第6話 『アルバトロス革命 後編』

 カイザーが城への総攻撃を命じたちょうどその頃、城内に潜入したルークは無事キラの救出にも成功し、彼女が動けるようになるまでの間にこれまでの経緯を説明し終えたところだった。

 自分が皇帝暗殺を計画していたこと、キラが攫われた後にカイザーと手を組んだこと、革命のために城に乗り込み皇帝を追っていたこと、重要なポイントをかいつまんで彼は説明した。

 それを黙って聞いていたキラだが、ルークが話し終えると照れたような、それでいてどこか申し訳ないような表情を浮かべる。

「そんなことが……。すいません、私のためにこんなことまでさせてしまって」

 突然攫われた自分のため、こんな場所まで助けに来てくれたことは非常に嬉しかったものの、ルークに危険な橋を渡らせたことに彼女は責任を感じていた。

 そんなキラに、ルークは出来る限り優しい笑みを浮かべて首を横に振る。

「いいんです、あなたが無事ならば。それに元々、帝国に反逆する予定でしたから。しかし謎なのは、なぜキラさんが狙われたのか……」

 キラが攫われてから、ずっと考えていたことだった。

 ルークから見て、キラは普通の女性で特に帝国に拉致されるような謂れはなかったはずだ。

 しかし彼女は記憶喪失で、何者かはっきりしない。

 皇帝はキラが何者か知っていて攫い、この城に監禁したとでも言うのだろうか。

「あ、それなんですけど……」

 キラは攫われた後に皇帝が話していた言葉を思い出し、内容は理解できないまでも、それをそのままルークへと伝えた。

「異能者? 特別な力を持った人間のことですね。皇帝はあなたがそうだと?」

 にわかには信じられない話だが、同時にルークには思い当たる節もあった。

 攫われた日と言い、先程皇帝を追跡する時と言い、キラは一寸先を見通すように理屈で計れない何かを感じ取っていた。

 何らかの不思議な力を持っていることは、もはや疑いようがない。

 そしてかつてルークは、同じ様に不思議な力を持つ人物と共に過ごした時期があった。

 その時の印象と、キラとが脳内で重なる。

 俯いて考え込むルークに、部下の兵士の一人が告げる。

「戦闘が城内に移りつつあるようです。早くユーリ隊長と合流して、脱出しましょう」

 確かに前までは遠く聞こえていた戦いの音が、今やかなり近付いてきている。

 帝国軍は城内まで後退し、革命軍はそれを押し込んでいるようだ。

 それらは事前の計画通りだった。

 ここもすぐに戦闘に巻き込まれるとルークは判断する。

「そうですね。キラさん、安全な場所へ出ましょう。こちらへ」

 ルークはキラの手を引き、部下の兵士数人と共に来た道を引き返す。

 潜入に使った地下道を通れば戦闘に巻き込まれず、安全にキラを城外へと連れ出せるはずだ。

 城の内側から帝国軍を奇襲するという手段もあったが、こちらは極少数で非戦闘員のキラも抱えている。

 下手に戦闘に身を投じるのは、得策ではないだろう。

 だが運悪く、帰り道の途中でルーク達は、城内まで後退してきた帝国軍の部隊と鉢合わせしてしまう。

「くそ、こんなところにまで侵入されていたか! 奴らを殲滅して、この区画を封鎖しろ、急げ!」

 敵と見るや否や、帝国兵はルークら数人を取り囲み、すぐさま襲い掛かってきた。

 幸い向こうも大人数ではないが、数は20人程いる。

 元々少数の工作部隊を、更に二手に分けた味方の数はほんの十数名程でしかない。

 数の劣勢は明らかだが、兵の練度ではこちらが上だ。

「キラさん、下がっていてください!」

 ルークはキラを後方に下がらせると、剣を抜き彼女を庇うように前に出る。

 ルークは剣術でも魔法でも、一般の兵士を圧倒する実力の持ち主だ。

 他の工兵達もルークが直々に訓練した選りすぐりの精鋭で、近衛隊とも互角以上に渡り合える。

(今ならまだ対等。劣勢に転ばないよう、一気に畳み掛けなければ)

