春夏秋冬代行者 暁の射手 外伝 ~耐冬花~②


『グラタンが出来たよ!』という連絡を受けてからあやめと連理は瑠璃達の家に向かった。


「パン焼いてきたわよ」

「ほかほかだ! 美味しそう!」

「二人で毎日色んなパンを作ってるの。瑠璃と雷鳥さん、食べたいパンがあるなら今度作ってあげる」

「最高です。ありがとうございますあやめさん。連理くんもいらっしゃい。来週レイドありますからログインしてくださいね」

「それって今から攻略動画見たほうがいいやつ?」

「見たほうがいいですね。というか後で一緒に見ましょ」


 行く前は渋るわりに、行くとなるとパンまで焼いて持っていくのがあやめらしい。

 瑠璃と雷鳥が作ったグラタンはとりあえず中に色んな物を入れてみたという作りで海鮮よりなのか野菜よりなのか、はたまた肉よりなのか謎な作りではあったが美味しく食べられた。


 そしていざ、持ち寄った物で遊ぼうということになったのだが。


 どちらも方向性が別だった。

 あやめ達は、葉桜の実家に眠っていた年代物のすごろくを。

 そして瑠璃と雷鳥はゲーム機器とリンクしたコントローラーを持つことで様々なことが出来るというものだった。


「めっちゃ古いやつじゃん! あやめと一緒によくやった!」

「お正月と言えばこれだから……」

「わー俺、このゲームやってみたかった。でも俺が知ってるやつじゃない。運動するのとは違うの?」

「これをこうして……ほら、これでガンアクションが出来るんです。別売りのソードタイプも買いましたから、縦横無尽に敵を倒せます」


 四人で話した結果、まずはすごろくからすることにした。

 サイコロを振り、人生の大きな決断をしていくという無情なゲームだ。

 基本的に運が物を言う遊戯だが、これには雷鳥が独走で優勝を見せた。


「雷鳥さんってくじ運良いよね。ゲームとかも高確率で何か良い道具当たるし」

「やはり持っている者ということですよ」

「それ言うと……負けてる人が可哀想だからやめなよ」


 雷鳥は連理と話した後に隣に居る瑠璃を哀れそうな目で見る。


「瑠璃、君はどうしてそんなにゲーム全般が下手くそなんですか」


 瑠璃はきっと雷鳥を睨む。


「雷鳥さんうるさいっ! 何で? 何でみんな先にどんどん進めちゃうの? あたしの油田が消えちゃった……」

「瑠璃ちゃんごめんね……君が油田を失ったおかげで俺は現時点で二番目の富豪だ。このままゴールするよ」

「あー! 連理さんもゴールした! ずるいよ!」

「何もずるくないわよ瑠璃。さあ姉妹対決よ。私は運が悪いけど、貴方よりゲームがうまい。貴方は私より運は良いけど、ゲームが壊滅的に駄目。どっちが勝つかしら」

「絶対あたしが勝つ!」


 そして瑠璃が負けた。


「瑠璃ってゲーム全般下手なのにしたがるのよね」


 あやめは床に打ちひしがれている瑠璃を見ながら言う。


「瑠璃ちゃんは、みんなでわいわいやるのが好きなんだよね? 勝敗とかはあんまり考えなくて良いんじゃないかな。楽しかったんだし」


 連理が気遣うように言う。


「違うんだな~連理くん。瑠璃はみんなで遊ぶのも好きなんですけど、何より負けず嫌いなんですよ。一応、努力もするんですけど本当にゲームセンスがないんです。天性のゲーム下手。可愛くないですか、僕のお嫁さん。ここまで見事な負けだと逆にチャームポイント」


 雷鳥は倒れている瑠璃の頭を撫でる。


「そう思ってくれるならよかったです。ほら、瑠璃。雷鳥さん、ゲームが下手な貴方でも可愛いって。よかったわね」

「何も良くない……」


 瑠璃はちょっぴり泣いていた。


 その後、四人は瑠璃達が用意した戦闘ゲームをすることにした。

 実際にコントローラーを振り、規定のボタンを押すことで武器を扱えるというものだ。軽く操作してみたが、やはりというべきか体を動かすことが資本である雷鳥と幼少期から護衛官であったあやめの操作はスムーズだった。

