第2話 再会、早すぎません?

 サディアスに啖呵を切ったものの、いきなりクビを言い渡されてしまった私は行く当てがなく、勢いで乗ったこの馬車の終点を目的地にすることにしたら、祭りで賑わうとある街に着いた。街中が花で彩られ、広場にはいくつもの屋台が並んでいる。


 以前にも一度だけ、騎士団に同行してこの街を訪れたことがある。

 ここはブラックウェル領。数年前に魔物被害に遭った場所だけど、今ではすっかり元通りになっていて嬉しい。


「そう言えば、あの時はサディアスがこっそり果実水を買ってくれたなぁ……」


 魔物退治のお礼で領主のブラックウェル伯爵と領民たちがご馳走を振舞ってくれたんだけど、勤倹質素を求められる聖女が贅沢品を口にしてはいけないから、私だけは泊まっていた宿屋で簡素な食事を用意してもらった。

 するとその夜、眠ろうとしているとサディアスが部屋にやって来て、「頑張ったご褒美よ」と言って美味しい果実水を飲ませてくれたのだ。


 生まれて初めて飲んだ果実水は綺麗な夕日色で、味はすっきりとした甘さで美味しかった。

 いつか飲んでみたいと思っていたからすごく嬉しくて、「美味しい」と連呼していたらサディアスに「子どものようにはしゃいでみっともないわよ」と言われてしまったのも覚えている。


 そんな思い出が懐かしくて屋台で果実水を買ってみたけど、飲んでみてもあの時の味ではなくて、ちょっぴり後悔した。

 美味しいのには変わりないけど、何かが物足りないのだ。飲み干せずに手に持って街を歩いていると、不意に腕を掴まれた。振り向くと茶色のローブを纏った男が立っており、深く被ったフードの下から紫色の瞳が覗いている。


「聖女、様……?」

「その声、もしかしてジェフリーなの?」


 かつてサディアスと一緒に護衛してくれていた騎士の名前を呼ぶと、彼の眼差しが柔らかくなった。ぐっと顔が近づき、キラキラと輝く金色の髪や、美しくも逞しい顔の輪郭がフードの下から垣間見える。


 彼はこの領地を治める若き領主、ジェフリー・ブラックウェル現伯爵。

 ブラックウェル領の魔物退治をして以来、恩返しと称して私の護衛騎士になってくれていたんだけど、跡を継ぐ予定だった兄が恋人と駆け落ちをしてしまい、急遽彼が継ぐことが決まって護衛を辞職した。以来、領主の務めに励んでいる。

 口調は軽いけど、義理堅くて領民想いの、いい奴だ。顔も美形だし、さぞや貴族のご令嬢からモテているだろう。人懐っこくて甘い感じの、いかにも王子様って感じの顔立ちだから、サディアスとジェフリーが並んで護衛してくれていた時は行く先々で黄色い声が聞こえてきていた。


「まじで聖女様か! どうしてここにいるの? サディアスは?」

「えっと……色々あって、私、聖女じゃなくなったんだ。だからもうサディアスは一緒じゃないよ」

「ふーん? よくわかんないけど久しぶりに会ったんだし、その色々の部分を聞かせろよ」


 ジェフリーはそう言うと、口に似合わず貴公子のような所作で私をエスコートしてくれた。


     ◇


 それからジェフリーは街を案内してくれた。ジェフリーはお忍びで街の様子を見に来ているらしく、そのためフードを被って顔を隠していたらしい。


 二人でお祭りを見物し、少し疲れてくるとジェフリーが行きつけのカフェに連れて行ってくれた。街の奥まった場所にあるそのお店は隠れた名店らしい。

 店に着くとジェフリーはフードを脱いだ。店主に案内してもらい見晴らしの良いテラス席に座り、紅茶を飲みながらこれまであったことをジェフリーに話す。


「聖女をクビにされたから新しい場所で悠々自適な生活……か。あの《茨の騎士》が大人しく聖女様――じゃなくて、ティナを送り出してくれたとは思えないんだけどねぇ」

「《茨の騎士》?」

「やべっ、ティナには内緒にしないといけないのに」


 ジェフリーの顔がサッと蒼ざめた。よほど怖い人のことを話しているようだけど、その《茨の騎士》とは誰のことなのかわからず、首を傾げる。


「ねぇ、《茨の騎士》って誰?」

「忘れてくれ。俺ぁこの秘密を墓場まで持っていくつもりだからよ」

「よけい気になるから教えて!」


 頬を膨らませてみせると、どこからともなく「おーほっほっほっ」と高笑いが聞こえてきた。馴染みのある声、しかも、ここに居るはずのない人物の怒りを滲ませた声に、私もジェフリーも凍りつく。


「アタシの可愛いティナが知りたがってるから教えてあげる」


 すると今度は背後からその声が聞こえてきた。ぐぎぎと首を回すと、見覚えのある長い指が髪に触れて、一輪の花を挿してくれる。パッと明るい、夜空に浮かぶ星のような黄色の花だ。そしてその花を贈ってくれた手を辿ると、ぎらりと強い光を宿した金色の瞳と視線がかち合う。


「《茨の騎士》とはサディアス・ハルフォード――つまり、アタシのことよ。美しい花ティナを獣たちから護るための棘がアタシの役目だもの。ティナはお間抜けさんだから気づかなかったんだろうけど、狙っている輩が多かったんだからね?」


 呆然としていると、ジェフリーが「いや、あれは護衛じゃなくて牽制だろ?」と小さな声で呟くのが聞こえてきた。



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