第8話 予感

「亜稀。夏輝と平良の様子は?」


「平良の意識は戻っていませんが安定しています。夏輝のケガは問題ありません。精神的な負担はあると思いますが。」

 朱伎の問いに亜稀は静かに答えた。


「わかった。落ち着いたら様子を見に行く。棗。伯と旭陽の様子は?」

 朱伎は静かに尋ねた。


 2人の子供たちを心配する。今回のことで気に病まないことを願う。


「今は落ち着いています。」

 棗は答えた。


 心の中を見ることはできないが、今は落ち着いている。問題はなさそうに見える。


「しばらく気にかけてくれ。」

 朱伎は静かな瞳で棗を見つめる。


 今の状況で自分があの子たちの為にできることは限られている。状況がつかめない中では話すことも制限されてしまう。気にかけることしかできないのはもどかしくて仕方ない。


「はい。」

 棗は静かに頷いた。


 朱伎の執務室に集まっていた。応接室を兼ね備えた部屋になっている。

 扉側の壁には天井から床までの本棚があり多くの本が並んでいる。ここにある本や書類、資料は里の歴史や機密に関わるものだ。入らない分は書物庫に保管されている。手に取ることができる者は限られている。


 壁の対面には一面の大きな窓がありバルコニーにつながっている。バルコニーにはベンチが4つとテーブルが1つ備えてあり休むことができるようになっている。


 部屋の北側に朱伎の机があり、積み上げられた書類が山になっている。机の前にはソファとテーブルがあり数人が雑談できるようになっている。ソファの後ろには仕切られている。


 仕切られているのは机の上には機密書類が多いため仕切っている。この応接室に通された者なら見られてもいい者ばかりだが、一応、見えないようにしている。

 楕円形の立派なテーブルがあり、上座に朱伎が座る。朱伎の後ろには亜稀が立つ。

 テーブルを囲むように12脚の椅子が並べられている。


 部屋には9人がいる。朱伎と亜稀。四聖人の4人。順国の2人。そして四聖人の前任者の1人、大河たいがが同席している。


 先程、里に戻り必要な対処をしてからこの部屋に人を集めた時にはもう夕方になっていた。


「それで朱伎様。どういうことです?」

 多岐たきが静かな声で尋ねた。


 赤色の長い髪に灰色の瞳の女性だ。四聖人の1人で炎を護る力を司る朱雀の力を継承する。亜稀の従姉でいつも朱伎と亜稀を見守っている。四聖人の紅一点だが、四聖人の中では一目置かれている。というか誰も彼女に逆らえない。男社会に生きるため男性と対等でいる努力を惜しまない大人の女性であり朱伎の尊敬する女性の1人だ。


「俺も何で弟が危険な目に遭ったのか知りたい。」

 棗の言葉の中に静かな怒りが見えた。


「棗。言葉に気をつけなさい。朱伎様を責めることはお門違いよ?今回のことは朱伎様には何の責任もないわよ?」

 亜稀は棗を制するように強く言った。


 その口調は強く厳しかった。棗が朱伎を責めるような雰囲気を感じ、あってはならないことだと強く制した。自分の立場を弁えるような口調だ。


「…。ああ。」

 棗は一瞬ドキッとしたように亜稀を見た。


 亜稀の瞳は笑っていなかった。きっと後でどやされると棗は感じた。朱伎より敵に回してはいけない人間がいるとしたら彼女であることは間違いない。

 決して逆らってはいけない人物だ。四聖人である自分に匹敵する力を持っているし、里のことを掌握していると言って過言ではない。朱伎の右腕として持て余すことなくその力を発揮している。


「いや。責任は私にある。状況を判断して最終的に判断したのは私だ。棗。悪かった。」

 朱伎は静かに謝罪した。


 今回のことは自分の責任だと感じる。誰かが責任を負う必要があるなら自分だ。


「すみません。」

 棗は静かに言った。


 自分の立場を弁えなければいけないことは百も承知だが、弟のことで頭がいっぱいだった。

 四聖人としてこの場に立つ以上、頭首に仕えていることを一瞬でもわすれてはいけない。順国の人間がいる場で自分が主に突っかかるなどあってはならないことだ。頭首の立場を第一に考えなければならない。

 頭では分かっていた。




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