18 信頼と仲間(※ガイウスサイド)

 最初の洞窟の狩場から、もう10は狩場を回っただろうか。


 道中、野営の支度を一人でやりそうになったりするガイウスをミリアが叱りつけて一緒に組み立て、ミリアが料理の番をしたり、火の番をしたり、とガイウスには実に久しぶりの感覚を味わった。


 信用、信頼、そういう気持ちは『三日月の爪』にもあったが、一緒に戦い、一緒に冒険することでミリアとの間にもそれができている。むしろ、よく『三日月の爪』を信じていたものだと、自分の心境に驚いていた。


 一緒にやるから、信じて頼むことができるようになる。


 そう思うと、『三日月の爪』に抱いていたのは、信頼ではなかったのかもしれない。裏切られない、という信用だけがあって、それはいつしか風化していき、ガイウスはパーティを抜けるように……クビにされた。


 そこに悪い感情を抱かなかったガイウスも、もはや『三日月の爪』に何も預けていなかったのだろうと思う。せいぜい、背中から刺されない、という程度の信用。


 ガイウスはまだ知らないことだが、『三日月の爪』にとってガイウスは信用という壁がなければただの邪魔ものだった。その気持ちの隔たりが、今両者共に気付き、学び直している部分ではあるが、そこはお互いに知らないことだ。


 ガイウスは別に、『三日月の爪』に「自分と同じくらいのことはできるだろ」という事は期待していなかった。ただ、「まぁクビっていう位だから自分たちの事は自分たちでできるだろ」という思い込みがあっただけだ。残念ながら、その思い込みは綺麗に外れ、それをガイウスを邪魔に思って外しておきながら各所に迷惑を掛けてなおガイウスを恨む、という甘えた根性を育ててしまっていたのだけれど。


 ミリアはそれを良しとしなかった。自分がガイウスに甘えたらどうなるのか、自分の事ができなくなる、自分がこの旅の中で自分の事も自分でできない、一緒に旅をするのに自分は力になれない、そう思うのが嫌だった。


 ガイウスにとっても、ミリアとの旅は学びでいっぱいだ。自分の当たり前が当たり前じゃないこと、そして、一緒に行うことで相手からも信頼されること。自分の信頼を相手に伝えること。それが戦闘面でも大きく影響しているように感じている。


 最初、いくつかめの洞窟の狩場でミリアがガイウスの声より自分の判断を優先させたことがあった。


 特に大きな怪我や失敗につながらなかったが、ミリアは反省していたし、ガイウスは今更ながらこうやって真にお互い信頼しあってこそ、本来は戦闘面でガイウスの声を聞いてもらえるのだと思った。


 戦闘中というのは敵に意識を集中する。そこで信頼関係がちゃんとしていなければ、声は届かない。自分の判断の方を優先して当たり前だ。経験則がものを言うのも確かなのだから。


 今はアタッカー一人、サポーター一人の二人旅だ。こうして、日常のちょっとしたことで信頼関係が築ける。今日はミリアが食事を作ってくれているし、ガイウスは分からないことは何でも教えたが、手は出さなかった。


(こういうの……いいな。いつぶりだろう……、俺も、ミリアも、ちゃんとお互いのために、そして自分の為に動いている……)


 お互いの為に動く。それに気付いてからは、ガイウスは一人で何でもやろうとしなくなったし、ミリアはガイウスの戦闘中の声に素直に従うようになった。


 食事や、眠る時、命を預けられる相手だと信用し、信じて頼める相手だとお互いの中に芽生えた気持ち。


 愛だの恋だのではない。これは仲間意識だ。そして、お互いの手の内はもうよくわかった。繰り返しのパターンが違う魔獣との戦闘によって、ミリアの能力を羅列して聞くよりガイウスにはどういう時に何をするのかが理解できたし、ミリアの方もガイウスが指示を出す時は自分の死角まで見ていることを心から理解することができた。


 何度か王都にも戻っている。シュクルたちの餌はあるが、自分たちは魔獣の肉や薬草だけで生きていけるわけでは無い。買い込んだにしても、ダンジョンに挑む前に2~3程狩場を回ればいいだろうと思っていたのが、予想以上に時間をかけてしまった。


