第13話 2126年 2月1日 12:03 状態:生存

 生き残るためのマニュアル


 地表活動中には必ず支給されたスーツとデバイスを装備してください。

 スーツには電波発信機能があり、着用中常に電波を発信しています。

 デバイスがそれをキャッチし、あなたに方角と距離を教えるでしょう。


 ◇


 東と言うと、以前に探索したホームセンターの方角だ。今考えると、あの暗闇の中でクリーチャーに襲われなかったのは奇跡にも等しいだろう。暗闇に建物と来れば、ほぼ確実にクリーチャーがいると今では考えるが、あの時はクリーチャーが現実に存在していると言われても信じなかったはずだ。


 誰もいない街を歩いていると、時々この世界には俺しか生きていないのでは無いかと思う時がある。恐ろしい想像だ。こんな事は考えるべきでないし、有り得ない……と信じたいが、俺はそう信じるだけの根拠を持ち合わせていないのだ。


 空はこんなに綺麗なのに、鳥の一匹も飛んでいない。アスファルトの割れ目から顔を覗かせる植物は皆、見たことも無い姿に変貌している。適者生存、という言葉がある。その言葉を信じるなら、植物とクリーチャーは放射能に適応し、人間は適応しなかった。彼らは放射能に勝ち、我々は負けたのだ。


 しばらく歩き続けると、街のメインストリートに到着した。戦前の街の中心であり、高層ビルが競って立ち並んでいたこの場所も今では巨大な瓦礫の山だ。残っている数少ないビルの一つに、当時流行りだった映画の広告が掲げられていた。


 瓦礫の山は高く、頂点まで登ればそこから映画の広告を掲げたビルの屋上に移れそうだった。この瓦礫の山を形成しているのは、通りを挟んで反対側にあったデパートだろう。


 腕時計を見るともうすぐお昼時だった。少し労力を使うが、ビルの屋上で昼食を摂るのも悪くは無いだろう。ちょっとしたハイキングみたいな物だ。


 ビルの屋上へは思っていたよりずっと早く行けた。時間にして大体十五分前後か? 


 そして、やはり屋上からの眺めは良い物だった。雨雲が遠くに見えるが、少なくとも昼食を食べている最中に雨に見舞われることは無いはずだ。地下鉄を探索した時には外で昼食を食べられなかったから、地表での初めての食事になる。


 一応ガイガーカウンターで放射性が無いことを確認して、ガスマスクを外した。目覚めて初めて吸う生の空気は、土埃の匂いだった。


 屋上は所々崩落しているが、直ぐに屋上全てが崩壊する程酷くは無い。適当な瓦礫を見つけ、そこに腰を下ろす。バックパックからポケットストーブとメタクッカー、今日の昼食を取り出す。レーションの箱の中身はレトルトパック入りのトマトソース・ラザニアにハードビスケット、ミックスナッツ、インスタントコーヒー、粉末ミルクと砂糖、チューイングガム二つだ。


 ポケットストーブにメタクッカーを入れ、ライターで火を点ける。飯盒の本体部にペットボトルから水を注ぎ、ラザニアのレトルトパックを入れたまま火に掛ける。こうすればラザニアが温まると同時にお湯が出来る仕組みだ。


 水が沸騰したらラザニアのレトルトパックを出し、飯盒の蓋に中身を出す。本体部には中蓋を被せ、中蓋にはハードビスケットとミックスナッツを盛る。これで昼食の完成だ。


 頂きます、と言ってプラスチックのフォークで食べる。肝心の味だが、トマトソース・ラザニアは――多分な偏見が含まれているが――アメリカのファストフードみたいな味がする。これはトマトソースと言うかケチャップだろう。まあ百年間放置して食えるのだから文句は無しだ。


 ハードビスケットは要するに大きい乾パン、ミックスナッツは想像のまま、アーモンド、カシューナッツ、クルミだ。思わず一杯やりたくなるが、ナッツはタンパク質と油脂の合理的摂取手段として入れられているのであって、決して泥酔するためでは無い。


 かなりのボリュームの昼食を食べ終え、食後にインスタントコーヒーを飲む。満腹になると気分が良くなる。俺は屋上の端に近づき、景色を見ながらコーヒーを飲んでいた。その時だった。


 デバイスが一定のリズムでビープ音を鳴らした。画面には、『北二五〇メートル』と表示されている。自分の正気を疑ったが、間違いない。これは現実だ。デバイスがビープ音を鳴らす時、それはスーツが発する電波をキャッチした時だけ。そして自らの電波をキャッチすることは絶対に無い。


――つまり、俺の様な存在が近くに居るということだ。


 ◇


 レーションはシェルター内の管理された環境下では長期間保存できますが、念のためTTIラベルを確認してください。内側の円が黒ければ食べられません。

                        ――レーション付属の注意書き

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る