第9話 YOU (用賀先生) &I (藍田さん)

⇒今、どちらですか?

⇒直接返事したいのでお時間いただけますか?


 御祝い文を送ると間髪入れずに返る、その若さ。

 随分と畏まった文章が若干気になるが。


←レッスン室に居ます

←始まるまで時間は有るからお待ちしてます

←気を付けて


 一年ぶりの再会に心が躍る。

(……って、流石にきっしょいよね)

 確か、在籍していた高校からはひと駅の筈。到着まで早くて三十分後といったところか。それまでに馬鹿みたいに浮わついた心を落ち着かせよう。


 ◆ ◆ ◆


 胸には卒業生らしい鮮やかな飾り花。後輩からの餞別らしき品々がトートバッグを満たす左腕にはブルーの証書入れ。最近は筒型ではないのかと、嫌でも世代の違いを感じてしまう。

 式典後に慌てて駆けつけたと思しき初めて見る制服姿の彼女が、息を弾ませてレッスン室のドアを勢い良く開き、続けざまに問う。


「さっきのメッセージ、どういう意味ですか?」

 喜ぶどころか、まさかのお怒りモード。

「良く受講者に奢るんですか?」

 そんな事、する訳がない。

「あの日の鼻歌って関係あります?」

 有る、だなんて絶対に言えな……はい?

「都合いいように取りますよ?」

 な、何ですと!

「自惚れていいんですか?」

 こ、これは、まさかの展開。


 いや聞き違いだ。

 過度な期待は持つべきではない。

「い、一旦深呼吸しよう。すーはー、落ち着いたかな?先ずは御祝いを。失恋の痛手からも復活して志望校にも合格して、この一年良く頑張ったね、おめで……うわわっ!」

 ジロッとこれ以上ない鋭い視線。

 彼女の怒りが爆上がりする。

「子ども相手だと馬鹿にしてます?そうやって話を逸らすのはやめてくれないかな。私が好きなのはずっと、よーちゃん先生だけなんですけど!」


 ―――だって、フラれたていで話してたじゃない。


「駅前のカフェで勉強してる時に後ろの席が先生だって気付いて(え、いつ!?)、好きな人の話を聞いてこれはさすがにダメだと判って(きみのことデスヨ~)、伝われ~って思いながら歌っても当然無理で(怒濤の恋曲ね)。

 そう言えばあの曲何だろうと探してみたら意味深な歌詞だし(うぐふっ!)、自惚れてもしょうがないけど、ちょっとでも関係があればいいなぁって僅かな望みを抱きながら受験勉強に打ち込んで、でもそんな都合いい事ないよねって、やっぱり諦めなきゃって漸く決意したのに、あの曲みたいに突然奢るとか言うし……。一体どういうつもりなのか判りやすく教えてくれませんかね!?」 

 普段の落ち着きは何処へ置いてきたのかと疑問な程のお怒りっぷり。


 そうです、歌詞の通り、しかも後者。

 何だかんだと自分に言い聞かせながら、その実、慰めからの狙いで歌い、うまくいかなければせめてと思い食事に誘う卑怯な所業。


 でも。

 現実はとてもとても厳しい。

 踏み込むべきでないと今更後悔している臆病者が得意の仮面を付けて説得する。

「どういうつもりって言われても、ねぇ。受講のよしみでお祝いをと思っただけだよ。それに、きみのその感情は所謂年上への憧れでしょ? 女子高育ちが念願の共学に行くわけだし、大学が始まったら男子の友達も出来るしバイト先で出会いも待ってるよ」


 オレは本当に卑怯だ。

 大人とは名ばかりの超弱虫。

 自分の想いに嘘をついて断ることも出来ないうえに、全ての選択を彼女にさせようとしている。


「遠回しはいい、ハッキリ言って構わない」

「……ごめんね」

「……判った、帰る。レッスンか有るのに邪魔した上にJKの戯言たわごとにつき合わせて、ごめんなさい。奢りとか要らないけど、祝ってくれてありがとうございます。お世話になりました」

 深々とお辞儀をし、現れたのは視線を外したこらえるような哀しい顔。

 ほだされるな、これでいい、彼女には年相応の恋愛が待っている。


 なのに―――。

 どうしても自身を騙すことが出来ず、踵を返す彼女の腕を反射的に掴む。

「あー、もー、やっぱりダメだ。本当に………ごめん。オレ、スゲー情けなくて、狡くて。すぐにおじさんになっちゃうけど、それでもいい?」

「……先生は年齢トシの割りには若く見えるし。何なら、少しでも追い付けるように私が早く大人になります」

 年齢トシの割りには、か。容赦なく言うねぇ。

「参ったな。オレとしては無理させたくないんだけど。そのままのきみが好きだから」

「もう……そういう事は勿体ぶらず、早く言ってくださいってば」


 だってさ、勇気が要るわけですよ。

 十歳も年齢が離れてりゃ、ね。

 しかもJKを見初めるとか、犯罪だし。

「はぁーー、でも、勘違いじゃなくて良かったぁ。でないと私、自意識過剰のイタ女確定で立ち直れないまま大学生活を始めるところだったよ」

「どこまでも情けない男でごめん。実はレッスンなんてどうでもいいくらいきみとの時間が楽しくて、それ以上にきみのことが好きだった。改めて言う、オレとお付き合いしてください」

「ふ……ふえぇぇ…」

 普段クールなきみが大粒の涙をポロポロ流す。

 あぁ、初っぱなから泣かせてしまった。

 その姿が愛しくて思わず肩を引き寄せる。

 ドアの覗き窓から丸見えだなぁ。

 ま、怒られたらその時だね。


「さて、美味しいもの、何食べに行く?」

「…………肉」

 パスタとかじゃないんだね。

 でも、オレも好きだから、全然構わないよ。

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