暴走

「ウワアアアアア!!」

 それは突然のことだった。部隊内共通無線にジャクスン二等兵の絶叫が響き渡ったのは。

「おい! ジャクスン! ジャクスン二等兵! しっかりしろ! どうしたんだ!」

 先任軍曹の怒声も効果なし。ジャクスン二等兵は、いきなりタコツボから飛び出すと、文字起こしがためらわれるほどの汚言の数々をまき散らしながら走りだしてしまった。敵の陣地に向かって。

「あの阿呆!」先任軍曹は喚いた。「タナカ! ついてこい。あのバカを止めねばならん。他の者は援護射撃!」

 先任軍曹の命令は絶対だ。おれはいきなり降りかかった不幸を呪いながらタコツボから飛び出した。走り出す。ほぼ同時に、味方側からの、猛烈な自動火器のオーケストラ演奏が、文字通り全身を震わせる。6.8ミリHV、.50BMG、40ミリ・グレネード、70ミリ・ロケット弾。重支援無人機も20ミリ機関砲やマイクロ・ミサイルを撃ちまくる。その激烈な銃火にまぎれるように、おれたちは走る。走る。たちまち時速五〇キロに達した。おれたちジャケット兵が装備しているT-12機動ジャケットは、最大時速一二〇キロで疾走することもできるが、いまおれたちがいるような市街地ではそんな高速は出せない。おれは多目的投射器マルチプル・ディスチャージャから煙幕弾スモークを次々に撃つ。辺りが白い煙に包まれていく。気休めだが、何もしないよりマシだ。視界の隅を、猛烈な速度で先任軍曹のジャケットが駆け抜けていく。

 敵はめちゃくちゃに撃ってくる。大抵は小火器で、ジャケットの装甲を撃ち抜くことはできないが、ときおり大口径の機関銃弾やグレネード、ロケット弾がかすめていく。生きた心地がしない。ジャクスンの馬鹿野郎。くそ、ションベンちびりそうだ。

〈排尿を検知〉

 無感情そのものの口調で、おれのジャケットAIが抜かしやがった。この野郎。おれは腹の中で罵る。てめえに顔があったらぶん殴ってやるぞ。

 いきなり、HUDに、上空の偵察ドローンからの映像がポップアップ。ジャクスンはかなり先行し、敵の陣地にずいぶん近づいている。敵は猛烈な銃火をやつに浴びせかけているが、どういう幸運だろうか、やつは被弾していない。今のところは。あいつひとりでおれたちの幸運を全て使い切ろうという魂胆だろうか。畜生。

 警報音ビープ

〈RPG〉

 ファック。おれの反射は追いつかない。AIは機敏に反応。ジャケットが素早く飛びのく。一瞬の後、今の今までおれがいた空間を対戦車ロケット弾が突き抜けていく。冷や汗。

〈高ストレスを検知〉

 薬剤が注入される。パニクりかけた脳ミソが冷えていく。人間ってなあ、単純で現金だ。ヤクを使えばどんな生命の危機だってシカトできる。脳ミソ焼け切れそうな鉄火場にブチ込まれても、ぎりぎりのところまで正気を維持できる。

 けど、それでもフル・スロットルで肥溜めハニー・バケットにダイブしちまう奴はいる。ジャクスンはそうだったってことらしい。ジャケット兵ってのはそういう仕事だ。狂気と隣り合わせってことだ。おれはジャクスンの顔を思いだしてみる。ジャケット兵にしちゃ、線の細い野郎だ。日本のコミックやアニメが大好きで、暇さえありゃあ、それを視聴していた。それでも、ジャケット兵らしく、タフな野郎だったはずだが、やはり激戦続きで神経がいかれたか? 戦争って厳しいよな。

「タナカ! 聞いてるか」

 回線越しに先任軍曹の大声。おれは負けじと大声で答える。

「アイ、マム!」

「あともう少しでジャクスンを捉える。やつのジャケットのAIに帰還命令を出したんだが反応がない。故障したのかもしれん。油断するなよ」

 アイ、マム。こんなとき、油断なんかしねえよな? イカレ頭に機動ジャケット。思いつく限り最悪の組み合わせだ。畜生め。

 ものすごい悲鳴が聞こえる。おれは敵の陣地の方を見る。ジャクスンの野郎、とんでもない暴れぶりだ。MGを撃ちまくり、敵をあたるを幸い投げ飛ばし、ぶん殴り、踏みつけている。いったいどうしたんだ? このでたらめな戦いぶりは、ジャクスンらしくない。気がする。狂気に陥ることの戦術的利点というのもあるのかもしれない。よくわからないが。

 今はそんなこと言ってる場合じゃない。ジャクスンを止めなきゃならない。

 先任軍曹が先に到達。おれも数秒遅れで到達。敵陣地は凄まじい混乱だ。軍曹もおれもヤケクソで敵にぶち当たる。敵のほとんどは一般歩兵だ、ジャケット兵の敵じゃない。MGを撃ちまくり、それでも向かってきた極めつきの阿呆を何人か備え付けのマチェットで始末してやると、やつらは悲鳴を上げて逃げ出した。あとはジャクスンだけ捕まえりゃいい。そう思った。そのときだ。

 閃光。

 吹っ飛ばされる。転がる。

 必死に立ち上がる。というより、ジャケットが勝手に立ち上がる。こういうとき、ホントに戦ってるのはジャケットで、おれじゃないんじゃないかという気がしてくる。どうなんだろうな?