 彼らの背後には、戦う術を持たないキラがいる。

 彼女を庇いながら戦わなくてはならないのが、ルークの辛いところだ。

 戦いが長引くと不利と判断した彼は、帝国兵の攻撃を右手の剣で受け流しつつ、左手で宙に魔術文字を描き出す。

 素早く術を完成させたルークは、正面の敵に向けて魔法を解き放った。

 その瞬間、突き出された彼の左手から突風が発生し、周囲の帝国兵を纏めて吹き飛ばす。

『蟷螂(マンティス)』や『燕(スパロー)』といった剣術を併用するルークだが、これこそが彼が最も得意とする魔法剣士の型『梟(オウル)』だった。

 構えは派生元の蟷螂の型にそっくりだが、空けた左手は体術ではなく魔法の行使に使う。

 前線に立ちつつ、高威力な破壊呪文を放つのが特徴の、派手な型である。

「今です! 攻撃を!」

 ルークはすかさず追撃を部下に指示し、転倒した敵にとどめを刺させる。

 その間にもルークは新たな印を切り、次の魔法を発動させる。

 次は左手から真空の刃が次々と放たれ、反撃に転じようとしていた帝国兵を切り刻んでいく。

 勢いの増したルーク達だったが、別方向からの攻撃をかわし切れずルークは軽傷を負ってしまう。

 すかさず剣で切り返すが、帝国兵の数は徐々に増えつつあった。

 いくら魔法剣士とは言え一人の力ではどうしようもなく、味方にも被害が増え始める。

(増援を呼ばれたか……。このままでは囲まれる。何とか脱しなければ)

