第6話 沢村君との再会

 沢村君との再会



 「おい。水原」


 「ひっ!」

 変な声と同時に私の肩がビクッっと震えた。

 

 この声は、沢村君だよね。同姓同名の他人のそら似を期待していたのだけれど、運の悪い私がそんな当たりを引くはずがない。

 私はしばらく動けずにいたけれど、沢村君はなおも話しかけてくる。


 「おい、聞いてんのか?」


 私は覚悟を決めて恐るおそる振り返った。いつもはズボンのポケットに両手を突っ込んでクールにキメているイメージしか無かった為、両手に紙袋を引っ提げて立っている沢村君が少し身近な存在に見えた。


 「ひ、ひ、久しぶり、沢村君」

 ぎこちなく、しかし精一杯の愛想笑いを作り話しかける。体中の汗腺が全開になるのを感じる。


 「お前、なんでここにいんだ?」

 そりゃあ、あなた達から逃げて来た為ですよ。当然口には出せませんけれど。でも本当は言いたい。『私の青春を返せ』と。しかもこの先の青春すら怪しいではないか。なんて答えたらいいか判らずモジモジしていると、


 「まあ、別にいいけどよ。とにかく俺の周りウロチョロすんじゃねぇぞ、あと、気軽に話しかけんな。軟派なヤツと思われたくねぇからな」と沢村君。

 何を仰る。近づきもしませんよ、ホント。あなたこそ私の周りをウロチョロしないでね。死んでも言えないけど、言ったら死にそうだし。


 「さ、沢村君は、ど、どうしてここに?」

 黙っていても仕方がないと判断し、思い切って訊ねてみる。


 「うるせーな、ほっとけよ。お前にゃ関係ねぇだろ」

 はい、関係ないです。ごもっとも。関わりたくもないし、知りたくもないです。それに私がここにいる事もあなたに関係ないですし、いや関係大ありだっけ。もうどっちでもいいや。


 「じゃあ、沢村君、さようなら……」と寮に向かって歩き出そうとした時、

 「お前も寮か?」と聞いてきた。

 そりゃそうでしょう。静岡からここまで通えませんよ。それに寮に入りたくてこの学校選んだ訳ですし。

 「うん。あ、沢村君も?」

 「あたりめーだろ。あんなとこから通えると思ってんのか?」

 いちいち怒られるなあ。私は少しショボンとしつつ、

 「と、とにかく、さようなら」と私はそそくさとその場を離れ、寮の門をくぐり一目散に女子寮へと滑り込んだ。


 はあ、はあ、はあ……。ああ、怖かった。でも、なんだろう。中学の時みたいに全くの無視ってわけでもなさそうだ。約2年ぶりに話した沢村君は相変わらず怖かったけど少なくとも悪意を持って何かされるという雰囲気ではなかった気がする。入学初日に再会し、しかし、その日の内にこんな形であれ話せたことは私を少し安心させていた。

 




 午後6時。食堂の前の柱から顔の半分だけ出して中を覗う。沢村君は居なさそうだな。よし、今だそれっとばかりに食堂に駆け込み、おばさんからトレーを受け取ると空いている席を確保した。

 あの後、逃げるように自室に帰ったのだけど外に昼食を買いに行くのも躊躇われ、食堂が開く午後5時までウダウダしていたのだ。5時にすぐ来なかったのは混雑しているかもと思ったのと、沢村君と鉢合わせたくなかったというのもある。

 しかし、いつかはこの食堂でも顔を合わすこともあるだろうな、などと思いつつも本日のメインディッシュであるブタさんのショウガ焼きを頬張る。ブタ君、いつもありがとう。私の胸に付いておくれ。今日のデザートはプリンだ、やったね。


 食後ロビーに行くと、壁に貼り付けられた大型テレビを数人の寮生達がテレビの前に置かれたソファーに座って観ていた。

 ちょうど天気予報の時間帯で、気象予報士が明日の天気を伝えていた。

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