 夕食のシチューをかき混ぜているミリアに、ドラコニクスの世話を終えたガイウスが声を掛けた。


「ミリア、明日もう一度王都に行って、改めて準備したら……」

「いよいよ、ダンジョンに行きますか」

「うん。俺とミリアなら大丈夫、って今なら自信を持って言える。――シュクルたちもいるし」


 ダンジョンと狩場の大きな違いは、一度入ったら外に出る方法が限られることにある。


 一つ。ダンジョン内にランダムにある外と繋がった魔法陣に乗る事。これはランダムにモンスターが外に出て来る要因にもなる。周辺の植生と違うモンスターがいたら、ダンジョンが発見される、という事にも繋がっている。


 二つ。ダンジョンボスと呼ばれる魔獣を倒し、ダンジョンコアを破壊する。ボスを倒さずにダンジョンコアを破壊してもいいのだが、そうなるとダンジョンボスが先の魔法陣で外に出て来る事になる。魔法陣は一方通行な上に、ダンジョンコアを破壊したダンジョンには入れなくなるからだ。


 下手をすれば冒険者だけじゃなく、一般市民の命にもかかわる大ごとだ。ダンジョンに挑んでそれをした冒険者には大きなペナルティが課せられる。大抵は巨額の罰金、級の見直し、下手をすれば資格のはく奪などだろうか。


 だから、ダンジョンに挑む前には改めて万全の装備で挑まなければならない。狩場はレベル帯をどんどん上げていったが、問題なく全てクリアできた。あとは、それまでに手に入れた魔獣の素材やドロップを売り払い、ミリアの報酬として冒険者ギルドに魔獣討伐の報酬を得てもらって装備も見直して……。


 ガイウスはそれを、今までは頭の中で勝手に組み立てていた計画だが、ミリアと話し合った。


 ミリアも装備の整備は必要だと思っていたのだろう。特に大型魔獣を討伐したわけではないが、特に防御力を上げたいという事だった。


 下級のゴブリン程度になら効く低級魔法はよくても、ダンジョンに出て来る魔獣には杖での詠唱が必要だし、その間に攻撃されて致命傷を負わない程度の防御力も欲しい。


 ガイウスも消耗品の補充もしたいし、食糧もなるべく買っておきたい。できれば、素材屋にダンジョンから脱出するための第三の方法……帰還石、というアイテムが卸されていないかも気になるところだ。


 いくら信頼関係が築けたとはいえ、2人にドラコニクスが2匹だ。少々心許ない。


 ダンジョンで命を落とすのは避けたい。お守り程度の気持ちだが、かなり高額なそれを買っておきたい、とガイウスは思っている。


 ミリアにそれを言うと無駄遣いじゃないですか? と言われたが、ガイウスは首を横に振った。


「これは、俺の勝手な持論だけど……生きていれば挑戦できる。ちゃんと五体満足で。それに、魔法陣は完全ランダムだ。ない、ってことは無いだろうけれど、見つけられない、はあり得る。それを考えたら、帰還石は手に入るなら手に入れておきたい」

「そう、ですね……すこし自信過剰になっていたかもしれません。あの、ガイウスさんと戦っていると……怖いという気持ちが、すごく薄れるんです」

「それは……いい事なのかな?」


 怖い、と思う事は危険察知にもつながる。怖がり過ぎて動けないというのはいただけないが、あんまり安心されてもミリアが心配だ。


「いいことです。他のどのパーティと一緒にいる時より……なんというのでしょう、気が引き締まると同時に、私は知覚できない危険をガイウスさんの言葉で避けられるんです。なんでしょうね、とってもそれ、気持ちがいいんですよ」

「き、気持ちいい……? 初めて言われたな、そんなこと」

「いつかガイウスさんにも味わって欲しいですけど……これはアタッカーの特権ですね。ふふ」

「でも俺も、ちゃんと声を聞いてもらえるとすごく嬉しいよ。……今なら、最初に言ったときとは違う、心から言える。――いいよ、ダンジョンに行こう」

「はい! あ、シチューできましたよ。今日はご飯を食べて、寝て、明日王都に行きましょう」

「うん。いい匂いだ、ミリアのシチュー、好きだな。俺と違う味がする」

「ガイウスさんは何でもやりすぎなんですよ……、教わった通りに作ったんですけど、味違います?」

「そうだな、俺のよりコクがある気がする。何か入れてる?」

「……あぁ! バターを入れてます、それで……」


 そんな雑談をしながら、食事を終えて交代で火の番をしながら、ガイウスとミリアの夜は更けていった。


 ――『三日月の爪』も、ちょうどその頃、バリアンが認める程の仕上がりになっていたことはまだ知らない。

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