 かつてのルークであれば、皇帝への復讐を果たせば後のことはどうでもよく、ここで果てても後悔はなかっただろう。

 だが今はキラという存在が、この場での敗北を断固として拒否する。

 彼が負ければ、背後に庇っているキラも無事では済まされないのだ。

 何としても彼女を、ここから無事脱出させなくてはならない。

 敵が増え続ける中、ルーク達に焦りが見え始めたその時、扉を破って新たにその場に突入してくる部隊があった。

 ルークは最初更なる帝国兵の増援かと警戒したが、彼らの掲げている旗は帝国軍のそれではない。

 カイザーの部隊、すなわち革命軍の印章である。

 城内に侵攻した革命軍の部隊が、とうとうここまで到達したのだ。

 ルーク達潜入部隊に気を取られ、突入部隊に背後を突かれる形となった帝国軍は一気に体勢が崩れ、形勢逆転となる。

「友軍ですね、連携して敵の撃破を!」

 ルークもこの機を逃さぬと攻撃命令を出し、部下達は混乱する敵部隊を押し返す。

 革命軍の突入部隊との挟撃により、その場の帝国軍は間もなくして殲滅された。

 味方と合流できたこともあり、ルークはほっと胸を撫で下ろす。

「潜入部隊の生存者はこれだけですか?」

 突入部隊を指揮していた武将が尋ねる。

 ルークは首を横に振った。

「いいえ、二手に分かれて行動していました。まだ合流はできていません」

 作戦の要として皇帝を塔から吊るしに行ったユーリ達は、まだどこにいるのか分からない。

 本来ならこのまま城の奥へと共に侵攻しユーリ達との合流を図るべきだが、ルークはまずキラの脱出が優先と考えた。

「保護した民間人を連れています。まず、彼女を城から脱出させたいのですが」

「民間人ですか? 分かりました、本隊と合流できるまで護衛しましょう」

 突入部隊は、敵の防衛線を崩すという役目は既に果たしていた。

 できればこのまま先頭に立って攻撃を進めたかったが、皇帝を討ち勝利をもたらしたルーク達潜入部隊を本隊まで連れ戻すことも重要と判断した武将は、護衛を快く引き受けた。

 ルーク達を囲むように革命軍の兵士が外側を固め、周囲からの攻撃に備える。

 激しい戦闘をくぐり抜けてきたのだろう、潜入部隊と同じく彼らも多少なりとも負傷していたが、まだまだ戦闘に支障はない様子だ。

 ルークの思い描いていた当初の予定とは違ったが、友軍の先鋒と合流できたことは幸運と言えよう。

「ルークさん、あの、大丈夫ですか?」

 それまで後ろでやり取りを見守っていたキラが、恐る恐るルークに話しかける。

 彼女は戦闘中、敵に斬り付けられてルークが負傷したのを気にしていた。

「ええ、浅い傷です」

 彼はそれだけ答えると、右腕の傷を布で縛って応急処置を済ませた。

 やせ我慢などではなく本当に浅い手傷で、治療は本隊まで戻ってからでも十分だろう。

 部下達も、それ程深い傷は負っていないようだ。

 ルークは先を急いだ。

 一団がしばらく進むと、吹き抜けの広い直線通路に出た。

 突入部隊の武将の話だと、出口も近い頃だと言う。

 喜び勇んで通路の先を目指す一行だったが、突然重々しい音を立てて頭上から鉄格子が落とされる。

 それは通路を進む部隊をちょうど二分するかのようにど真ん中へと落とされ、数人が下敷きとなり、部隊は分断された。

 隊列の後方にいたルークとキラは鉄格子の下敷きは免れたものの、部隊の半数と共に道を閉ざされ立ち往生となる。

 咄嗟に兵士達は鉄格子を各々の武器で叩きつけるが、当然の如くビクともしない。

 ルークは鉄格子を動かす仕掛けがあるはずだと周囲を見回すが、罠にかかった獲物に襲い掛かるかの如く、背後から帝国軍が現れ一斉に攻撃を開始した。

「防御陣形を! 今はまず鉄格子を背にしてください!」

 ルークは革命軍の兵士達に指示を出し、自らも前へと進み出る。

 どうやら鉄格子の向こうでは、分断された残り半分の部隊も敵の攻撃を受けているようだ。

 奇襲にも怖じず果敢に応戦しようとする革命軍だが、今度は彼らの頭上へ容赦なく矢が降り注ぐ。

「二階に弓兵!」

 通路の両脇、上からも弓兵隊が攻撃を仕掛けてくる。

 ルークは一度味方の後ろに下がり魔法で対処するが、三方を囲まれ完全に味方の陣立ては崩れた。

「集まれ! 集結して陣形を立て直せ! 取り残された味方を救出するんだ、ここで諦めるんじゃない!」

 鉄格子の向こうでは、突入部隊を指揮していた武将が部隊を鼓舞しつつ指示を出していた。

 何とか分断された後続のルーク達を救出しようと、不利な状況の中もがき続ける。

 だがそんな彼に、無慈悲にも弓兵の放った矢が突き刺さる。

「た、隊長!!」

 腹部を射抜かれた武将は、力なくその場に崩れ落ちた。

 鉄格子越しに、向こう側の兵士達の動揺がルークにも伝わってくる。

(ここまで来て、万事休すなのか……?!)

