第2話 勇者パーティを追放された鑑定士

 気が付けば、全身が燃えるように熱かった。

 見ればあちこちから鮮血が吹きこぼれている。

 躱したつもりで、躱しきれなかった分だろう。

 クリスタルアルラウネの透き通った蔓を、俺の血が赤く染め上げている。


 炸裂弾は尽きた、回復薬も底をついた。

 俺の命運も尽き果て掛けている。

 それでも、思考は止めない。


 考えろ、考え続けるんだ。

 この窮地を脱する方法を探求しろ。

 肺が悲鳴を上げ、心臓が破れるその時まで。

 最期の瞬間まで諦めてたまるものか。


 俺にできる事は何だ。見通すことだろ。

 誰よりも優れたこの双眸で、誰も見いだせない活路を探し出す。それ以外に残された道は無いだろ。


 風の流れを読め。大地の鳴動を見逃すな。

 倒す必要は無いんだ。ただ逃走路だけを考えろ。

 俺がすべきことは、至極単純なのだから。


「ぐあ……っ」


 太ももに、とりわけ熱い痛みが走った。

 見れば水晶で出来た鋭い円柱が突き刺さっている。


 文字通り、足を奪われた。逃げる手段を失った。


 為すべきことが、単純だって?

 軽く言ってくれるなよ。目は前にしかないんだ。

 背後からも迫りくる蔓の鞭に、どう対処しろっていうんだよ。


「ちく……しょう!」


 クリスタルアルラウネがにじり寄る。

 根をたこの足のように這わし、尺取虫のようにうねうねと迫りくる。こんなにも鈍重な動きからも、この足では逃げる事すらかなわない。


 横から迫った蔓の鞭が、額を裂いた。

 どくどくと熱い液体が溢れ出す。

 眉もまつ毛も堤防の使命を果たせない。

 赤が視界を侵食する。


「――――」


 死ぬ、と自覚した時だった。

 世界が色を失った。

 摩訶不思議なことが起きていた。

 赤ではなく、灰色に世界は染まっていたのだ。


「青い、光?」


 そこかしこには淡く青白く光る何かが舞っている。

 蛍のように幻想的な燐光だった。


 その微光はよく見ると列をなしていて、糸のように連続的だ。無数に伸びる青い筋。魅入られるように、光芒に手を伸ばす。その先にいるのは、クリスタルアルラウネ。

 花色の明かりに、手が届く。


『ギャィァァァァァァァァッ!!』

「っ!?」


 クリスタルアルラウネが悲鳴を上げた。

 驚いて、光から手を離す。

 クリスタルアルラウネはフーフーと警戒心をむき出しにし、こちらと距離を取った。


「この光、まさかアルラウネの生命力?」


 確証はない。

 だがこれよりほかに当てもない。

 賭けるしかない。


「この、くたばれぇぇぇぇぇ!!」


 光の糸を引きちぎる。

 ぶちぶち、繊維が断裂する感触が伝わってくる。


『ギイィヤァァァァァァァ……ッ!』


 響き渡る断末魔。

 無数の触手は壊れたおもちゃのように大地にもたれ掛かり、ズシンという重厚な音を立てる。それっきりクリスタルアルラウネが動く事は無かった。


「……死んだ、のか?」


 横たわる骸を見ても猜疑心が勝る。

 精巧な剥製を前にした時と同じだ。

 今にも動き出すんじゃないだろうか。

 そんな疑念と不安が渦巻いている。


 一歩、また一歩。ゆっくりと歩み寄る。

 クリスタルアルラウネの頭頂部に生えた、水晶の花を摘み取る。人で言えば心臓を抜き取るようなものだが、その間も魔物は微動だにしなかった。


「倒したんだ、クリスタルアルラウネを本当に、俺の力だけで……!」


 やった、やったんだ。やり遂げたんだ。

 熟練の冒険者がパーティを組んで討伐するような大物を、たった一人で倒してしまったんだ。もしかすると、俺は俺が思っている以上に大物なのかも。


「痛ッ」


 アルラウネのイバラで裂かれた部分が、思い出したかのように痛みを訴える。見ると、その部分は青い光が淀んでいる。


 なんとなく、光のほつれを解消する。

 するとどういう理屈だろう。

 まるで夢か幻だったかのように傷跡が消えていく。


 全身の傷を癒し、感覚で理解した。


 断ち切られたクリスタルアルラウネは絶命した。

 ほつれを解消した傷は回復した。


(……この光は、生と死の概念なんだ)


