第7話 核融合発電機開発

 9月6日、まだ残暑が厳しい日、ようやくフュージョン・リアクター(FR)機が組みあがった。ようやく、と言ってもやった内容からすれば極めて速くできた方である。午前11時、立ち会う牧村も感無量である。

 今日は、定常運転まではいかないが、スイッチを入れて励起を始め、連鎖反応・発電までを確認することにしている。


 山戸、牧村、順平、順平の父の涼平、FR計画の開発責任者山村教授等の主要メンバーは無論、開発を実施をサポートした斎藤をはじめとするメンバー、経産省からは日高、吉竹に加え局長の田中、四菱重工の江南工場長、さらに技術担当専務栗山慎吾も来ている。


 中根大臣も来たがったが、目立つということで断念している。この件に関する秘密保持は、首相の警告もあってか、驚くほど守られている。さすがに、各省に作業が分担されたことから、なにか大きな動きがあることはマスコミの噂にはなっているようだ。『核融合』という言葉もささやかれてはいるようだが、あまりにとっぴということで相手にされていない。


 一つには開発場所が、地方都市の江南市ということが幸いしているのかもしれない。地元の地方紙が、四菱重工の工場で経産省も絡んだどうも動力系の開発が進んでいるという大体当たっている観測記事を出したが、他には特に大きなマスコミの動きはない。


 スイッチは山村教授が入れる準備をしているが、その前に、開発メンバーが各機器のチェックをしている。

「IRセレクター指示値・UR指示計OK、電解装置電流値OK、出力計OK

…………」

等々が読み上げられる。


「山村先生、すべて機器のチェックOKです」

「よし、では1分後にメインスイッチを入れます。………、10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、スイッチオン!」


 数秒後、低い唸りが始まり読み上げが再開される。

「励起始まりました、リアクター内温度上昇中、100℃、―――200℃、――――300℃、――――400℃―――――488℃連鎖反応始まりました」


「電力エクストラクター、オン!」

  

「電力出力、3万、4万、5万、7万、9万、10.5万㎾、10.5万㎾で安定しました。水素ガス消費量は、1.05g/時です」


「成功だ!」


 期せずして、万歳三唱が始まる。順平も一緒になって万歳をしているが、奇妙な風習だと思う。周囲を伺うと皆本当に嬉しそうだ。自分の異質さを深く自覚している順平にとっては、人は全て警戒すべき対象であって無意識に周囲に迎合するようになっていた。


 その意味で、自分が本当に信じていたのは死んだ祖母のみであった。彼女は、本当の意味で彼に無私の愛を捧げてくれた人であり、自分が人をある程度信じることができる根拠であった。祖母は賢い人だったと思う。


 彼の異質さを理解したうえで、周りから警戒されないように導き庇ってくれた。そして、祖母はまた善意の人ではあったが、人の怖さ残虐さも知っていた。それらを解った上で、順平が人々の役に立つことを、そして世に溶け込めることを願っていた。

 

 順平は、祖母の臨終の時のあくまで彼を優しく見つめてくれた目を見て、祖母の願いに答えようと思っていた。だから、牧村に会って話した内容は本音ではあったのだ。


 牧村にあの論文を送った時は自分の書いたものの値打ちはよく解っていた。しかし、その発想自体をした人物が、自分の発想を超えるものを見せられてどう反応するか興味があった。そして、場合によってそれが世に出るきっかけになるかもしれないという思いもあった。その意味では当たりであったわけだ。


 また、もう少し牧村が自己中心的な行動をとると思っていたので、その後の展開の速さは意外だった。おかげで、自分もその熱狂に巻き込まれて自分を駆り立てて、方向つけに精を出してしまった。その結果が今日のこの試運転がある訳だ。


 そして、順平は大学で行われる“順平セミナー”を気に入っていた。むろん自分も知らないことの方が多いのは承知していた。セミナーでは、それなりに知性を磨き、知識を高めてきた人々の知識と発想を聞き、自分の知識に加えることができる。


 そして、その方向を示唆することで、結果が出たとき人々に広がる喜びの輝きは何とも心地よいものだった。順平にとっては、同級生などは付き合うだけで、疲れる相手であって到底語るに足る相手ではなかった。その意味では、この大学での生活は自分にとって満足でくるものだ。

 順平は今や決心していた。『行けるとこまで行こう!』とね。


 手を挙げて声を張り上げた万歳が終わって、互いに握手している中にひときわ小柄な順平も加わった。この瞬間は少なくとも警戒する必要はないことは判っていた。それは、運転開始のスイッチを入れて、わずか20分後のことであった。