 友軍の指揮官は倒れ、自分達は孤立し、敵に各個撃破されつつある。

 このままでは、キラを守り続けることは不可能だ。

 通路に他に道はなく、鉄格子が完全に退路を塞いでいる。

 逃げることすらできない。

 せめて鉄格子を上げることさえできれば、分断された味方と合流し撤退することも可能だが、ルーク達にはその余力がない。

 否が応でもルークの表情に焦りが浮かぶ。

 だがその時、どこかから放たれた矢が二階の弓兵を貫き、次々と射落としていく。

「増援? 上から?!」

 矢の飛んでくる方向を目で追うと、二階より更に上、天井付近の梁を足場にユーリが弓を構えていた。

 不意を突かれた敵の弓兵は反撃する間もなく、ユーリの矢の餌食となっていく。

 両脇の弓兵さえ片付けば、後は正面の敵兵に集中すればいい。

 ルークは陣形を立て直させると、反撃を開始した。

 味方に指示を出しつつユーリに一言礼を言おうとルークは梁を見上げるが、ユーリの姿はもうそこにはなかった。

 すると重々しい音を立てて、背後の鉄格子が上がる。

 障害物が取り払われたことを確認したルークは、速やかに前方の部隊と合流し撤退するよう命じる。

 分断されていた部隊が再びひとつに纏まり、通路の先を目指して突破を始めた。

 すると通路の向こう側から、ユーリと共に行動していた潜入部隊の工兵達が突入し、進路を邪魔する帝国軍の背後を突く。

「この機に乗じて一気に敵を突破します!」

 勢いづいたルーク達は正面の帝国兵達を突破し、無事残りの潜入部隊と合流する。

 そして通路を抜けた先には、ユーリが待っていた。

 恐らく彼は梁の上からルーク達を援護した後、鉄格子を動かす仕掛けを操作しに行っていたのだろう。

「助かりましたよ」

 間に合ってくれてよかったと、ルークは頭を下げる。

「話は後だ。脱出を急ぐぞ」

 相変わらずユーリは無愛想な態度だったが、ルークも既に慣れていた。

 何とか危機を脱した一団は、油断しないよう注意しつつ城の出口を目指す。


 一方、中心部の城と違い静けさに満ちた帝都の正門では、カイザーの右腕と呼ばれた副将、ジョイスが自らの部隊を率いて待機していた。

 城での激戦が嘘のようだが、ここも戦場の張り詰めた緊迫感が支配している。

 嵐の前の静けさだった。

「隊長! 帝国軍増援、確認できました。真っ直ぐこちらへ向かってきます!」

 その報告を聞いたジョイスは、慌てる様子もなく頷いた。

 帝都で反乱が起きたと聞いて、各地から帝国軍の増援が押し寄せるのは想定済みだ。

「うむ。数は?」

「約4万……!」

 大地を埋め尽くす程の大軍が、帝都に向けて進軍してきていた。

 彼らは皇帝が死んだことも知らず、大挙して押し寄せカイザーら革命軍を押し潰す気でいる。

 事実、数の上では圧倒的だ。

「持ち場を離れるな、ここを守れ」

 ジョイス達の任務は、帝都の門を守り増援を中に入れないことだった。

 敵の増援を見越したカイザーは、王城で睨み合いが始まる頃には防衛部隊を数ヶ所ある帝都の主要門それぞれに配置していた。

 そして激戦が予想される正門は、最も信頼する武将であるジョイスに一任していた。

「一歩たりとも退くな! 我々の誇りにかけて、奴らをここから通してはならん!」

 ジョイスの命令に応じて、分厚い甲冑に身を包んだ兵士達が大盾を構え鬨の声をあげる。

 帝都の正門の前に立ち塞がるように布陣するその部隊の最前列、先頭に仁王立つジョイスは驚く程に軽装備だった。

 部下の兵士が頑丈な板金鎧で全身を覆っているのに対し、将であるジョイスは鋲を打った革鎧しか身に付けていない。

 武器はやはりルークとの模擬戦で見せた通り、何も持たず素手だった。

 程なくして、正門の攻略に当たる帝国軍増援部隊との正面衝突が始まった。

「皇帝陛下をお救いしろ! 反逆者の将の首を取れ!」

 増援部隊は、勢いを増して滝水のように防衛部隊に激突する。

 だが彼らの勢いづいた槍が、部隊の先頭に立つジョイスを貫くことはなかった。

 彼には何本もの槍が突き立てられたが、どれひとつとして貫通せず、まるで岩にでも当たったかのように柄はたわんでいた。