 足元の草に繋がっている光を引っ張ってみる。

 緑草は生気を失ったように枯れ始めた。

 だが、手を離し、流れを戻した途端、元の青々とした瑞々しさを取り返す。


「リラ」


 ……帰らなきゃ。


 きっと何かの間違いだ。

 リラが俺を見捨てたなんて。

 例えば、助けを呼びに行ったのかもしれない。

 そうだ、きっとそうに違いない。


「大丈夫、今、戻るよ」


 俺は少し引き返すと、彼女のいない人力車を引いて王都アストレアへの道を歩いた。

 ぽつぽつ、ぽつぽつと。



 王都アストレアの南部の大通りに面したギルドからは、いつものように騒がしい声がしていた。懐かしい空気に「帰ってきたんだ」という実感を抱きつつ、扉を開ける。


 騒ぎのもとを見つけるのは簡単だった。

 そこにいるのは、俺が所属する勇者パーティ。


「リラ! みんな!」

「……ゼクス!?」


 道中で出会わなかったし、リラは先に着いているという予想はやはり正しく、勇者グレインを始めとしたパーティの面々と話し合っているところだった。

 中心の人物、勇者グレインが口を開く。


「ゼクス、ちょうど君の話をしていたところなんだ」

「俺の……?」


 一瞬考えたが、答えはすぐに見つかった。


「……ああ、クリスタルアルラウネのことか。心配いらないぞ」

「心配、いらないだと?」


 グレインが眉間にしわを寄せ、俺を見る。

 問い詰めるように、非難するように俺を見ている。


「他に言うべきことがあるんじゃないか?」

「グ、グレイン? 何を怒っているんだよ」

「……っ、惚けるのもいい加減にしろ! リラから聞いたぞ! クリスタルアルラウネ相手に無茶な特攻を仕掛け、彼女まで危険に晒したらしいな!」

「は? ちょ、ちょっと待てよ」


 わけが分からない。

 俺がクリスタルアルラウネに特攻した?

 違う、俺はリラが無茶するのを止めたんだ。


「俺が魔物に飛び込む訳が無いだろ!? 逆だ! 俺がリラを止めて……!」

「この期に及んで言い訳か。見苦しいぞ」

「言い訳じゃない! 本当、なんだ……」


 ふと、冷静になって周りを見る。

 パーティの面々は、誰一人俺の言葉を信じていないようで、非難の目をこちらに向けている。しばらく、トラウマになりそうだ。


 なんだよ、それ。

 俺が悪者だっていうのかよ。お前らがあの場の何を知っているんだ。お前らの目に映っているのは、本当に真実だっていうのかよ。


「素直に詫びれば許すつもりだった。他ならぬリラがそう言ったからだ! 幼馴染の優しさに付け入って、君は恥ずかしいとは思わないのか!」

「……リラ?」


 そうだ。

 そもそもの話。

 どうして、こんな話になっているんだ。

 こんな、判決を言い渡される被告みたいな状況に。


「ゼクス、あのね」


 俺が、リラに視線を向けると、彼女は口を開いた。

 固唾が喉を鳴らす。


「謝ってくれたら許してあげる。だから、ね?

 全部、水に流してまた元通りになろ?」


 俺の幼馴染は。

 天使のような顔で、悪魔のように微笑んだ。


「…………ハッ」


 もういい。

 もう疲れた。

 よく分かった。

 俺は愚かだった。


 リラは俺を見捨てたんだ。

 分かっていたのに理解しなかった。

 根拠も無いのに幼馴染を信頼してしまった。

 その結果が、これだ。


「謝るって、何をだよ」


 驚くほど硬い声が出た。


「冤罪を着せられても、何も言い返せない弱さをか?

 誰からも信じてもらえない人望の無さをか!?

 こんな悪女を信じた己の愚かさをかッ!?

 生まれてきてすみませんとでも言えば満足かッ!!」


 どんどんと熱を帯びていく言葉。

 不条理、理不尽、不合理、不当。

 溜まった鬱憤は、吐けども吐けどもおさまらない。


「ゼクス!」

「ふざけんじゃねェ! 何が勇者だ! お前らの目には都合のいい世界しか映ってないんだろうな! 弱者の言葉に傾ける耳なんて持ってないんだろうなァ! 全部、全部! そろいもそろって節穴だ!」

「聞けッ!!」


 グレインが、強い語調で俺を責めた。


「もういい。君をパーティから追放する」

「……っ、グレイン! それはダメよ!」

「リラ、君は優しすぎるんだ。彼は輪に不和を齎す」

「……でも!」


 どういうわけか、俺を庇ったのはリラだった。

 ホント、お前いい性格してるな。


 ……俺は彼女の、表裏のない言葉が好きで。

 でも、今となっては彼女も嘘を平気でついて。


 何のために。

 俺が、彼女の側にいる理由って、なんなんだよ。


「ゼクス! お願い、謝って!」


 ふざけんなよ。

 俺は、信じてたのに。

 君だけはありのままの俺を受け入れてくれるって、そう信じていたのに。


「嫌だ」


 裏切ったのはお前だ。

 見捨てたのはお前だ。

 もう、二度とだまされない。


「っ!! 嫌いになるわよ!!」

「……なぁ、リラ」


 皮肉なもんだよな。

 こんな時だけ、気が合うなんてさ。


「俺はお前が嫌いになったよ。じゃあな」


 こうして、俺は、勇者パーティを追放された。

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