第9話 空席の正体

 空席の正体



 カーテンの隙間から日光が一直線に部屋に侵入し、壁に一筋の垂直の線を描いていた。

 私は布団に潜ったままで手だけを外に出しスマホを手探る。ヒンヤリとした固い物体を掴み手元に引き寄せホームボタンを押す。時刻は6時半になろうとしていた。

 私は5分後に鳴ろうとしているアラームを解除しむっくりと起き上がる。

 昨日の出来事を思い出し気分が滅入る。今日も殴り合いが起きないか気が気でない。


 私は朝食を取るために食堂に向かう。食堂の前にある柱から顔の半分だけ出して中を覗った。数人の寮生が食事をしているけど沢村君は居ない様だ。

 ご飯とお味噌汁をよそい、おばさんからトレーを受け取ると空いている席に座る。今朝のメニューは卵焼き、ウインナーソーセージが2本、ほうれん草のお浸し、それとフィルムに包まれた味付け海苔がトレーの端っこに置いてあった。

 朝はデザートはないのか……。しょぼーんである。



 私が教室に入ると早速祥太君が話しかけてきた。

 「ナバちゃん、おはよう」

 「おはよう」と私も返す。


 「昨日の話だけど、若葉7戦隊の」

 「ああ、うん、何か解ったの?」

 「いや、全然」と言って祥太君は肩をすくめた。


 「ひとまず今出来ることは佳代ちゃんに連絡を取る事なんだけど、ナバちゃん知らないよね?」

 知らない。小学校も中学校も別々なんだから知るわけない。

 私は「うん、ゴメン、知らない」と正直に答えた。

 私の通っていた若葉幼稚園には通園バスがあった為、結構広範囲から園児が通っていたと思う。中学と言えども学区が別ということはあり得るだろう。

 「祥太君は同じマンションに住んでいたって事は小学校3年生までは同じ学校だったんでしょ?」

 「そうなんだけど、同じクラスになったこともないし、あの洋館探検以降は彼女と話す機会はなかったんだよね。あのまま彼女がまだあのマンションに住んでいるなら第一中学に通っていたと思うんだけど、まさかあの中学からこの学校に進学した生徒がいるとも思えないし」

 そうだよね。わざわざ静岡の中学からこの神奈川へ進学する人は稀だろう。私と沢村君を除いて。

 「仮に、第一中学出身の生徒がこの学校にいたとしても日柴喜ひしきさんの連絡先を知っている可能性は低いしね」と、私は俯いて呟く。

 「となると、やっぱりマンションを訪ねるしかないのかな」

 出来ればそれは避けたいんだけどなあ。第一中学学区なら知り合いに遭遇する可能性も低そうだし大丈夫かな。


 「隣の県とは言え、ここから静岡まで行くとなると結構お金かかりそうだし、すぐという訳にはいかないね」と私が言うと、

 「そうだね、行く日程など今後話し合っていこうよ」

 「うん、わかった」と私が言ったとき、少々騒がしかった教室が急に静かになった。振り返ると顔中に絆創膏を貼った沢村君が入ってきたのだ。

 私は話しかけようか迷ったけれど、気軽に話しかけるなと言われているし、言いつけを守ることにする。


 沢村君は松葉君と顔を合わせることもなく自分の席へと向かって行く。ひとまず昨日の再現は起こらなかった事にクラスの全員が胸を撫でおろしているようだった。



 1限目の英2の授業が始まり10分程経った頃、廊下が何やら騒がしい事に気付いた。

 複数の茶化した声や、「ぎゃははは」と下品な笑い声が聞こえてきたのだ。明らかに教師ではない。その騒音は段々と私達1-3の教室へ向かってくる。

 声はとうとう教室の前の扉まで到達し、「バンッ!」と扉が勢いよく開かれた。


 扉へ視線を向けるとそこには4人の男子生徒が立っており、皆一様にニヤニヤしながら教室内を見ている。シャツをズボンからだらしなくはみ出させ、ネクタイも緩々に解かれている。髪も眩しいいくらいの金色に染められどう見てもマトモな生徒には見えない。

 「ちぃーす!」と言いながら4人は教室へ入ってくると30代くらいの女性教師に向かって歩いていく。

 「俺たちの席どこかな、センセ」と一人の生徒が片肘を教卓に乗せながら女性教師にニタニタしながら訊ねる。

 そういえば入学式の日から今日までずっと4つの空席があった事を思い出す。恐らく4人で結託してズル休みをしていたのだろう。


 「あ、あなた達、今日が初登校なの?」と女性教師はやや声を震わせながら問いかける。

 「いやあ、コイツがさあ、麻雀勝てねえもんだから止めさせてくれねえの、ったく」と先頭にいる生徒がすぐ後ろに立っている生徒を親指で示しながら答える。

 「と、とにかく早く座りなさい。授業が進められないわ」

 「だからあ、俺たちの席どこだって、オイ英語教師」と幾らかイラついた声で再度問い詰める。

 「4つ席が空いてるから、多分そこだと思う」と彼らの間近に座っている女生徒が果敢に声をかけた。

 彼らはその女生徒に、「アリガト、お嬢ちゃん」と言って教室内の空席を見つめた。

 「なんだよ、バラバラじゃねか」と自分たちの席の配置に不満があるようだ。刹那、その生徒がハッ! として一人の生徒を凝視する。

 「お、お前、松葉か?」

 「え? 松葉ってあの北中の?」と別の仲間が声を出す。


 私の前に座る松葉君はズボンのポケットに両手を突っ込み椅子に深く腰掛け不良達を睨んでいたけれど、

 「誰だお前。知らねーよ」とすぐ興味無さそうに廊下の方に目をやった。

 「間違いねえ、松葉だ」と声を震わせながら不良達の様子が変化していく。明らかに動揺が広がっていくのが分かる。

 こんな人達にも松葉君は恐れられているのだと改めて彼の恐ろしさを実感する。


 その時である、

 「おい、うるせーからとっとと座れ」と別の方から声が聞こえた。

 声の主を見ると、やはり沢村君だ。不良達は一斉に沢村君を凝視する。そして、「んだぁ? テメー!」

 うわあ、やっぱそうなるよねぇ。昨日に続き一難去ってまた一難だよ。

 不良達が沢村君に向かおうとしたその時、

 「おい、お前らの事なんか知らねえし、どうなろうと知ったこっちゃねえけどよ、ソイツには関わらない方がいいぜ」と松葉君が沢村君を顎で示しながら言う。

 「俺の顔をここまでしたのはソイツだ」と沢村君ほどではないにしろ顔中に絆創膏を貼った松葉君が続けて言う。

 「え……」と不良達が固まりモジモジし始めた。

 「解ったらとっとと座れ。授業の邪魔だ」と松葉君が更に言う。

 ケンカでは負け知らずで確かに恐ろしい松葉君だけど、節度のあるこういった態度には好感が持てた。

 不良達はしばらく沈黙していたがやがて、

 「ああ、解ったよ」と、それぞれの席へバラけて行った。


 どうなるかと思ったが一件落着だ。喜ぶべきなのか判らないが松葉君や沢村君の存在がロクデナシ達の強力な抑止力になったのは事実である。


 私はこっそり沢村君を窺う。何故か私の心が安心に満ちていくのが解った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る