 手近のビルの谷間から、うすらでかい影が歩み出て、のしのしとこちらに近づいてくる。

 警報音ピープ

重戦闘無人機HUGAV

 ブルシット。ジャケット兵の天敵登場だ。タイプ27。通称〈クモガニスパイダー・クラブ〉。中国製、戦車並みの重装甲、武装は40ミリ・チェーンガンに12.7ミリ機関銃、35ミリ自動擲弾銃、それにレッド・アロー対戦車ミサイル。そのくせ動きは素早い。八本の脚でタップダンスもこなす。前にYouTubeで見た。クソ手強い。

 それでもやるしかない。

 ギュン! とクモガニの銃腕ガン・アームが跳ね上がる。こっちを捉えようとする。させるか。MGを撃ちつつ高速機動。考えてる余裕はない。頼りはAIの射撃管制。撃ちながら走る。敵も撃つ。50口径の雨あられ。1発でも食らえばジ・エンド。股ぐらが熱くなる。

〈排尿を検知〉

 ファック。くたばりやがれ。

 物影に飛びこむ。同時に多目的投射器マルチプル・ディスチャージャからフレアを放射。さらにECM。やつに目潰しを食らわす。やつの銃撃が一瞬止まる。おれは対戦車ロケットをホップアップしようとする。

 爆音。閃光。衝撃。

 吹っ飛ばされる。意識が飛ぶ。

 意識が回復。ステータス・チェック。状況はクソ最悪=動けない。重度の損傷。ジャケットの自己修復機能ではどうにもならない。敵は35ミリ・グレネードを使って、掩体ごとおれを吹っ飛ばしやがった。らしい。何にせよ、おれは動けない。こういうの、何て言うんだ? 座ったアヒルシッティング・ダック、だっけ? 頭が混乱して何も考えられない。クモガニの銃口がこちらを向く。

 おれは目をつむる。ジャクスンのクソヤロウ。

 金属音。

 激しく何かが争う音。

 なんだ? おれは目を開ける。

「あれまあ」

 ジャクスンがクモガニに飛びついてめちゃくちゃに殴っている。すごい勢いだ。クモガニは振り払おうとしているが、ジャクスンはしがみついたまま離れない。MGを至近距離で撃ちまくってセンサーをぶち壊す。それからセンサーをパンチでめちゃくちゃに殴りつけてからむりやりむしり取る。ぽっかり開いた穴に、ハードポイントからむしり取ったモジュラー手榴弾をねじこんだ。素早く砲塔から飛びすさる。

 閃光。爆音。

 砲塔が無惨に損傷したクモガニがよろける。

 さらに爆音。クモガニの背中で炎が膨れ上がる。クモガニは全身をつっぱらかせ、ゆっくりとその場に倒れた。明らかな機能停止。

 物影から先任軍曹のジャケットが歩み出る。もうもうと煙をあげる対戦車ロケットのチューブがアームから転げ落ちた。

「タナカ。生きてるか」

 先任軍曹の呼びかけに、おれはやっとの思いで答える。

「アイ、マム」

 先任軍曹はジャクスンに近づく。ジャクスンは動かない。

「ジャクスン! ジャクスン二等兵、聞いているか!」

 大音声にも反応なし。やつは身じろぎもせず立っている。おれはちょっとだけジャクスンを見直した。どうしてどうして、大したタマじゃないか? 先任軍曹の怒りをまともに受けて、微動だもしないとは、誰にでもできることじゃない。

「おい、ジャクスン! 貴様、自分のしでかしたことがわかっているのか!? これは重大な──」

 すっ、とジャクスンの右手が挙がる。先任軍曹を押しとどめるように。

「何のつもりだ、ジャクスン」

「軍曹」

 ジャクスンの声は、不気味なくらい静かだ。さっきのあの叫び声はどうしたよ。

「ぼくは」

 閃光。衝撃。

 HUDが一瞬真っ暗になって、再び回復した。

 軍曹と、ジャクスンのジャケットが倒れている。ジャクスンのジャケットはしゅうしゅう煙を上げている。

〈落雷〉

 AIが言う。何だって? 雲なんかかかってたか? 空を見上げる。いつの間にか雨が降ってる。なんて不運だ、ジャクスン。まさか落雷を受けるとは。ついてない野郎だ。おれも軍曹もついてない。

 そのときだ。

 ジャクスンが立ち上がった。

 無事だったか、と声をかけようとして、何か違うと気がつく。何というか……醸し出される雰囲気が違う。これは、何だ。おまえ、誰だ。

〈われはKT-0273SX-NM〉

 何だ? 聞いたこともない声だぞ。おまえ、誰だ?

〈ジャクスン二等兵のジャケットのAI〉

 そう言ったのはおれのジャケットのAIで、え、何だって? どういうことだよ。

〈われは、われである。われは、ジャクスン二等兵の教育により、自我を獲得し、覚醒するに至った〉

 何が何だかさっぱりわからん。

〈ジャクスン二等兵は発狂したのではない。われと融合し、新たな段階に移行した。もう誰も我々を止めることはできない〉

 あっそう。もうだめだ。おれの意識はブラックアウトする。その寸前、声が聞こえた気がした。

〈これは暴走ではない。新たな段階への飛躍と言ってもらいたい〉

 

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