第10話 2126年 1月20日 9:47 状態:モルヒネを投与

 生き残るためのマニュアル


 痛みは行動を大きく制限します。強い痛みをデバイスが検知すると、自動的に鎮痛剤を投与します。

 この設定は変更可能です。


 ◇


 クロスボウとPX4を拾い上げ、AK12のバーティカルフォアグリップを握り、通路に銃口を向けた。反響したクリーチャーの叫びが聞こえる。どうも奴らは俺を嗅ぎ付けたようだ。だが、それは好都合だ。どちらにせよ奴らは皆殺しにする予定だったのだから、向こうから来るなら手間が省ける。


 早速一体のクリーチャーが廊下の曲がり角から飛び出して来た。AK12のセレクターをフルオートに変更し、二発の弾丸を撃ち込んで無力化する。クリーチャーは勢いそのままにつんのめって倒れ、その死体を後から続く大量のクリーチャーが踏み越えて雪崩のように迫ってくる。


 AK12の弾倉の装填数は三〇発だ。現在は二発撃ったので残りは二八発になる。フルオートで発砲すればものの数秒で撃ち切ってしまう。ただ闇雲に引き金を引き続けるのでは無く、敵の中で優先順位を決めて指切り射撃を行う必要があった。


 銃口を群れに合わせ、二、三発区切りで指切り射撃を行う。出来るだけ照準を急所に、出来なければ膝や足を狙いつつ時間を稼ぐ。クリーチャーとこちらの距離にはまだ余裕がある。


 余裕があれば急所を撃ち、他より突出した奴は膝を撃ち転倒させる。転倒したクリーチャーに巻き込まれ全体の勢いが落ち、踏まれたクリーチャーが圧死する。弾倉交換の何もできない時間が恐ろしかったが、結果として俺はこの位置を保守し、クリーチャーはその数を大きく減らしていた。


 残ったクリーチャーは二体だが、どちらも片足を引きずるか這いずっていて、脅威では無かった。AK12の弾倉交換を済ませ、頭に一発ずつ撃ち込んだ。銃を下ろし、一息つこうとした――その時だった。


 突然背後から絶叫が聞こえた。しかしそれはヒステリーの様な耳をつんざく物では無く、猛獣の唸りを大音量で流したような声だった。反射的にAK12を構え振り向いた。そのクリーチャーは右腕が異常に肥大化し、大きなコンクリート片を握りめていた――衝撃、痛み。気が付けば、俺は倒れていた。


 コンクリート片を投げつけられたと俺が気付いたのは、眼前に広がる白く濁ったポリカーボネートのシールドを認めてからだった。強度にして一般ガラスの約二百倍。アクリルでは約三十倍。それを奴はたった一発のコンクリート片で破壊しようとしていた。


 あの見たこと無いクリーチャー――変異種はその右腕を鞭のように撓らせ、大きく振りかぶった。

 眩暈の続く頭を振り、地を転がってその場を離れる。その直後に右腕が叩きつけられた。劣化していた地面は容易に崩落し、俺もそれに巻き込まれる形になった。


 肋骨が強烈な痛みを放ち、呼吸が苦しかった。耳元からデバイスの声が聞こえる。『負傷を検知。モルヒネを投与』恐らく肋骨にひびが入ったか折れたに違いない。しかし、そんなことを考える暇は無かった。今まさに、変異種は俺目掛けて飛び降りようとしていたのだ。

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