 山村が言う。

「折角問題なく動いているようですから、1時間ほど経過を観察しましょう。送電は大丈夫ですね」


「ええ、すでに工場構内の電力消費量を超えていますが、余剰分は問題なく電力グリッドに流し込めています」これは工場の電気担当技術者だ。


やがて、山村が大声で言った。

「1時間経ちました。FR機は全く問題なく稼働しました。いまスイッチを切って、機器を点検します。切りました」


 山村は皆の方を向いた。

「これをもって、FR機開発は成功裏に終わったと言ってよろしいと思います。

 開発を実施してきた皆さん、大変タイトなスケジュールで献身的に開発に従事してきてくれました。ありがとうございました。また、今日遠路おいで頂いた方々、ありがとうございます」


 立ち会った皆から、拍手が巻き起こった。

 その後、工場内の隣室で用意された立食の形の食事を皆で楽しんだ。順平は父の涼平と並んでテーブルに並べられた寿司やオードブルなどを遠慮なく食べる中で周囲の話にも耳を傾ける。 


 四菱重工の技術担当専務栗山慎吾が経産省の田中に話しかけている。

「田中局長、今日までこの開発案件は秘密を保ってきたわけですが、政府として結局いつ発表されるのでしょうか」


「はい、首相からの重要なメッセージということで、明後日10日のNHKで午後7時から1時間の枠を取っていますので、その際に発表します。たぶん、今日の話はある程度は漏れるでしょうが、貴社にも今は発表できないということでお願いしていますし、時間もないので大きな動きにはならないと思います」


 田中が答え、栗山が再度聞く。

「この発表によって、株の変動ですとか大きな動きがあると思いますが?」


「ええ、そのあたりは各省が連携して、影響をシミュレートしてネガティブな面を抑える対策は立てました。しかし、ある程度の株価の変動は避けられませんね。ただ、お気づきと思いますが、国内に巨大な需要が生まれること、とりわけ莫大な燃料輸入費が不要になるメリットを考えると、そうした混乱は短期的なものと考えています」


「私は、原発の技術者だったのです。今後は廃れた技術になりますが、正直言って、ほっとした面もあります。実際に100%安全とは言えないものでしたから」


「ええ、そういう意味では、これが単なるきっかけですが、技術はこれから数年で極めてドラスチックに変わっていきますね。結局、いままでそれなりの比重を占めていたエネルギー費が極端に下がった、そして将来の確保の不安から解放されて世の中も大きく変わっていきますね」


「それらのすべての動きの、キーを握っているのがあの少年なんですね」

 栗山と田中が自分の方を見るのを感じて、内心で肩をすくめた順平だった。


 9月10日午後7時、ほとんどすべての国民がテレビ画面を見つめている。

「それでは、特別放送、『阿山内閣総理大臣による談話“いま起こった、エネルギー革命”』を開始いたします。加藤首相どうぞ」


「皆さん、内閣総理大臣の加藤義男です。

 4日前、江南市において、かねて開発中であった融合発電装置の試運転が行われ、成功であることが確認されました。

 この設備の理論的な確立は、国立江南大学において、物理学科の山戸教授、牧村准教授等の皆さんにより行われました。さらに、開発は同大学工学部の山村生産工学科教授の指揮で、大学関係者およびいくつかの民間企業の協力の元で行われました。

 装置そのものは、現在、江南市の四菱重工業株式会社の工場内に設置されており、今現在も10万㎾を超える電力を生み出し続けています。この発電機は、出力10万㎾であり、燃料は水道水を電気分解して得られた水素であります。


 パネルをお願いできますか。

 人の映像と比べていただければわかりますが、これは、幅5m、長さ10m、高さ5m総重量45トンと極めてコンパクトなものです。核融合による発電ということで放射能を不安に思う方もおられるかもしれません。

 しかし、これは全く放射能を発生しませんし、直接電子としての電力を発生するという構造上、熱の発生も少なく、最大の反応温度は500℃程度です。


 今回制作された発電機は10万kWですので、1世帯1㎾の消費とすると10万世帯に賄える電力を発生します。また、もし重油によって発電する場合、1時間に8k㍑の油を使う一方、これは1時間1グラムの水素を消費するわけですから、0.02㍑のごく微量の水道水を使うだけです。


 また、燃料が水ということは、もう燃料が手に入らないという不安からは解放されるわけです。また、設備についても、従来のものにくらべ、大幅にコンパクトであることから予想されるように、大幅に安くなります。大体、3分の1程度になるであろうという専門家の話です。


 しかし、この設備を我が国に導入するということは、いいことばかりでもありません。

 一つには、今まで原発の再稼働では、さまざまな議論を呼んでおります。しかし、この核融合発電が完成した以上、間違いなく再稼働はありませんし、現在動いている16基も早晩ストップします。

