第10話 防衛省への協力着手

 順平は連日防衛研究所に来ている。実のところ、防衛大臣の御蔵慎太郎が、画期的な研究成果が相次ぐ江南大学に訪れて、その中心とみなされている山戸教授を訪れて相談した結果だ。


 大臣は、防衛研究所の所長と秘書官を連れての訪問であり、牧村も呼ばれて大学の管理棟にある応接室で応対している。最初の挨拶のやり取りの後、御蔵大臣が要件を切り出す。


「ええ、今日お邪魔したのは、最近我が国において画期的な発明が続けさまに出て、世界にも大きな影響を与えつつあります。その成果に匹敵するようななにかを、なんとか我々も享受したいということです。

 ちなみに、私が所管する防衛分野は、はっきり言って、機材から運用までのすべてが米軍頼りのシステムになっています。

 それで済むならそれでいいのですが、この我が国発の核融合発電機や超バッテリーの開発と実用化の進展以来、お互いの関係がぎくしゃくし始めています。だから、米軍頼りになりきってはいられないという状況になってきています」


「と言うと、アメリカから圧力がかかっていると?」山戸が聞くのに大臣は頷く。


「ええ、かなり露骨に。自動車、半導体摩擦を思い出させるような……。それで、正直に言うと、核融合発電に匹敵するようなものが防衛分野にないかということで藁をも掴む思いで」


「はあ。なるほど、やはりこれは本人を呼ばないとダメですね。牧村君?」


「ええ、声はかけていますから、研究室にいるはずです。呼びましょう」

 牧村はスマホを出して順平を呼び出が、その間に山戸が説明する。


「打ち明けると、わが大学の最近の新しい成果のほぼすべては今から呼ぶ吉川順平君の示唆によるものです。彼がいれば、防衛部分でも新しいものが生まれる可能性があります。だから本人を呼びましょう。御蔵大臣は彼のことは聞いているでしょう?」


「はい、むろん。閣議で何度も話題になっています。実は会えるのを期待してきたのですが、呼んで頂けるのは有難い」

 その後も言葉を交わすうちにノックの音がして、目配せを受けた大臣の秘書がドアを開ける。


 順平はあらかじめ牧村から聞いて、防衛大臣と防衛研究所の所長が来ることは承知しており、彼らの目的は察していた。彼は、ネットを通じて世の中の動きはきちんとフォローをしている。中でも、中国とアメリカをめぐる動きには重視しており、それなりの思いがあった。

 アメリカの中国包囲網は、2国のけた違いの力の差によって順調であり、中国の落日はもはや隠せないところに来ている。なにより、自国の稼ぎがアメリカをはじめとするその同盟国への輸出で成り立っているのに、その親分に喧嘩を売って勝てるわけはないのである。


 それにもともと、中国経済は輸出による稼ぎもあるが、全土が公有地ということから、土地によって無から有を生み出すという錬金術で富を生み出してきた。だから、生産物など実態の裏付けがないのだ。さらには、共産党員・公務員によるけた違いの額の汚職は実体経済もゆがめている。


 しかも、その汚れた金は国内では預けるところがないために、結局預け先は海外の金融機関になり、それは実際のところアメリカを始めとする西側諸国に掴まれている。当然民もそのことに証拠はないにしろ解っており、反感を募らせている。


 そのために、IT技術を使って人々の監視・管理システム、そしてそれを取り締まる組織を構築しているが、結局それを管理するのは指導者が自分の駒だと思っている“人”である。

 その実情を解ってであるかどうか、外に向かって日本をはじめとする全方位に喧嘩を売り、傲慢な態度で挑んでいる。


 今や中国は、世界のサプライチェーンから外されつつある。あと10年あれば、嘗ての日本が品質面で欧米に追い付いたように、この国も追いついたのだろうが、落ち目になったこの国はそれに取り組む余裕がない。惜しいことである。


 そして、対中国がうまくいって今後数十年の覇権と繁栄を約束されたと思ったアメリカの前に、核融合と超バッテリーという産業革命を起こすほどの大発明を成し遂げた日本が現れたわけだ。アメリカの支配層は、これを放置するのは危険と思っているだろうな。順平は思う。


 そこにおいて、防衛のシステムがすべて米軍頼りはまずいよね。まあ、そこが今日の訪問の本音だろうなと、思いながら言われた応接室のドアをノックする。

開けてくれた秘書らしき30歳代の人には会釈して、部屋に踏み込んで頭を下げてはっきり言う。


「吉川順平です」そして座っている人々に歩み寄る。第一印象は大事だからね。

 座っていた人々は立ち上がって、僕が近づいてくるのを待っている。


 お客さんの正面に立つと、相手の2人が順次自己紹介をする。

「私は防衛大臣の御蔵慎太郎です。今日はいろいろ教えてもらいに来ました。よろしく」


 自衛官出身で、精悍な感じの御蔵大臣はそういって、さっと手を出す。小学生の僕になかなかできないことだ。僕は「いえ、こちらこそ、よろしく」そう言ってそのごつい手を握り返す。