 帝国兵は、軽装備の人間とは思えぬその手応えに困惑する。

「そんな半端な攻撃が通ると思わぬことだ! 特にこのジョイスにはな!」

 そう叫ぶと彼は左手で槍を打ち払い、正面の敵兵目掛けて右ストレートを繰り出した。

 本来なら鉄の甲冑を着た相手に素手でパンチすれば、殴った側が怪我をして終わりだ。

 だがジョイスの一撃は鎧を打ち砕き、それだけでは飽き足らず猛烈な衝撃波が周囲の帝国兵まで巻き込んで吹き飛ばす。

 更に後続の兵士達もボウリングのピンのようにドミノ倒しになり、一気に最前列が崩れた。

「あれがジョイス、ジョイス・カーパー! 『鉄壁のジョイス』だ!」

 その光景を目にした帝国兵の一人が、悲鳴にも似た声をあげた。

 カイザーの右腕として数々の戦果を挙げたジョイスの名は、他の帝国部隊にも知られている。

『鉄壁のジョイス』、闘気術と呼ばれる特殊な格闘術の使い手。

 彼は闘気(オーラ)と呼ばれる人体に流れるエネルギーの一種を巧みに活用し、全身を文字通り鋼のように硬質化すると言う。

 闘気術を極めたジョイスにはどんな重武装も歯が立たず、まるで鋼鉄の塊か岩に当たったように弾き返される。

 そして闘気の衝撃波を重ねて放つパンチは分厚い鉄板をも粉砕し、甲冑など無意味だと噂されていた。

「一人相手に怖じるんじゃない、兵力はこっちが上だ!」

 部下に発破をかける敵将も、口ではそう言いつつ腰が引けていた。

 当然、自ら前に出て手本を見せるような勇敢さはない。

 帝国兵は恐る恐るジョイスに攻撃を仕掛けるものの、噂通り彼の身体に剣も槍も刃が通らず、続く反撃で一度に何人もの兵士が甲冑ごと骨を粉砕され倒れていく。

「最初の勢いはどうした! 私を倒さねば、先へは進めんぞ!」

 圧倒的多数の帝国軍を相手に、ジョイスは物怖じひとつせず腕組みをして仁王立ちする。

 文字通り全く歯が立たない帝国兵はすっかり尻込みしてしまい、ここに来て進撃の手が止まった。

 数では圧倒的有利な彼らが一斉に襲い掛かれば、もしかしたら勝機はあったかも知れない。

 だがこの超人じみた猛将を倒すまでに、一体何人が犠牲になるか分かったものではない。

 帝国兵は各々自分がその最初の捨て石になることを恐れ、手を拱いていた。

 後に続くジョイスの隊の重装兵も、決して見ているだけというわけではない。

 ジョイスの背後に敵が回り込まないよう目を光らせ、大盾と槍を構えて両脇を固める。

 それが余計に、ジョイスへの攻撃をやり辛くさせていた。

 側面や背後からならまだ倒せる可能性はあるかも知れないが、配下の兵隊がそれを許さない。

 正面から堂々と、ジョイスに立ち向かえと言うのだ。

「そちらから来ないのならば、私から行くぞ!」

 そう宣言するとジョイスは足を踏み出し、再びあの強烈なパンチを繰り出す。

 拳による物理的衝撃だけでなく、拳から発される闘気の衝撃波が帝国兵達を襲う。

 更にジョイスは続く蹴りを放ち、正面の敵を一気に後方へ押し込んだ。

 それを合図に後続の重装歩兵達も反撃を開始し、大盾を構えながらじりじりと前進する。

 これでは最早どちらが攻撃を仕掛けているのか分からない。

 数で圧倒するはずの帝国軍増援部隊はこれに酷く手を焼き、攻めあぐねていた。

 前線の兵士達はすっかりジョイスに恐怖心をコントロールされて士気を失い、将はそれに苛立ちながらも自らの手で打開しようという気は起こらない。

 最も攻撃が激しいはずの帝都正門は、カイザーご自慢の精鋭部隊によって押し寄せた増援を押し返し、次々と飲み込み食らっていく。


 帝国軍の増援部隊が帝都に押し寄せる様は、王城付近にある革命軍本陣からでも確認できていた。

 帝国兵の軍団が黒い渦のようになって首都の周囲を取り囲み、帝都を奪い返さんと迫ってきている。

 彼らはまだ、皇帝は城に立て篭もり生存していると信じているのだ。

「帝国側の増援が到着したようですね。私も防衛に加わります」

 本陣でその様子を見ていたルークは、そう言って席から立ち上がった。

