第10話 影

「影として扱う。影の対処法を見つける。とりあえず様子を見る。これからも動くなら想像以上に事態は深刻だ。」

 朱伎は厳しい表情で言った。


 今の段階でやれることは少ない。とりあえず様子を見ながら対処法を見つけるほかない。


「そんなに深刻かい?」

 八白が首を傾げる。


「深刻だよ。この時代に影が出てきたのなら、それなりの事情があるのかもしれない。」

 朱伎は静かな声で言った。


 その表情から事態は深刻だと誰もが理解した。彼女がここまで慎重になるということはそれだけの危険があるということだ。

 普段であれば、ここまで慎重に動くことはない。


「でも影っていつの時代だよ。」

 棗は独り言のように呟いた。


 話には聞いたことがある。伝説というか昔話として森羅の里に語り継がれている話だ。どこまでが本当のことなのか考えたこともない。


「初代様の時代だ。」

 大河が答えた。


 その表情はどこか暗かった。いつもならもう少し会話に入ってくるが、影の話題が出てから考えこむような表情になったことに朱伎は気づいた。


「初代様ということは実際に知っている人間はいないのね。長老様たちが何か知っているといいけど。」

 多岐が言った。


 森羅の里・初代頭首となったのは今からおよそ千年前ということになる。千年前の時代を知る者はいない。ただ、教え伝えられているだけだ。


「おそらく知っているはずだ。」

 大河が静かに言った。


 何となく濁すような言い方をしている。


「では、対処法を聞きましょう。」

 崋山が当然のように言った。


「話してくれるといいが。」

 朱伎は難しい表情をしている。歯切れの悪い言い回しだ。


「なんで?」

「どういうことですか。」

 首を傾げた棗に崋山が続いた。


「伝説とは、そのほとんどが創り上げられた話だということは知っているだろう?

 だが真実というのは、すべての者が知ることではないこともある。」

 朱伎は回りくどい言い方をする。


 今、この場にいる人間に話すことがある。そのことが彼らの負担になることは承知している。それでも彼らを信じて話す必要がある。自身が信じなければ自身のことも信じてもらえないと分かっている。

 同じ責を負わせることは心苦しいが、それも何かの縁だと思う。


「影の伝説は造られたものだと?」

 多岐は言葉の意味をいち早く理解した。


「朱伎様。そのことを我らに話すことの重大さを理解していますね。何を意味するのか理解していますね?」

 亜稀が静かに問いかける。


 朱伎が何を話すつもりなのか気付いた。そして、その内容は慎重になるべき重大な内容だと知っている。


「須磨とテンは別にして、他の者は、その人生を里と私に捧げているだろう。真実を知ってもその誓いは変わらないと信じるよ。それに時が来たら話すつもりだった。いかがその時だろう。」

 朱伎はにっこり微笑んだ。


 もちろん分かっていると頷いた。だが四聖人は、どんな真実を知っても誓いは変わらないはずだ。そんなことくらいで揺らぐような絆ではない。


「ご頭首。我らは席を外します。我らが足を踏み入れるべきではないでしょう。」

 須磨が言いきった。


 ここまでのやり取りを聞いて、自分たち異国の人間が踏み込んではいけないと判断した。


「配慮に感謝する。だが、力を借りると言った以上、隠す必要はない。少し重いがな。それに。この部屋を出ればこの会話をすることはできないから話が漏れる心配もない。」

 朱伎はまっすぐな瞳で須磨を見つめる。


 入った以上、抜けることはできないとプレッシャーを与えているようだった。裏切るなよ?と朱伎の瞳が言っていた。


「では、残りましょう。」

 須磨はにっこり微笑んだ。


 まっすぐに朱伎を見つめる。彼女が自分たちを信頼すると行動で示したことにその懐の深さを実感した。

 本来なら、里の内情を知らせていいわけがない。それは今後の森羅の里を危険に晒すことになりかねないと誰よりも分かっているはずだ。

 信じると言葉にすることは簡単だが、行動が伴わないことが多いのが現実だ。国の政治が絡めば誰もが自分の国の利益を優先する。それは当然のことでもあるし、自分の国を守るためには正しいことだ。


 それでも彼女は異国の自分たちにさらけ出すことで誠意と信頼を示した。本来、隠すべき事情を彼女は迷わず提示する。賭けのようにも思えるが、これが朱伎という人物だ。頭首としては疑問に思う人間もいるだろう。それでも須磨は彼女の潔さを気に入っているし尊敬している。


 テンは隣で緊張していた。朱伎の瞳に気圧されている感じがしていた。初めて会った時に感じた威圧感を思い出していた。

 自分より若く女性である女性に押されている。その雰囲気に飲み込まれているような感覚を味わっていた。



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