第12話 四聖人の長

「崋山。何を考えてる?」

 朱伎はまっすぐに崋山を見つめ、彼の心を見透かすように声をかける。


「貴方が考え付かないことを。」

 崋山は落ち着いた声で答えた。


 嘘をつくつもりはないが、否定されようと里。主を護るためなら手段は選ばない。迷わず汚い手も使う。それが自分の役目だと理解している。


 朱伎は頭首として里の顔となる人物だ。できることとできないことがある。

 だから自分が裏で動く。それでいいと思ってる。


「お前…。」

 朱伎の表情が強張る。


 崋山が自分の気付かない所で何かを考え動いているのではないかと考えた。

 崋山の役目は分かるが、彼は目的のために手段を選ばない節があることも承知している。


 自分の信念に沿わないことを許すつもりはないが、それでも崋山を四聖人から外すことはない。彼の存在は自分にも里にも必要不可欠だと分かっている。


「今の時点では、先ほどの提案通りお二人が狙われたことにしておくことが賢明でしょう。」

 崋山は静かな口調で言った。


 今はまだ、動く必要はないと分かっているので差し障りのない答えを出す。


 部屋には5人が残っていた。話が終わり次の行動に移るため、部屋を出ようとした時、朱伎が大河、崋山、須磨、テンを呼び止めた。


「現状では、それしかないだろう。」

 大河は崋山に同調した。


 元四聖人の長として彼の考えが痛いほど分かる。自分が現役であったなら同じことを考え行動するだろう。


 崋山は自分の弟子でもあるため、大河の教えを忠実に、誠実に守っている。そして自分は今でも正しいと信じている。


「私たちはそれで構いませんよ。私たちは里の人間でもないですから、すぐに忘れられるでしょう。」

 須磨はにっこり微笑んだ。


 この場での自分たちの立場を理解している。自分たちは里の人間ではないから何かあっても里を出ればいいだけだ。そこまでの想い入れもない。里の人間ではそうもいかない。


 崋山が何を考えるか理解できた。里を護るために最善を尽くすためなら何でもする。それは自分にも当てはまる。


 だが、今はそれもどうでもいいと思っていた。ただ素直に朱伎の力になりたいと思っていた。


「まぁ。どう思われても構わねぇ。」

 テンも明るく笑った。


「そういう問題じゃない。」

 朱伎はむすっとした口調で言った。


 2人が納得していても関係ない。自分が分からない何かしようを考える崋山が気に入らない。


「でしょうね。」

 崋山は静かに微笑んだ。


 朱伎はまっすぐな人間だ。どんな時でも誰に対してもまっすぐだ。そんな彼女だから自分の人生を懸けてついていくと誓った。


 彼女は変わらなくていい。彼女にできないことを自分がやる。それが自分の役目だ。


「朱伎。お前は自分のすべきことをやれ。崋山はこれのやるべきことをやる。そうだろう。」

 大河は落ち着いた声で言った。


 朱伎を見つめる大河の瞳は娘を見つめる父のような優しい瞳だ。

 この子が生まれた時から見てきた。娘のように想っている。幸せを願っている。


「でも、やっぱり嫌なモノは嫌だ。崋山の考えは分からないけど、きっと私が嫌がることだろう?」

 朱伎は不満そうに言った。


 本当に不満だと態度で表している。言っていることは理解するが嫌なことに変わりない。


「そうかもしれませんね。」

 崋山は静かに微笑んだ。


 これ以上、何かを言うつもりはない。今の段階では何もしない。いざという時の策を持つだけだ。

 何を言っても平行線のままだ。


「お前のそういう所が気に入らない。」

 朱伎は崋山を見つめまっすぐに見つめる。


 崋山は静かに微笑む。崋山のことは信頼している。全幅の信頼をおいていると言っても過言ではない。


 自分や里を危険に晒すようなことはないが、護るためなら手段を選ばない。正しくないと分かっていても迷わずやるだろう。


 彼はそういう人間だ。それが気に入らない。


「あんたは相変わらずだな。」

 テンが静かに微笑んだ。


 上に立つ人間は目を瞑らなければならないことも多いはずだ。すべてがキレイ事で済むわけがない。

 大きな権力や財力で裏の世界が成り立っている。裏の世界は重要な役割を持つ。

 どれだけ理想を高く持っていても理想だけでは世の中は上手く回らないのが現実だ。

 彼女はまっすぐな人間だ。ここまでまっすぐだと頭首でいることは大変でしかないのではないかと思う。

 それでも彼女は自分を見失うことなく強く在り続ける。


「そうか?」

 朱伎は難しい表情で言った。


「普通なら護るためなら気にしないだろ。」

 テンは言った。


 それが国を。里を護るということだと知っている。何かを犠牲にすることもある。

 護るためなら手段はある程度、選ばない。

 それが自分の知っている王であり、頭首である。


「私はそうは思わない。自分の信念を曲げて護ることが正しいと思わない。そんなことで本当に護りたいモノが護れると思わない。」

 朱伎はきっぱりと言い切った。


 朱色の瞳には揺らぐことない信念が見えた。


「貴女のそういうところが気に入っていますよ。」

 崋山はにっこり微笑んだ。


 まっすぐな強い心を持つ頭首を敬愛している。自分の命懸けて仕える主は彼女ただ一人だ。


「…。まぁ。いいや。とにかく須磨、テン。崋山が何か仕掛けたら迷わず自分たちを守れよ?」

 朱伎は大きなため息をついて2人を見た。


「ああ。」

「ええ。」

 2人はにっこり微笑んだ。


 この里の人間たちの絆を見た気がする。

 心が温まる人間たちだ。





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