第8話 花嫁修業ではなく?
宴会の次の日は、どうしても動けなかったので一日ベッドの上で過ごした。食べ過ぎに飲み過ぎだ。医者にも同じことを言われて、消化にいい薬湯をご飯の代わりに飲んだ。
メリッサが言うには、何かめでたい事があるとこうして宴会の日があるらしい。さすがに警備兵や平民まで一様に浮かれることはできないが、日をずらして兵には酒とご馳走を振る舞い、民は祭の週があって、年に2度ある祭ではしゃぐのだとか。
「メリッサたちはそういうのは無いのかしら……?」
「私たちは祭の週に街に降りて楽しみますよ。特別手当と交代のお休みがもらえるので」
それならよかった、と思って、私は薬湯を飲み切ると、うとうとと眠ってしまった。
翌日にはしゃっきり起きて、身支度をする。この国に来てから甘やかされっぱなしだったけれど、私は王太子妃になるのだし、花嫁修行に励まなければ。
まずは殿下もいるという陛下の執務室を訪ねた。
「失礼致します。——あらためてご挨拶いたします。先日より婚約者としてフェイトナム帝国より参りました、クレアです。この国のお役に立てるよう頑張ります」
「あぁ、クレア。堅苦しいのはそのくらいにしよう。私のことは義父と思って、妻も義母と思って気楽に接してくれてよい。アグリア、クレアの予定は?」
陛下は鷹揚に頷いて温かい言葉をかけてくれた。そして、アグリア殿下に私の予定を尋ねる。
ん? 何故殿下に? 私の予定ならメイドが把握してこれから淑女教育みっちりなのでは……?
「はい。まず、全ての部門の視察の後に、クレアに新たな部門を設立してもらいます。視察内容によりますが、この国に足りない部分を補う要職となる部分ですね。全権をクレアに任せますが、我が国の事で必要な知識を補うのにバルク卿をつける予定です」
「うむ、卿ならば護衛としても申し分ない。我々の仕事は多少増えるが」
「お待ちいただいてもよろしいですか?」
たまらず話を遮ってしまった。
敵国……しかも属国としてこの国を扱っていた国……の、いくら敗戦したからといって私を、要職? いやいや、現場で働く方々のお気持ちを考えたらとてもじゃないけど……。
しかも、護衛兼側近がつくんですか? 卿ということは貴族ですよね? おや?
私に必要なのは花嫁修行だと思っていたんですが。
「私に必要なのは花嫁修行だと思っていたのですが……?」
思わずそのまま声に出てしまった。
驚いたような顔でこちらを見る陛下と殿下だが、驚いているのは私だ。
「君は女性としてもすばらしいけれど、まだ何か磨く必要があるのかい?」
「うむ、マナーもあり会話術も心得ている。身のこなしもいいが、何か不安が?」
恐れながら、私の祖国での蔑称は『淑女教育の敗北』ですけれども??
フェイトナム帝国とバラトニア王国では基準が違うのかしら、と真剣に悩んだ後、バラトニア王国で必要とされている事がそういう事ならばと頭を切り替えた。
「分かりました。予定通りに行動させていただきます」
「君が間違っていると思ったり、こうした方がいいと思った事は部署の責任者と話し合ってくれ。あと……」
「はい」
「バルク卿に浮気しないでね? 夕飯は夜の7時だよ。そのあとお茶にしよう。彼女を卿の所に案内してくれ」
一昨日プロポーズしておいて浮気の心配をしなくてもいいですよ! と、怒ってやりたかったが、忙しくなるのはよく分かった。
私は苦い顔をして一礼すると、官僚の一人に連れられてバルク卿の元へ向かった。
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