 また、これは原発に限らず、火力発電、たぶん水力発電、ソーラ発電も一緒であり早晩廃棄されるでしょう。これは、単にコスト的に大幅に負けるからです。コストというのは、皆さんが負担する電力料金ということです。


 すなわち、電力会社が資産としてもっていた、これらの発電設備は資産でなくなるわけですし、それより、撤去の必要がある負の資産というべきでしょう。

 これは、電力会社および関連企業には限りません。実は、先と同じ江南大学において、現在バッテリーとモーターに関して、今回の核融合発電の理論を発展させた画期的な開発が進んでおります。

 この結果、自動車は電力と同じく、コスト的な理由で電気式に代わると考えています。このため、石油を輸入して燃料に加工してきた会社も、その設備が価値を失いますし、おなじような産業は数多いと思います。


 一方で、我が国は石油等の化石燃料を年間15兆円位支払って輸入しています。先に申し上げた更新が進むと、これらの輸入は12〜13兆円減ると考えられています。

 さらに、現在我が国は需要不足から来るデフレに長く苦しめられています。このようなさまざまな開発による装置を従来の装置への転換すること、これは明らかにコスト的にメリットがありますから、誰もが替えるでしょう。それもできるだけ早く。


 そうした直接的な需要が、大体我が国でここ数年に限ってみても100兆円あります。これに対し、我が国は使い道のない巨額のお金が銀行にあり、出来れば民間企業にできるだけ設備投資に使ってほしいのです。ですから銀行にとっては、こうした明らかのメリットの大きい投資は大歓迎であるわけです。


 こうしたことを考えれば、さっき申しあげた資産の減損は我が国全体としては、大きなものではありません。

 しかし、この負担は公平に来るものではなく、例えば電力会社とか石油精製会社では負のインパクトはとりわけ大きなものになります。

 そこで、皆さんにお願いしたいのは、こうした負担を日本社会全体として分担して負ってほしいということです。これは、例えば電力料金はコストの減少に伴ってどんどん下げますが、過去の資産の償却を考えたものにしたいということです。


 一方で、石油精製会社等については、需要そのものがほぼ消滅するわけですから、別途考える必要があります。これは、今のところ新たに起きる産業等への転換などが考えられています。これらの応策についての方針は、政府として大枠は策定しており、明日10時から経済産業省から発表されます。中には立法措置の必要なものもあり、確定ではありませんが、国会でも議員の皆さんの理解は得られると考えています。


 また、今回のことは、世界が心配している地球温暖化に対しては完全な処方箋になります。設備そのものが極めてコンパクト、すなわち建設に当たっての二酸化炭素の発生が少ない。しかも発電そのものの運転によっては全く二酸化炭素を発生しないのですから、これ以上のものはないでしょう。

 国際的な面でいえば、むろん友好国を優先してこの技術の拡散に努めます。しかし、そこでは国益というものを考えた拡散として、現在外務省に対応の策定を指示しているところです。


 いま、我が国ではエネルギー革命が起きました。

 これは、後戻りはできません。しかし、この革命は大変平和的であり、かつ私たちが将来に抱いていた不安を解消するもので、私はこの時期に総理大臣の職にあることを大変幸せに思っています。

 数年後、国民の皆さんとともにあのエネルギー革命が起きてよかった、また自分たちがよく頑張っていまの良い世の中を作った、と言えるようになりたいと思います」

 首相のこの談話に続いて、専門家による解説が行われた。

 

 順平はこの談話を家の居間のテレビで聞いているが、横には母の洋子が座っている。なかなか、国はうまく対処しようといているようだ。この調子では日本国内の中では大きな混乱は起きないかな。

 ただ、国際的な動きは別だ。順平なりに思うところはあるが、味方につけるべきところを抑えればこっちも大きな混乱は起きないだろう。今日の首相の話を聞く限りでは賢く動いているようだから大丈夫だろう。


「国もちゃんと考えているのね、安心したわ。お父さんの会社は問題がないでしょうが、大きな影響を受ける人も多いはずだものね」


 母が言うのに順平も答える。

「うん、僕も人が大変な思いをすることは避けてほしいと思っているよ。石を投げられたくなないものね」


 笑っていう順平に洋子は顔を顰めて否定する。

「そんなことはないわよ。でも、順平、聞いているだろうけど、わが家も引っ越すわよ。この家ではセキュリティ面でガードしにくいらしいわ。今、家の選定に入っているそうだけど、牧村先生も近所だって言うわ」


「うん、聞いたよ。僕にはもうガードがついているよ。僕にははっきり気が付かないようにということで、昔で言う陰供かな。不自由だけど仕方がないね。それと僕が通う大学の技術研究所は国が建ててくれるらしい。

 でもその前に大学に隣接しているビルを仮研究所ということで借りるらしいよ。セミナーの場所で苦労していたのからこれは助かるよ」

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