第3話 佐々木啓太

 バイクに乗って20分、体も温まりイアホンからは軽快な音楽が流れ込んでくる。

 スマホが振動や時間帯、斗真の心拍数などから所有者の活動状況を判断し選曲した音楽だった。調子良く走っていると着信が入った。


「よぉ斗真、今日仕事どこ?」

「オモテサンドー」

「おー、近いな。代々木公園行ってみる?」

「冗談ですよね」


 イアホン越しに取ってつけたような笑い声がした。斗真に電話をかけてきたのは自称元自衛隊の佐々木啓太ささきけいただった。

 気さくでよく悪ふざけをするから、しばらくして年齢が6個上だと知ったとき斗真は心底驚いた。


「なぁ、坂上心さかがみしんて知ってるか?渋谷のTWPスポットでイッたって」

「マジすか」


 TWPスポットとは、街中に設置されるTWP撒布地点のことを言う。

 マスクとゴーグルで防げる程度の弱いTWPを街中に撒布することで動物が街中に侵入することを防いでいる。繁華街近辺や駅前など、一定距離にある交番が設置場所とされることが多い。


「あいつ、マスク嫌がってたからな。うっかり吸い込んで、涙流しながら体ビクビクさせてたってよ、渋谷のど真ん中で」


 どんだけヨかったんだよ、と啓太は笑いながら楽しげに話す。

 斗真は敬語こそ使うものの同世代のように話せる啓太に親しみを感じていたが、子供のような話題で悪気なく笑うところに呆れることが多かった。


 斗真はイアホン越しに、啓太がひとしきり笑ってはーっと息を吐いたのを聞いた。

「気をつけような、俺らは。最近は感染した動物も減ったって言うけど」


 感染したらしい動物に一度も出くわさない日もあった。

 人こそいないものの車道はそれなりの交通量のため、バイクで走っているとうっかりウイルスのことを忘れてしまいそうになる。


「この仕事の採用体力試験を思い出すようにします」


「そうだな、きつかったもんな。昔は誰でもできて装備なんてなんでも良かったらしい。マスクはしてるやつ多かったらしいけど」

 と言って、イアホン越しに斗真は啓太の含み笑いを聞き、シンのことを思い出したのだろうと想像した。


「あー、笑える。あ、俺ポイント着いたから」

「はい」

「あ、昼飯一緒に食おう」

「はい、じゃあまた後で」


 通話が切れると、途切れていた音楽が鳴り出した。

 

 啓太の声が余韻を残しながらも、音楽のリズムとは裏腹に斗真の思考に静寂が訪れた。

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