005 襲撃

 癌に侵されていた体は若返り、今となっては健康そのもの。

 しばらく歩き続けても疲れは僅かばかりもない。

 男はそのことに、戸惑い以上に高揚感を抱かずにはいられなかった。

 隣には人生の最後に残された何よりも大切な存在。

 未だ状況は不明瞭ではあるが、彼女と並んで歩いている事実には喜びしかない。

 それでも、己に警戒を怠らぬよう言い聞かせながら進んでいくと……。

 ようやく景色に変化が起こった。


「道路、ですね」

「道路、だな」


 背の高い草で隠れていた少し先に、しっかりと舗装された道が現れた。

 石畳ではない。見た目と踏んだ感触からすると極々一般的なアスファルトだろう。

 そこには、路面標示のように白い太字で矢印が描かれている。

 ここから先は道なりに行け、と伝えたいようだ。


「……次はあっちか」


 男とアテラは周囲に注意を払いながら方向転換し、指示通りに道を進み始めた。

 そこから更に十数分。ただただ足を動かす。

 長閑な風景がひたすらに続くばかり。

 こうなると、徐々に緊張感が保てなくなっていく。

 しかし、その僅かな緩みを待ち構えていたかのように――。


「旦那様っ!!」


 警鐘を鳴らすように鋭く叫んだアテラの視線の先。

 アスファルトの道から数メートル外れた草原の地面が突如として盛り上がり、そこから二つの影が飛び出してきた。


「な、何だ、こいつは」


 その異様な姿に動揺を隠せず、一歩後退りしてしまう。


「機械仕掛けの……狼?」


 シルエットは正に四足獣のそれ。

 しかし、外表は無機質で光沢のある装甲に覆われている。

 隙間から見える関節部も完全な機械駆動に見える。


「「GRRRRRR……」」


 加えて、狼の如き意匠の頭部。

 その喉からは電子的な響きを持つ唸り声が発せられていた。

 僅かに開かれた口からは、ナイフの如く鋭い金属製の歯が覗いている。

 それらの様子は明らかに、男とアテラへの害意に満ち溢れていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る