第42話 豹変

 豹変



 「そ! それは!」

 地面に落ちたのは制服のポケットに入れておいたおはじきだった。柳原君はそのおはじきを見ると目をひん剥いて、


 「テメー! なんでそれをもってる!」と豹変して言う。さっきまでの穏やかだった彼の人格が変わったかの様に狂暴になる。

 この問いに対する答えなど全く用意していなかった私は口ごもってしまい、ただ落ちたそのおはじきを拾おうと地面にしゃがもうとした時、柳原君が私の足首あたりを痛烈に蹴りつけた。

 私はその勢いで横倒しになり、更に私に柳原君が馬乗りになってきた。

 「たすけ……」

 私は叫ぼうとしたがすぐに彼に手で口を塞がれてしまい、

 「んーんー」と唸るしか出来ない。

 この場所を知っている。ここは公園の最奥で、人も殆ど立ち入らず公園からも死角になっている。こんな場所まで気付かぬ内に来てしまった自分を恨む。



 「てめえ、どこまで掴んでんだ? おい! 聞いてるか!」と物凄い形相で聞いてくる。

 え? 何のこと? 彼は何を?


 「コソコソほじくり返しやがって! おい! どこまで掴んでんだ!?」

 彼が何を言いたいのかが判らない。私はただジタバタと脚をバタつかせるしかない。彼は私の口を塞いでいる逆の手で私の髪の毛を掴み私の頭を持ち上げては激しく地面に叩きつける。激痛が頭に走り意識が途切れかける。


 「おらー! 聞いてんかー!? 何を知ってるんだ? おい!」

 彼が叫ぶ度に私の頭を地面に打ち付ける。


 誰か、た、助けて……。助けて……。助けて……沢村君……。

 いつしか私の脳裏に沢村君の顔が浮かぶ。


 口を塞がれ、したたかに頭を地面に叩きつけられ知らぬ間に涙が滲んでくる。


 「てめえ、口封じられてえか!」

 彼の目はおよそ尋常ではなく、真っ赤に血走り、殺気を帯びていた。髪の毛を掴んでいた手が首元に伸びてくる。


 「んぐーんぐー」

 私の意識が段々と薄くなり、視界がぼやけてくる。


 希薄になって行く意識の中で私は沢村君の笑顔を思い出そうとしていた。何故こんな時にそんな事をするのか。どうして大好きな甘い物じゃなくて彼の顔なのかなあ。私の記憶にはもう彼の笑顔はぼやけてしまってハッキリ見えない。どんなに思い出そうとしても白い霧が掛かり彼の笑顔を覆っていく。君の笑顔は縹渺で曖昧だなあ。私はボンヤリと考えて気付いた。



 ああそうか……白色の対照色はきっと……透明なんだ……。



 諦め、目を閉じかけた時、今まで日光に照らされていた私を大きな影が覆い、何か長い物体が空気を切り裂き私に馬乗りになっている柳原君の脇腹に食い込んだ。

 その勢いで柳原君の体が宙に浮き、私の身体から盛大に引き剥がされ地面に落ちる。

 「ぐっ!」っと言って立ち上がろうとする彼に更に一筋の弧を描いて移動する物体が再び彼の腹部に命中し再度彼が宙に舞う。彼はひっくり返り背中から地面に落下した。


 西日で逆光になり顔はハッキリしないけれど、その大きな身体、長い脚から誰だかすぐに判った。


 「さ わ む ら く……ん……」

 「てめー、なに一人でこんなゴミに会ってんだ!」と猛烈に叱られてしまう。


 まだ起き上がれない様子の柳原君が、

 「さ、沢村か?」と狼狽して言った。


 「おい、柳原。テメー何したか解ってんのか?」

 「へっ、沢村じゃねーかよ。なんだよ、オメーも同じ学校かよ」

 すると再び沢村君の長い脚が柳原君の顔面を急襲し豪快に振り抜く。柳原君はそのまま大の字に地面に倒れた。



 「はあはあ、ぜぇぜぇ……はあはあ……」

 私は息を落ち着けようと必死に呼吸をする。

 「おい、大丈夫か?」と沢村君が手を差し伸べてくれる。私は彼の手をしっかり掴み立ち上がろうとするけれど、蹴っ飛ばされた足首に激痛が走り再び地面に膝をついた。

 「おい? 大丈夫か?」との沢村君の問いには答えず私は四つん這いのまま、

 「柳原君! さっき何を言おうとしてたの! どこまで掴んでいるかとか、何の事!?」


 柳原君は地面に大の字になったまま空を見つめていた。その目には涙が溢れているように見える。

 「へ、へへへへ、あの缶掘り起こされちまったんだな。じゃあもう気付いてるだろ?」と空を見つめたまま言った。


 私は息を一つ飲み込むと意を決して問う。

 「あなたは、豊川成二君ね?」


 「そこまで判ってんのか……」

 「そして、豊川壱成君。それがあなたのお兄さんの名前ね?」

 「……」

 

 しばらく沈黙した。私は彼が口開くまで待つ。

 6月の風が私の肌に湿り気を与える。



 「そうだよ、俺が殺した兄貴の名前だ」

 「!?」

 「な!」

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