 こういうものはゲームセンスだけでなく反射神経も問われる。


「これ、護衛官に有利だからハンデつけましょう。雷鳥さん」

「え、瑠璃と連理くんを蹂躙したくないんですか?」


 あやめと連理は慄いた。


「……したくないですよ。蹂躙って……何?」

「俺、雷鳥さんが怖いよ……根っからの狂戦士なの?」


 恐れられた雷鳥はケロッとしている。


「だって勝ち負けはフェアじゃなきゃ」

「明らかに実力差が出るもので競うことはフェアじゃありませんし、そもそもこれは遊びなんですから目的はみんなで楽しむことですよ」

「僕、勝つと楽しいです」


 低い声であやめが言った。


「雷鳥さん、いい機会だから相手への配慮を覚えましょうね……」

「えー」

「えー、じゃありません」

「やですぅ」

「やだもなし! そんな調子じゃいつか瑠璃とゲームしてもらえなくなりますよ? この子すぐ拗ねるんだから。本当に強い人なら他者への手加減が出来るはずです」


 雷鳥はあやめにたしなめられると強く出られないのか、渋々了承した。


「……主にそう言われると従者としては頷かざるを得ないですね。わかりました。では僕らは回復アイテム使用なしでどうですか?」

「いいですね。それなら最終的に帳尻合わせが出来そう。ほら、瑠璃。いつまでも床に転がってないで雷鳥さんと戦いなさい」

「瑠璃ちゃん、もう一回遊ぼう? 今度は雷鳥さんに勝てるかもよ?」

「雷鳥さん意地悪言うから一緒にゲームしたくない! あたしだって好きでゲームが下手なわけじゃないのに!」


 瑠璃の心は折れかけていた。あやめがジト目で雷鳥を見る。


「…………もう予見した通りになってるじゃないですか」


 雷鳥は問題ないとでも言うように笑う。


「大丈夫ですよ。瑠璃はなんだかんだ言って僕のこと好きだから。ほら、瑠璃、機嫌直してくださいよ。次は勝たせてあげます」

「そういうのやだ! 雷鳥さん嫌い! 意地悪! 鬼! ゲーム馬鹿!」

「瑠璃……」

「馬鹿、馬鹿馬鹿馬鹿! 阿呆!」

「こんなこと言うべきじゃないと思うんですが……瑠璃、罵倒の語彙が少ないですね。そこも可愛いです」

「ばかにしてっ! 嫌い! ばか雷鳥さん!」



 あやめと連理は二人で『あーあ』と言った。



 雷鳥が瑠璃のご機嫌取りをするのに時間を要することがわかったので、連理とあやめは勝手に厨に出向いてお茶を淹れることにした。

 何度も行き来しているので勝手知ったる我が家のようだ。


「連理さん何飲みますか? 珈琲?」

「うーん、喉乾いてるから別のものにしようかな」

「炭酸水ありますからそれにしましょうか」


 あやめと連理は冷蔵庫から飲み物を拝借してからちらりと瑠璃と雷鳥の様子を盗み見る。雷鳥はさすがにまずいと思ったのか平謝りしていた。

 瑠璃はふくれっ面だ。ただ、雷鳥が何度か笑わせようと面白いことを言うので度々吹き出しそうになっている。


「あの様子なら大丈夫そうですね」

「だね」


 二人は厨の中で少しだけ用意した飲み物を口にしてほっと一息入れる。

 先程のすごろくで騒ぎすぎた。まるで子どもが四人集まっているような遊び風景だった。


「……ふふ」


 連理が思い出し笑いをしたのであやめは目を瞬いた後に微笑む。


「すごろく、面白かったですね」

「うん。やったことなかったから新鮮だった」

「私は小さい頃の遊びって大人になってやるとまた違う楽しさがあるなって思いました」

「羨ましい。あやめちゃんと瑠璃ちゃんが仲良いの、本当に素敵なことだと思うよ」

「……そうですね。結婚したから尚更そう思います」


 あやめの家族も色々あったが、一家離散のような状態になってはいない。

 連理と雷鳥は家族と決別したままだ。

【一匹兎角】が優勢になったいまでも、連絡はないと言う。

 このままでは良くないという思いもありつつも、今はきっとわかりあえないということも真実で、疎遠が続いている。


「やっぱり、家族と仲が悪いのは辛いからさ」


 だからこそ、連理の言葉は真実味があった。

 ずっと本当の家族が欲しかった連理にとって、今年の正月はきっと寂しさも覚えるだろうが。


「みんなと家族になれて運が良かったなあ」


 楽しいこともたくさんあるはずだ。


「……」


 あやめはふと連理に何かしたくなって、その場でつま先を伸ばした。

 一秒、二秒、三秒、すとんとまたかかとを着地させた後は頬が赤くなった。


「……」

「……」

「……ご、褒美?」

「い、いえ。なんとなく」

「……そんな、めちゃくちゃ良いタイミングでされたら……俺、もっとあやめちゃんにめろめろになっちゃうんだけど」

「……駄目なんですか?」

「……」

「……」

「駄目だ。これ以上二人きりになったら家に帰りたくなる。そろそろ瑠璃ちゃんの機嫌も直ったみたいだからリビングいこ」

「ふふ、はい」

「でも帰ったらまたしてください」

「はい、連理さん」


 照れくさくなってしまって、恥ずかしさを隠すように二人はリビングへ行く。


 良いお正月だと、連理は心の底から思った。

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