 ユーリと合流したルークはキラを連れて無事城を脱出することに成功し、革命軍本陣に戻った後は各々治療を受けて休憩していた。

 途中で突入部隊を指揮していた将を失ってしまったのは痛いが、皇帝暗殺という作戦の要を成功させたルーク達潜入部隊は手厚く歓迎された。

 大役を終えた後だが、今は休んでもいられないと前線に赴こうとするルーク。

 そんな彼をカイザーは制した。

「ちゃんと防衛部隊を配置してある。お前が行くことはない」

「しかしあの数ですよ? 少なく見積もっても、4万はいるでしょう。我々の全兵力を投入しても、まだ足りないくらいの大軍です」

 ルークは不服そうにそう言った。

 防衛に当てられた兵力はせいぜい1万弱程度、それが各門の前に分散して配置されている。

 王城の制圧のために兵力の大部分を割いており、増援が到着した今、たったそれだけの防衛戦力では不足なのは明らかだ。

 城の制圧はほぼ完了しており、兵士の多くが疲弊し傷を負っていたが、戦える兵力を少しでも門の防衛に回さなければ突入され、そのままあの圧倒的物量の前に今度はこちらが制圧されてしまうだろう。

「それを考えるのは、お前の仕事じゃない。それよりほら、彼女の側にいてやらなくていいのか?」

 カイザーは自信満々に不敵な笑みを浮かべると、ルークの隣に腰掛けているキラを差した。

 脱出に成功して無事保護され今は落ち着いていたが、やはりまだ混乱しているのか、彼女は先程から俯いて黙っている。

 今日一日だけでも、随分と多くのことが起きた。

 突然城が戦場になり、助けに来たルークと再開し、そして皇帝の死を目の当たりにした。

 その後も激しい戦闘をくぐり抜け、やっとのことで安全な場所まで辿り着いたのだ。

「会いたかったんだろう? 愛しのお姫様に」

「あまり、からかわないでください」

 カイザーの悪戯めいた冗談に、ルークは笑いもせずにそう答える。

 だが内心は、キラの救出に成功した安堵感でいっぱいだった。

 だからこそ帝国軍増援の侵入を許し、敗北するようなことがあってはならない。

 カイザーはキラの保護を約束してくれたが、帝国軍は違う。

 恐らく革命軍の一味と見なし、容赦なく殺すだろう。

 それだけは許さないと、ルークは心に決めていた。

「やはり私も向かいます。一番劣勢なのはどこの部隊ですか?」

「お前はここにいろ。自分の役目を果たしたんだ、今は安め」

 カイザーはそう言ってルークを強引に椅子に座らせると、軍の指揮へと戻っていく。

 次々と届く報告をルークは耳に挟むが、今はまだどこかが突破されたという声はない。

 少数ながら、あの大軍を相手に踏みとどまっているようだ。

 だがそれもいつまで持つか、分かったものではない。

 椅子に腰掛けながらも険しい表情を浮かべ考え込むルークに、隣に座るキラは恐る恐る話しかけた。

「城からは何とか出られましたけど……外は凄いことになってますね。私達、大丈夫なんでしょうか?」

 先程のルークとカイザーのやり取りから、緊迫した状況を察したのか、キラも不安を拭い切れないでいる様子だった。

 ルークも正直なところ、カイザーが何を考えているのか分からなかったが、ここで無用に彼女の不安を煽るのは得策ではない。

 彼は出来る限り落ち着いた口調で、キラを安心させるように答えた。

「大丈夫です。ハルトマン将軍には何か考えがあるのでしょう」

 そうは言ったものの、この状況をどう打開するつもりなのかとルークは疑問に感じていた。

 諸悪の根源たる皇帝は打ち倒したが、その後生き残らなければ革命を起こした意味がない。

 すぐに皇帝の後釜が現れ、再び帝国を支配するだけだろう。

 戦う友軍を見守るだけのもどかしい時間がしばらく過ぎた頃、地平線に再び軍団の影が映りだす。

 遠目に見ると蟻の群れのように見えるそれは、地面を覆い尽くす程の大軍勢だ。

 先に現れた帝国軍増援のそれよりも、遥かに多い。

 黒い渦となってうごめくそれは、激戦の続く帝都に見る見る迫り来る。

 その光景を目にしたルークは思わず青ざめた。

(増援の第二波があったのか! この数では対処しきれない……)