 次いで、横に立っていた中背の小太り白髪の人が同じように手を差し出して言う。

「丸井誠二、防衛研究所の所長です。よろしく」

 この人も、力強く手を握ってくるが、大臣ほどに期待はしていないのが解る。まあ、そうだよな。専門家であればそんな魔法みたいなことに期待はしないよね。


 僕は牧村先生の横の席に座って大臣の話を待った。大臣は僕を子供扱いしても仕方がないことは承知していて、単刀直入に話し始めた。

「ええとね、今日は日本の防衛のために有効な発明、または開発がないか聞きたいんだ。核融合発電クラスのものだと嬉しいのだけどね」


 僕は思わずクスリと笑って言ったよ。

「まさに、直球ですね。ええと、まず整理しましょうか。必要なのは守りですよね。それも一番の脅威はミサイルでしょう?」


「ええ、その通りです。ミサイル防衛が一番の問題です。早い話が高空にミサイルを撃ちあげられて降ってくると迎撃は難しいのです。もっと探知と制御が発達すると可能でしょうが」


 丸井所長が答える。多分自分でも相当に考えたようだ。

「なるほど、やはり問題はミサイルなのですね。どうですか宇宙戦艦を造るのは?」


「あ、あの順平君、これは冗談ではないのですよね」

 丸井所長は怒って言うが、牧村先生が口をはさむ。


「あの、丸井所長。重力操作は概ね理論確立はできているのですよ。だから、重力エンジンの開発にはかかっています。だから、原理的にジェットやロケットを使わずに飛行は可能なので、いわゆる宇宙船は可能ですよ」


 それに山戸教授が補足する。

「宇宙に行くための最大の問題は、地球の重力に打ち勝ってその空間に登るための、ロケット設備と莫大な噴射剤です。今開発にかかっている重力エンジンは、噴射剤が必要ありません。電力で重力場を作り出すのです」


「ええ!冗談ではない?本当に実現可能なのですか?」

 今度は大臣が身を乗り出して山戸教授に詰め寄るが、そこに僕は口を出したよ。


「ええ、重力エンジンはできます。試験機はあと3か月かな。それに、飛ぶだけでは宇宙戦艦とは言えないでしょう。砲が必要です。電磁砲ですよ。防衛省が開発したのでしょう?」


「え、ええ。一応開発は終わったのですが、ちょっと大きいし、電力消費もでかくてちょっと実用には……」


 丸井所長が苦い顔で言うのに、僕は応じた。

「ふーん。発射速度が2㎞/秒でしたか。25㎜鉄球を打ち出すのに消費電力が2万㎾時くらいじゃないですか?」


「何でそれを!防衛機密なのに……」


「僕が計算したのですよ。ええと、今の方式は長さ10m位の枠を作って、電磁波を次々に送って加速しようというものでしょう。こんな風に」

 僕は持ってきたブリーフケースからノートを出してボールペンでさらさらと略図を描いた。


「え、ええ、そうです。何でそれが解るんですか!」

 目を丸くして丸井所長は叫ぶように言う。


「だって、今まで発表された内容と、その程度の速度ならこの方法でしょう。だから、いわば砲身をこのようにして、電磁波の加速をこのようにします。これで、5倍以上の速度と打つ出す砲弾の重量もずっと大きくなります。


 僕の計算では10㎏の砲弾を秒速10㎞で撃ちだして消費電力は1万㎾時程度です。10万㎾のジェネレータが要りますね、だから新開発の核融合炉を積めばいいのですよ。これ、まさに宇宙戦艦ですよ」


「ええ!そ、そんな」

 いい年をした学者然とした丸井所長はすっかり取り乱してしまった。


 上司たる政治家の御蔵大臣は、流石に平静を保って所長を叱る。

「丸井所長冷静に。見なさい、君は反対したが、ここに来てまさにこれ以上ない効果があったではないか。山戸先生、牧村先生、それと吉川順平君。ぜひ、今言っておられた重力エンジンと電磁砲を完成したくご協力を願います。この通りです」


ソファに座ったままであったが、大臣は深々と頭を下げる。所長もあわてて同調して頭を下げる。


「いや、頭を上げてください。日本の安全保障と言えば我々も見過ごせません。出来る協力はしますよ。ね、牧村君、順平君!」


「え、ええ、まあ協力はしますよ」牧村の答えだ。


「宇宙戦艦の開発だよね」僕の目標はあくまで宇宙戦艦だ。


 その後大臣は、制服組を大学によこして想定される宇宙戦艦のスペックを聞いて行った。僕はそれまでには様々な基礎計算をして、宇宙戦艦ヤマトのスペックを決めていた。名前は僕の中では決まっているのだ。


 でも残念ながら、あのアニメのヤマトのような艦橋はいかにも不合理なので組み込めなかった。それでも、出来るだけ似せて防衛省から来た2人の技官に、僕の描いた『宇宙戦艦ヤマト』と題した絵を見せた。

 うち一人目の山名さんは目を輝かせたが、もう一人の迫田さんは胡散臭げな眼をした。僕は、担当者は山名さんにお願いするつもりだ。


 その後、防衛省は大臣が強引にとってきた予算を充てて、重力エンジンと電磁砲の開発は急速に進んだ。重力エンジンは3か月後に、いわばおもちゃの試験機が無事に反重力の機能を持つことが確かめられて、重力操作が現実であることが確認された。


 その後にエンジン実機の試作に取りかかったが、エンジンそのものの完成に1年、それを積んだ宇宙戦艦の竣工までいまだ普通であれば2年は要する。しかし、緊迫する安全保障環境から、超特急の開発が命じられた。


 なお、電磁砲はもともと必要な素材があったので、開発は非常に早く、大学での会議から3か月後には1号機が組みあがって試射が行われた。

 もっともそれが実施されたのは半地下の試射場であったので、最大速度の試射は不可能で、1/10の速度に抑えて行われた。アメリカに見せるわけにはいかないものね。

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