第01話

十歳になった頃から不思議な夢を見るようになった。


いつも私は一人で広い屋敷の中、ただ何をするでもなく過ごしている。

時々白髪の綺麗な男の子が私の元に来ては話し相手になってくれるが顔はぼやけていつもわからないままだ。


母に何度かこの不思議な夢の話をしたこともあったが、この話をすると母は決まって悲しそうな顔をしてから紫苑はまだ術者として未熟だからそんな夢を見るんだよ、と言った。


私が十三歳を過ぎるとなんとなく母が夢の話を避けているのがわかり母を困らせたくない私は夢の話は言わなくなった。


けど、年々歳を重ねるにつれて夢の内容は変わっていき十四になる頃には黒髪の優しい少年まで夢に出てくるようになりただの夢ではないのではないか?と不安は日に日に大きくなっていくのだった。



「っ!はぁ……はぁ……」


いつもの不思議な夢を見て紫苑は飛び起きる。

まだ初夏には早い季節だというのに飛び起きた紫苑の体はまとわりつくような不快な汗で全身濡れている。


今しがた見た夢は十歳頃から見ている不思議な夢だ。


ここ最近夢の中では何かから必死に逃げている、夢の中の母はすごく若くて私を抱いて必死にどこかに向かっているようなのに、抱かれている私は母の腕の中からすり抜けてすぐにでも誰かの元に行きたいと思っている。


夢のはずなのに妙に現実味があって何度か紫苑も母に聞いたり身近な人に夢に登場する人物に関して聞いたりもしたが誰も知っている人はいなかった。


「はぁー……本当にいい加減にしてほしい……」


今日も例のごとく不思議な夢を見たせいで体はひどくだるいし、睡眠不足気味だ。

今日は朝から村長の家で妖退治をお願いされているのでなるべく体力は温存しておきたいのに……。


起きてしまったものは仕方がないので、寝汗でぐっしょり濡れた体を清めて仕事の準備をする。


紫苑はこの夜鳴よなき村のはずれで一人暮らしをしている。

二年前に母を流行病で亡くし、村の人たちに助けられながらなんとか生活していた。


今年で十五歳になる紫苑は黒い艶やかな髪を腰のあたりまで伸ばしゆるく一つに結い、髪と同じく磨かれた黒曜石のような輝きを持つ瞳は吸い込まれるような魅力を放っている。


村一番とはいかないが容姿も整っている方で、大きくぱっちりとした瞳と少し控えめながらも赤く熟れた果実のような唇は可愛らしい人形を思わせる。


母の跡を継ぎ未熟ながらも村で唯一の術者として日々妖退治や祈祷をこなしているのでいつも緋色の袴に白の小袖といった巫女風の装束を纏っており、十五歳という年頃の娘にしては浮いた話一つないのが悩みだ。


母から受け継いだ特殊な能力のおかげで術者として生活するには困ることはないが、平和すぎる毎日に時々なぜ自分はここにいるんだろう?という不思議な気持ちになったりもする。


いつからだろうか、今いる自分が本当の自分じゃないような感覚になりここではない本来自分がいるべき場所に帰りたいとそんな気持ちになることが増えていた。


「きっと私が術者として未熟なせいね」


術者はさまざまな妖と対峙したり時には禁術と言われる精神に影響するような大きな術を使うこともある、そのため心が未熟だと術に影響されて病んでしまうことがあるのだ。


生前母が何度も何度も自分の術を磨くようにと紫苑に言っていて、母は亡くなる前にまだ未熟な紫苑を心配してか守刀をくれた。


この守刀は紫苑をどんなことからも守ってくれるから肌身離さず大切にするようにと紫苑に託したのだ。


「変な夢のせいで感傷的になっちゃった……」


紫苑は今は亡き母のことを思い出して少し寂しさが募るが、ぱんッ!と両手で頬を叩き気持ちを切り替えて村長の家へと向かう。


紫苑の住む夜鳴村には二百人ほどの村人しかおらずかなり閉鎖的だ、その代わり村人同士の結束は固く幼くして母を亡くした紫苑を村の人たちや村長夫婦は自分の娘のように可愛がってくれた。


今日は急な依頼だったが、村長の持つ畑に妖らしき痕跡が残っていたので守りの札を作って畑の周囲を囲って欲しいと依頼されたので明るいうちに作業を済ませて早く家に帰る気でいる。


紫苑の家から夜鳴村の村長の家までは大きな神社の前を通り村の中を抜けていくのがいつもの経路だ。


春が終わりすっかり桜の花も散ってしまい夜鳴村を囲む山々は木々が青々と茂りほのかに初夏の香りもするようになってきた。


季節の移ろいを感じながら歩いているとおばさんにに声をかけられる。


「あら、紫苑ちゃん今日は早いのね」


「おはようございます、今日は村長さんのところでお仕事を頼まれているので早めに来ました」


おばさんにそう返すと今度は隣の家の旦那さんが出てきて紫苑に声をかける。


「あ!紫苑ちゃん、ちょうどよかったお願いしたい仕事がって……」


「そうなんですね!しかしこれから村長さんのところへ仕事に行くので午後からでもいいでしょうか?」


旦那さんは午後からでもいいよ!と笑顔を浮かべていうと気をつけてと紫苑を見送ってくれた。


紫苑がいなくなるとおばさんと隣の旦那は話だす。


「紫苑ちゃんはまだ若いっていうのに本当に偉いねぇ……お母さんが亡くなっても弱音一つ吐かずいつも笑って村の雑用をしてくれるんだから」


「けど俺は時々怖くなる時があるよ、普通あのくらいの年頃の娘は着飾ったり色恋だのって落ち着かねぇもんなのに紫苑ちゃんはこう……なんつうか、人じゃないみたいな……」


「これ!そんなこと言うもんじゃないよ!」


「!そ、そうだよな。すまねぇ」


おばさんにたしなめられ慌てて言葉を濁すが、実際夜鳴村の中でもまだ若い紫苑が術者として優秀すぎる力を持っているため人間ではないんじゃないかと噂する者もいる。


そんな噂話を知っているせいか紫苑は母が亡くなってからは余計に村の人たちと一定の距離を置いて接するようになった。


◇◇◇


夜鳴村の人たちはみんなすごくいい人たちばかりだ、人数も少ないので争うこともないし他所者の紫苑にも気さくに話しかけてくれる。


けど、その優しさが辛い時もある。どんなに親しくしてもらっても紫苑は他所者なのだ、紫苑がまだ幼い頃に母と二人でこの夜鳴村に流れ着き術者として能力あった母はその能力のおかげで村の外れに住むことを許された。


そんな経緯もあって紫苑はどんなに村人たちに優しく接してもらおうともいつもどこか一線引いたような他人行儀な受け答えしかできないのだ。


午後からの仕事のことなど考えているといつの間にか村長の家まで着いたので玄関掃除をしていたお手伝いさんに依頼された畑の作業に取り掛かると言伝を頼んで一人で畑に向かった。


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