第8話 ●登場 ~ ハイ、不審者です

その日の夜、痛み止めを飲んだため痛みは和らいだが、だがそれでも傷がうずきフォルテは眠れなかった。


もちろん実際の傷の痛みだけでなく、心の傷も大きく影響しているのだろう。


(あれだけ努力してきたのに、町の人に恩返しがしたかったのに、フォルテは今後どうやって生きていけばいいの?)


そんな自問自答を繰り返していた。




「こんばんは。」


そんなフォルテの目の間に、顔の上半分を黒い仮面で覆い、全身黒ずくめの衣装に身を包んだ男が現れた。


「!」


フォルテが当然のごとく叫ぼうとしたところ、黒ずくめの男は素早く片手でフォルテの口を押さえた。




「女性の部屋に突然入ってきて、ほんとゴメンナサイ。変なことは絶対しないので、ちょっとだけお付き合いしてもらっていいですか?」


男の優しい語り口に、驚いた表情をしていたがフォルテはそれに同意した。




「もしかして、あなたダイナーさんが言っていた、『オダワ町の不審者』さん?」


「そ、そうですね、通りすがりの不審者です。ご存じなら話が早い。ていうか、『オダワ町の不審者』って呼ばれているんですね。」


「その節は、うちのダイナーが大変お世話になりました。」


「いえいえ、こちらこそ。」


フォルテは不審者に対して、深々とお辞儀をし、不審者も同じように深々とお辞儀をした。非常に奇妙な光景である。




初めに説明しておくと、この不審者はお察しのとおり、ノワールである。


この世界には特殊な能力を所持しているものが僅かながらいる。


その能力を持つ者たちを、だれが始めに言い出したのか不明だが、稀な能力、から、【稀能者】という造語で呼ばれている。


ノワールもその一人であるが、その能力があることは隠して生活している。


なので、今回も仮面をつけてフォルテの前に現れている。




【稀能者】の能力は各々違っており、ノワールの能力は針を操り、人体に作用をさせる。


以前、ダイナー施した能力は、ノワールだけがみることができる対象者の胸のあたりにある光体に針を刺し、その対象者自身の治癒力を極限まで高めて、病を治すものであり、それによりダイナーの原因不明の病を治した。


ちなみに、ノワールの能力は病だけでなく傷をも癒すことが可能だ。




「で、『オダワ町の不審者』さん、はなんで王都にいるんですか?買い物か何かで?」


「えーと、長いので、『オダワ町の不審者』ではなく、ただ単なる『不審者』でいいです。そうですね、なんか偶然に王都にきていまして、偶然にもフォルテさんがケガをされた、ときいたので、伺いました。」


「それはわざわざお越しいただきありがとうございます。」


「いえいえ、こちらこそ、お見舞い申し上げます。」


フォルテと不審者ノワールは再び互いに深々とお辞儀をした。




「で、本題に入ります。聞く話によると、明日、宮廷音楽家の二次試験がある、ということですが、当然その試験を受けたいですよね?」


「え、えー、まー、でも無理って言われたんですけど?」


不審者ノワールの質問に、フォルテは質問の意味がしっくりせず、ふわふわっとした感じで返答した。




「それだけ聞ければ十分です。」


不審者ノワールがそういうと、一瞬何かが光った次の瞬間に急にフォルテは意識を失った。


不審者ノワールが目にもとまらぬ速さで、フォルテの首筋に針を打ち込み意識を失わせたのだ。


ノワールとしては、能力を施すにあたり、本人の意思の確認は必須としており、その確認がとれたのでそれで十分であり、その他の情報は不要だった。


それに、これ以上長く話していると、もしかすると素性がばれる可能性もあるので、必定以上の接触は避けている。


また、この能力自体を誰かに見られたくないため、能力を示すときは対象者には意識を失ってもらっている。




「じゃあ、失礼しますね。」


そういうと、不審者ノワールはフォルテの心臓が位置するあたりに、ピンポン玉くらいの光体を確認、長さ15cm、太さ1mmほどの全体が黒い針をその光体に軽く打ち込んだ。


すると、フォルテの治癒能力が極限まで活発化し、一瞬で、フォルテの右腕から打撲痕が消え、指もわずかながら動くことを確認した。




「では、明日の演奏楽しみにしていますね。」


こうして不審者ノワールはフォルテに一言告げて、その場を後にし、暗闇に消えていった。


実際には隣の部屋に帰っただけだが。

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