第19話 新たな道へ向かう(SIDE千波2)

 目が覚めて、見た覚えのある天井を眺め、千波は思う。

 どうして耕平が関わる場所では、自分はこうも格好が付かないのだろうと。


「千波ちゃん、起きたかい?」


 耕平の母、文子の声だ。


「到着早々、すみませんでした」


 千波が布団の上で身を起こすと、文子の手が労るように背中へ触れる。


「なーんも。耕平は、お父さんが帰ってきたから晩酌に付き合っててね。千波ちゃんは何か食べられそうかい?」

「はい。……と言いたいですが、ちょっと無理そうです」

「疲れたのね。よく頑張ったよ、千波ちゃんは」


 その言葉で、ふと疑問に思った。


「文子さんは、耕平くんからどのくらい聞いてるんですか?」

「千波ちゃんが東京で体壊して、こっちで過ごしてるってことぐらいよ。男なんて、親に自分のことを詳しく話さないもんだからね」

「私も、親にあまり話すほうではないです」

「そんな感じはするね。こうやって、会って話してみて、千波ちゃんは頑張り屋さんなんだろうなと思ったよ」


 告げてから、文子は耕平とよく似た笑みを浮かべる。

 他人を安心させる、優しい笑み。千波は、これが大好きだと思う。

 文子と耕平はよく似ているから、不思議と安心できた。


「あの子の祖父、私の父がね、なんだかんだと他人の世話を焼くのが好きな人で。あの子はおじいちゃん子だったから、よく似たね」

「耕平くんは、文子さんとも似てます。だからか、気が抜けてしまって……。すみません」

「なんもなんも。千波ちゃんはきっと、東京でたくさん頑張ったのよ」

「いえ、私は特に何も。耕平くんが、全てをうまく運んでくれて」

「気を張ってたんでないかい? だからこそ、あの子の縄張り――なんて言うとおかしいかしら? まあ、北海道に戻って、ほっとしたんだろうね」

「それは、あるかもしれません。……義光よしみつさん、帰られたんですよね? ご挨拶しないと」

「そうだ。林檎をいただいたのよ。林檎なら食べられるかい?」

「はい。ありがとうございます」

「なーんも。あ、そうだ。せっかくご縁ができたんだし、これから私らも家族になるしょ。できれば、お義母さんって呼んで欲しいわ」

「ふふ。はい。お義母さん」

「かわいい娘ができて、うれしいわ」


 二人、顔を見合わせて笑い、布団から出た千波は、文子と共に居間へ向かう。


 テレビの前に置かれたローテーブル。

 酒を酌み交わしている、父と息子。


「おかえりなさい、義光さん。お邪魔しています」


 耕平の父は、耕平ほど大きくはない。


「やあ、千波ちゃん。具合は良くなったのかい?」


 ただ、静かな雰囲気はよく似ていると思う。


「はい。到着早々、すみませんでした」

「なんもだよ。愚息が、君に無理をさせたんじゃないかい? 耕平は体がでかい上に、体力おばけだからね」


 おどけたように告げられた義光の言葉に笑みをこぼし、耕平に手招きされて、千波は耕平の隣へ腰を下ろした。


 その後は、文子が剥いてくれた林檎を食べながら、結婚に向けた段取りについての相談をする。


「ねぇ、千波ちゃん。さっきから思っていたのだけどね、一つ、いいかい?」

「はい。なんでしょう」

「僕もお義父さんと呼ばれたいんだけど。あやちゃんばかり、ずるいじゃないか」


 義光による唐突な要求により話の腰は折れたが、方向性は決定した。

 森野家が東京に行って顔合わせをし、結婚式を北海道でやることで、千波が今後生きる場所を及川家の面々に見てもらってはどうかということになる。


「結婚式は、省くわけにはいかないでしょうか」

「え。俺、千波のウェディングドレス姿、見たいんだけど」

「結婚式をするとなると、資金をためるのに、二年ぐらいは欲しい」

「俺が――」

「耕平くんが全部出すとか、なしだから」

「あるほうが出すのじゃ、ダメなのか?」

「それは、よくないと思うの」


 千波と耕平がにらみ合い、耕平の両親は、のほほんと笑う。


「では間を取って、かわいい娘のために僕が出そう」

「ダメです、お義父さん!」

「パパと呼んでくれてもいいんだよ、千波ちゃん」

「それじゃあ、足が出る部分は俺と親父で折半にするか」

「新婦側の列席者は、親族のみになるよ」

「そこはあれだ。桃子たちがいる」

「まぁまぁ、お父さんも耕平も。ここだけで話し合っても仕方ないでしょや。千波ちゃんのご両親がどう考えてるかによっても、違ってくるからね」

「いえ、あの……うちは放任主義なので」


 気まずさからうつむいた千波の背中へ、文子の手が触れた。

 その手は柔らかで、温かい。


「一生に一度よ? 後悔しないように、相談しましょうね」

「……はい。お義母さん」


 いつぶりかも思い出せないほど久し振りに、家族という名の集まりの中で居心地がいいと感じている自分を、自覚した。

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