異世界怪異譚 ~魑魅魍魎が跋扈する世界で謎を追う

ゆるり

似ていても違う世界

第1話 鈴の音

 古い木材から漂ってくる独特な蔵の匂いが鼻を刺激する。十畳ほどの広さの蔵には、見渡す限りに様々な箱や袋が積み置かれ、厚く埃が被っていた。


 開け放たれた入り口には一人の青年がぽつんと佇み、吹き込む風が埃を舞わせるのを諦念を持って見つめた。

 現在この蔵の持ち主となっている土御門つちみかど なぎである。それなりに整った容姿であるが、突出したものがなく、平凡な雰囲気を纏った青年だ。

 なぜ凪が気落ちしているかと言えば、それはひとえにこれからの仕事の大変さを思ってのことである。今日、凪はこの蔵を片付ける為に来たのだ。


 凪は5歳の時に両親を事故で無くした。その後伯父の土御門遠矢に引き取られたのだが、その遠矢も1年ほど前に病気で亡くなった。子がいなかった遠矢の親類は凪のみであり、その遺産の全てを引き継ぐことになったのだが、雑多な手続きや大学の学業に追われ、ようやく今日蔵の片付けに着手できるようになったのだ。


 土御門家は遡れば陰陽師の家系に辿り着くらしい。遠矢は生前から、蔵の中には先祖代々伝わる品があるのだと凪に語っていた。しかし、既に土御門家の血を継ぐ者は遠矢と凪しかなく、遠矢亡き後は好きに片付ければ良いと告げていた。恐らく、凪が管理するには手に余る物を捨て、好きに生きろと言いたかったのだろう。

 実際、広い敷地も屋敷も管理は大変で、普通の大学生である凪には到底満足に保つことも出来なかった。非常に残念ながら手放すしかないだろうと決め、数日後には大学近くに引っ越す予定だ。そして、引っ越す前に蔵の整理に赴いたのである。


 蔵の中には凪の先祖に繋がる品があるはずで、天涯孤独の身となった凪は、それらの品を手元に残し、他は骨董屋に売るつもりでいた。その仕分けの前に、蔵の埃被った様に衝撃を受け、足が止まっているのだ。遠矢が亡くなってから1度も蔵に入っていないのだから考えずとも当たり前の事なのだが、埃舞う蔵にげんなりしてしまう。


「うわー、これはひどい。埃ヤバイ……」


 言葉を発する度に埃を食べている気がして、自然と口を引き結ぶ。そして、とりあえずマスクと掃除道具を取ってこようと、屋敷へと踵を返した。













 あらかた掃除が終わり、換気をしつつ物の整理を始めると、次から次へとよく分からない物が出てくる。幾つか家系図や土御門の家紋が刻まれた物がでてきて、横に避けるが、その数は多くない。


「ん?これなんだ?」


 札に絵のような字のようなよく分からないものが書かれ、箱の蓋に貼ってある。なんの接着剤を使っているのか、札を破かないと箱を開けることはできなさそうだ。


「絶対これ開けちゃいけないヤツだろう?」


 あからさまに怪しすぎて冒険する気にもなれない。とりあえず箱をそっと持ち上げて観察するが、札が貼ってある他はなんの変哲もない木の箱だ。両手の平に収まる小ぢんまりさで、軽く揺するとカラコロと音がする。何か小さくて固いものが入っているようだ。

 何故かその箱に心惹かれて作業に戻れず、そっと箱を床に置き、札に書かれた線を指で辿る。


「これ、なんて書いてあるんだ?」


 ビリッ


「ぅわっ!」


 線を全て辿り終えたと思うと、瞬く間に札が2つに裂けてしまい茫然とする。ちょうど蓋が開くように分かれた札が、空気に溶けるように霞み見えなくなっていく様に目を疑った。先祖が陰陽師を生業としていたといっても、凪がそういう不可思議な出来事に出会ったのはこれが初めてだ。


「ウソだろ……。どういうことだ?」


 茫然と固まっていると、窓からビュッと突風が吹き込んできて思わず目を瞑った。

 一瞬の間、目を開けたときには箱は全開にされ、ピンポン玉ほどの大きさの金色の鈴が箱の中で転がっているのが見えた。


「鈴……?」


 赤い飾り紐がついた鈴は年月を感じさせない輝くような金色で眩いほどだった。封印されるように置かれていたものにしては、暗さのない美しいそれに首を傾げる。


「なんでこれが封じられてたんだ?」


 赤い飾り紐を手に取り鈴を目線の高さまで持ち上げると、鈴に複雑な紋様が刻まれているのが分かった。土御門家の家紋ではないようだ。


 リンッ


「ん?」


 微かに鈴の音が聞こえた気がして首を傾げる。音がなるほど鈴を揺らした覚えはなかったが、気のせいかもしれない。確かめるために、手首を振って鈴を揺らした。


 リリンッ


 先程より遥かに大きく太い音が響いた。

 瞬間、目を開けていられないほどの光が周囲に満ち、音が消えた。


「うわっ、なんだっ……?!」







〈変える 返る 帰る 還る〉

〈行く先は 行く末は〉

〈彼方と此方〉

〈巡り廻りて〉

〈ーーーー〉






 光が消えた後には、開け放たれた箱はそのままに、無人の蔵がただ静かに時を刻んでいた。


 

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