 ルークは改めて、帝国の圧倒的兵力を実感した。

 まだこれだけの増援を出せるだけの戦力があったのだ。

 この数で押されては、精鋭で固められた防衛部隊もひとたまりもないだろう。

 そのまま帝都に突入され、本陣で悠長に構えているカイザー諸共討伐されるのは時間の問題だ。

 戦慄するルークの額を冷や汗が伝う。

 その隣に座るキラは無言のまま、不安そうにルークの袖を握りしめていた。

「ようやく来たか」

 気付くと、二人の隣にカイザーが立っていた。

 あれだけの軍勢を前にして慌てる様子ひとつ見せないのは、果たして諦めの境地が生む達観なのだろうか。

「アルバトロス帝国の兵力、聞いてはいましたがまさかこれ程とは……」

 ルークは最早慌てて前線に出る気力も失った。

 あの大軍勢を前に、抵抗する術が見つからない。

 いくら頭が悪い将でも、これだけの光景を見せられれば敗北を悟るだろう。

「そうだろうとも。さあ、ここからがいいところだぞ」

 絶望的光景を目の当たりにしているにも関わらず、カイザーはむしろ愉快そうですらある。

 その表情を訝しむルークは、思わず首を傾げた。

「どういうことです?」

「計画通りってことさ」

 半信半疑で成り行きを見守っていると、どうも様子がおかしい。

 新たに現れた第二波の軍勢は、確かにすぐさま攻撃を開始した。

 だが攻撃の対象は、革命軍ではなく味方であるはずの帝国軍だ。

 不審に思ったルークが注視すると、彼らの掲げている旗は帝国軍のものではない。

 カイザーの味方であることを示す、革命軍の印章だ。

「あれは、革命軍? 一体どこからこんなに大勢の増援が?!」

 ようやく気付いたのか、と言わんばかりにカイザーは自慢げな笑みを浮かべた。

「準備万端だと言っただろう? 何のために、今まで諸侯の協力を取り付けたと思っていたんだ」

 新たに帝都に押し寄せた大軍勢は、各地で一斉に帝国に反旗を翻した、領主や反乱軍の混成部隊だった。

 彼らは自分達の領地を制圧した後、すぐに増援の軍を帝都のカイザーに向けて派遣していたのだ。

「なるほど、『愚帝の味方はいない』。待っていれば、増援は各地からやってくる。そういうことですか」

 この日のため、カイザーは帝都付近だけでなく地方の領主にも根回しをしていた。

 皇帝に不信を抱く領主達と秘密裏に密約を結び、革命を起こす際の協力を取りつけたのだ。

 その後押しを受けて、サイラスの指示により一斉に反乱軍も動き出す。

 帝都に限らず、帝国各地で革命が起こり、巨大なうねりとなって帝国を飲み込んでいた。

 革命軍増援部隊の到着と同時に、ジョイスを始めとした防衛部隊も一斉に反撃に転じる。

 彼らの役目はこの時を待ち、それまでの時間を稼ぐことにあった。

 見事に役目を果たした彼らは、今度は増援と共に帝国軍を挟撃する。

 正面の防衛部隊と背後から現れた増援部隊、それらに挟み撃ちにされた帝国軍は一気に不利な状況に置かれ、次々と撃破されていく。

 最初は兵力で優っていた帝国軍も、後に現れた革命軍増援の圧倒的数の前では無力だった。

 程なくして、数で圧倒された帝国軍は呆気無く散り散りとなって各個撃破され、ついに革命戦の幕が下りた。

 帝国軍きっての名将、カイザーは思惑通りの大勝利でこの戦いを飾った。

 彼の革命は成功し、アルバトロスに大きな転機をもたらした人物として、カイザー・ハルトマンの名は歴史に語り継がれることとなる。

 これが、後に歴史的事件のひとつと言われる『アルバトロス革命』である。


To be continued

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