機巧空挺部隊

 フィロは届くはずもない声を上げた。どうやら自分たちは攻撃を受けている。今までとは違う何かだ。考えている間にも、制御を失った仲間のカイトが次々に海へ吸い込まれていく。フィロは自分が次の標的にならぬようにと、最高速で旋回し、敵の正体を探した。

 黒煙に包まれたモビーディックの後部から、何かが空へ飛び出していく。それはちょうど自分たちが母艦から空に散って行く様子に似ていた。

 シニスタン軍がデクスラント軍を真似て、同じような特殊航空部隊を編成したのだろうか。フィロはいぶかしんだ。仮にそうだとしても、グレムリンを容易く撃墜できるわけがない。空の強襲ならこちらに一日の長がある。

 思案する間に敵の一機がうなりを上げて迫って来た。フィロは我が目を疑った。その正体は自動人形オートマタだった。肩から背中にかけての部分が特殊な飛行ユニットになっている人型の機械だ。

 オートマタの前腕部から内蔵型ブレードが飛び出した。


「うおおおおっ」


 すかさず拳銃を構えたフィロは、すんでのところでブレードの生えた腕を吹き飛ばした。さすがのフィロも背中にじっとりと汗をかいた。飛び散ったオートマタの破片で頬を斬ったが、ブレードが直撃することを思えば何ということはない。

 フィロと交差したオートマタが背後へ飛んでいく。フィロは振り向きざまにトリガーを二度引き、その後頭部と背中に銃弾を撃ち込んだ。頭部が半分吹き飛び、飛行ユニットから火を噴き出して、オートマタが下の海へ突撃していく。

 フィロはその様子を視界の端で確認すると、上空を見上げて目をすがめた。空中にポツポツと浮かんでいる影は、全て同様にカスタムされたオートマタだ。

 おびただしい量だった。シニスタンは世界屈指のオートマタ技術国だ。王国内ではすでにオートマタは人に代わる重要な労働力となっていると聞く。この戦争においても開戦初期から、最前線には機巧兵団という名でオートマタが投入されていた。


「ぜんまい仕掛けの雌犬ビッチが……」


 フィロは呟いた。シニスタンのオートマタ兵は全て女性型だ。これは、前線の兵士たちの男性的欲求を解消する目的もあると聞く。人そっくりに造られ、人のように人と交わる機械人形。大抵のデクスラント人は、これを気持ち悪がった。そして平気で人形と交わるシニスタン人もだ。フィロも例外ではなかった。

 ようやく事態を把握した指揮系統から帰還命令が下された。空中に散らばるカイトが一斉に母艦を目指す。フィロも同じように撤退を開始した。だが、それを許すオートマタ兵ではない。執拗な追撃によって、母艦を目指すカイトが次々に葬られる。そしてオートマタ兵はそのままローレライへ向かって行くのである。


「くそっ! 何てことだっ!」


 至る所で噴き上がる爆発の炎と黒煙は、美しかった青空を残酷な色に染めていた。ローレライへの退路は断たれた。フィロは地獄色のキャンバスの上をただひたすらに漂った。

 気付けばたった独りになっていた。自分を残してすべてのカイトが駆逐されたのだ。フィロは怒りや悔しさに打ち震えた。奥歯を砕かんばかりに噛み締めた。

 突如、フィロのカイトが大きく揺れた。フィロは咄嗟にハンドルを切り、強引にバランスを立て直した。ハンドルが妙に重い。フィロは後ろを振り返った。

 カイトの翼にオートマタ兵が一体立っていた。金髪で顔立ちはぞっとするほど美しく、怜悧な作り物の瞳でフィロを見ている。死神だ。前腕部から突き出たブレードは命を刈り取る鎌なのだ。

 オートマタが仕掛けた。フィロは咄嗟にサーベルを抜いた。ブレードとサーベルが甲高い音を立ててぶつかり合う。衝撃でサーベルが弾け飛んだ。


「ちっ」


 フィロは舌打ち片手でハンドルを捻り、カイトを縦に回転させた。翼の上からオートマタを弾き飛ばす。自身の体も逆さまになったカイトから滑り落ちる。フィロは座席の安全バーに両脚を絡めて落下を凌いだ。

 オートマタは飛行ユニットの出力を操り、見事な姿勢制御機構で空中に静止した。フィロは感嘆すらせず、逆さのまま、二丁の銃で冷静かつ非情な掃射を行い、オートマタへ銃弾の雨を浴びせた。

 はじめの数発こそブレードで防がれたものの、オートマタも全てを避けきることは不可能だった。滑らかな曲線を持ったボディが容赦なく穿たれる。その内の1発が飛行ユニットを貫き、爆発を誘引した。オートマタ兵は不自然に空中で回転したあと、黒煙を上げて落ちていった。フィロは見届けた。驚いたように丸く見開かれた瞳が、フィロを見つめながら遠ざかって行く。

 フィロは辺りを改めて見回し、空域がオートマタたちに支配されていることを悟ると、旋回して全速力で戦闘区域からの離脱に努めた。

 無敵を誇ったグレムリンは全滅した。母艦ローレライも空飛ぶオートマタ兵たちの強襲によって撃墜された。唯一の生き残りとなったフィロは、母艦にも基地にも戻れず、見知らぬ土地をさまよった。シニスタン軍に見つかれば命はなかったかもしれない。だが、幸運なことにフィロは生き延びた。

 強襲作戦から二日後に、戦争が突然終結したからである。和平だった。

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