ』

「何か有ったの!?」

 攻め始めるには行動が早過ぎだろ、アイツ!

 耳元に漏れる小さな溜め息の後、呆れたような声できみが続ける。

『どちらにせよ、にはどうでもいい話ですよね。それとも他意が有るのでしょうか? ならば、お聞かせ願いたいのですが』

 そこ、やはり引っ掛かっていたか。

 だが、これは自分で蒔いた種。

 しっかりと責任を持って収穫せねばならない。

「……その様子では、聞いてるんじゃないの?」

『又聞きでは信用できないので、ご本人の口からハッキリと伺いたいですね』

「それは、アイツと決めた隠語で―――」


 ◆ ◆ ◆


「いつかカノちゃんが出来たら教えてよね」

「同性をいい事に手出ししないと約束するならね」


「会うの楽しみだなぁ、マサトの愛しいコちゃん」

「いや、やっぱりタマには会わせない」


 オレの愛しい、しい

 〈いとコ〉には、絶対に手出しはさせない。

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