不器用な優しさは誰かを救う、もう一度始めるために

てるてる坊主

1 目覚めの時

最初に感じたのは、頬を伝う水滴。

その感覚を頼りに今にも微睡に落ちてしまいそうな

朧げな意識を保ちつつ、薄っすらと目を開けた。


パッと飛び込んできた眩しさに目を細めながらも

次第に少しづつ明るさに慣れてくると瞳が映し出したのは白い天井。


そこから軽く目を動かせば視界の端には

周りを囲むベージュのカーテンも見えてきた。


ついでにさっきまでは意識していなかった、

どこか消毒液のような酸っぱい匂いが嗅覚を刺激する。


白を基調とした部屋に、消毒液のような匂い。

少なくとも、自分の部屋ではない。


なら、ここはどこなのか。

数少ないヒントをもとに俺が導き出せる答えは一つしかなかった。


「病院…か」


確認するように呟いた声は酷く掠れて聞こえる。


ひとまず病院の一室で寝ている理由を探ろうにも

全身を包みこむような倦怠感で上手く頭が回らない。


それならと、何が起きているのか確かめるために

人を呼ぶことをまず考えたがすぐにその考えも一蹴する。


掠れたままの声が周りの…それも俺の現状を説明できる人に聞こえるかもわからない。それにここが病院だとするとやっぱり大声を出すのは憚られた。


一応、ベットの近くにナースコールらしき

電子機器を見つけるが首を振ってその考えも捨てる。


ひとまず、誰かに助けを求めるくらいのことは

考え付くようだが八方塞がりの現状を打開するような案は思いつかないまま。


『もう一眠りでもするかなぁ…』


そんなことを考えていると、変に張りつめていたものが解けていく。


そのおかげか、ついさっきまで気づかなかった音に気づけた。


「すぅ~すぅ~っ~」


横になっていたベットからゆっくりと体を起こして

周りを確認すると左隣からささやかに零れる音の正体に気づく。


微かに聞こえてくる寝息のする方には短パンにTシャツというラフな格好が似合ってしまうほど素材の良さが窺える女の子が自分の隣の椅子で寝ていた。


気持ちよさそうに、うつらうつら舟を漕ぐのと一緒に長いまつげが上下する。借りてきた猫が住み慣れた家に帰ってきて安心しきったように無防備を晒している姿には思わずパッと目を逸らして、もう一度、恐る恐る目を向けるとやっぱりそこには変わらず寝ている女の子。


「えへへへ…」


「…どんな夢見てるんだよ」


誤魔化すように呟いた言葉に、もちろん返事はない。


隣で女の子が寝ている状況に変な焦りを覚えた自分に呆れながら、一つ深呼吸を入れて再度、視線を戻すと首の据わっていない赤子のように体が不安定に揺れているのが見える。そんな光景を見れば、もはやさっきまで抱えていた変な焦りなんてものはない。


子供を心配する親の気分だ。


無防備に寝ている彼女に聞こえるはずもないのに声を掛ける。


「そんなところで寝るなよ…風邪引くぞ…ったく困ったやつだな」


今にも前のめりになって椅子から転げ落ちそうな様子に心配な気持ち半分、微笑ましい気持ち半分。起こそうにも、こんなに気持ちよさそうに寝ているのを起こす気にもなれない。


ずっと、俺が目を覚ますのを待っていたのだろうか…。

そんな意味のない自己問答を続けながらその寝顔を眺めていた。

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