KAC20218 尊い

第八話 相棒が射手を探して蘇る

 少年は夢想した。

 魔法使いになりたいと。


 でも現実には、そんなおとぎ話のような職業は存在しなかった。

 創作、物語、空想。

 そこにはたくさんの魔法と魔法使いがいたのに、少年が魔法使いになる機会はどこにもなかった。


「高度に成長した科学は魔法と同義」なんて聞いても、それがなんだと思った。

 エンジニアの道に進んでも、火はライターで着いたし、水は蛇口をひねれば出た。


 そうじゃない、そういうことじゃない。

 少年は青年になる過程で、憤りと共に現実の世界を儚んだ。

 恐らく生きているうちにそんなブレイクスルーは訪れない。

 

 尊さのない、まやかしとごまかしの世界に生きながら、やがて青年は壮年となった。


―――――


「まさかまた日本に帰ってくるとはな」


 大金で請われ、某国に移住した際は、二度と日本に帰ってくるつもりもなかったんだがな。

 男はそんな感慨に耽りながら、迎えの人物を探す。

 金髪の碧眼、紺のスーツに、赤いヒールという特徴を指定された。

 該当する人物は見かけたが、いささか想定より若い。

 十代後半くらいに見える、少女だ。

 視線を送っていると向こうも反応し、近づき、男に名前を聞いてくる。

 合言葉代わりに、スマホに送られた特殊な画像を照合した後、少女が用意していた車で空港を出る。


「もういいわ」


 後部座席に並んで座る少女から、合図があるまで喋らないように、と言い含められていた時間が解除となり、さっそく男は軽口を叩く。


「で、こんな母国の裏切り者をわざわざ呼び出した理由ってヤツを教えてくれないか? 聖女様」


 男は、複雑な経路で接触してきた存在の裏を、できるだけ把握しようと努力した結果、今度の自分の雇用主のアタリをつけていた。

 俺だってそれなりに人脈ってヤツはあるんだぜ? という自尊心と、今後のイニシアチブを一定以上確保したい気持ちで最初に切ったカードだ。


「なんだ、別にそんなこと隠してもいないことなのに。単刀直入に言うと、あなたに世界を守る武器を作ってほしいの」


 男は虚を突かれたが、世界を守る武器、なんて皮肉に思わず笑いをこぼした。


「俺が? 世界を守る? 武器を作る? あれか、数人殺せば犯罪者で、百人殺せば英雄ってヤツか? 武器ってのは、殺すためのモンだ。それに世界平和なんて、自分の正義を振りかざした果ての結果生き残ったヤツのセリフだろ? 死体の群れに囲まれてさ」


「まずはこの動画を見て。で興味が無いようなら次のインターで降りて最寄りの駅まで送ります」


 男の芝居がかったセリフに反応せず、少女は前席の背面にあるモニターを操作した。

 これを見ることが最終テストってわけか。

 試されてるのはどっちか、主従がどっちにあるか……いいぜそのくらい付き合ってやる。

 男はそんな気構えでモニターを眺める。


 画面はどこかの荒れ地。テキサス、アリゾナなどといった地名が男の脳裏に浮かぶ。

 カメラは一台らしく先ほどから画面左側に射撃に使うような的が映っている。

 右側には、おそらく少女だろう。今と違いワークウェアにブーツといった出で立ちだ。

 画面の少女は銃? を構え、指先が少し動いたと思ったら、もう的は存在しなかった。

 そして画面は暗転。


「一応補足するとね、推進力は火薬でも磁力でも空圧でも無いし、弾頭も実体弾じゃ無い。どうする?」

 

「……なんで俺なんだ?」


「パワースポットに於ける肉体と精神の変化について」


 男は過去の歴史、いや黒歴史を覗かれた気分だったが、嫌悪感より昂揚感が勝っていた。


「俺の論文……最後まで読んだってことか」


「ええ。パワースポットなんて、言ってしまえば、脳の錯覚による変化。大きな自然物、山や岩や大木など、その大きさによる錯誤で自分の立ち位置が混乱してしまうってのがあなたの結論だったけど、いくつかの場所は確かにそれ以外の「何か」を感じたのよね?」


 男は感じたからどうってことはないが、と自嘲した。


「あなたが論文で挙げたポイントは、私の測定結果でマナの存在が確認できました。あなたは無意識にマナを感じ取る能力があります」


「……マナって、魔法使いの元になる力か?」


「そう考えていただいて結構です」


「こいつは……銃なのか?」


「弾丸はマナで精製します。速度、貫通力、遅延爆発の威力は射手の魔力に依存します。あなたにはこれをリバースエンジニアリングして、量産してほしい」


 男は、自分が妄執に駆られていることを自覚していた。

 本気で魔法使いになりたかったのだ。

 それが果たせなかったから、人の機能を増幅させる外骨格、精神波で動くデバイス、エネルギーの効率的貯蔵方法、磁力銃などに取り付かれ、結果として共産圏を初めとする軍需産業の片棒を担いでいた。

 所属するフロント企業は精密機械、新素材メーカーとして有名だが、男自身は今でも公安にマークされていた。


「一つ聞かせてくれ」


「最後の質問と理解します」


「……どこと戦争するんだ?」


「地球外生物」


「は?」


「地球人を相手にするくらいなら、現存する兵器で可能でしょ?」


「ちょっと待て、お前何者だ?」


「最初にあなたが言ったんじゃない。聖女よ」


 少女はその時だけ、年相応の顔で照れ笑いした。

 そして、男が覚悟を決めたのも、その表情がきっかけとなった。


―――――


 聖女という言葉が、具体的な誰かを指して使われ始めたのはここ数年のことだろう。

 国家の中枢にいる為政者、具体的な権力を持つ黒幕、裏社会の様々な組織。共通するのは、総じて高齢であったり、脛に傷を持つ比喩の通り、身体欠損や傷病に悩まされていた者たち。

 彼らは「どんな病や怪我も治す聖女」に最大の敬意と感謝を持って対応した。


 不思議と独占欲や支配欲、またはそれを排除するという流れにはならなかった。

 決して表には出ない存在にも関わらず彼女が自由でいられた理由は、たった一つの警告に集約されていた。

 

 それは「私を害したものの生まれた国と、害された時にいた国に、それまで果たした奇跡に対応する災厄が降り注ぐ」と言うものだ。


 逆に、聖女が奇跡を振るう条件もあった。

 窓口には日本国の政府があたり、国や企業、影響度の高い要人などからの要請に対し「聖女自らが判断することを尊重してほしい」というものだ。

 その結果、間に合わず亡くなる要請者もいたが、一度完成された地球規模のシステムは国家間の牽制にも一役買い、奇跡という、ありていに言えば、お金で買えない価値は、資本主義によって構築された世界経済にも少なくない影響を与えた。

 こうして、疑似的な世界平和は一時的であれ成し遂げることができた。


 次に、奇跡を代価に積み上げた人脈を使い、聖女は行動を開始していた。

 聖女の目的は一人の人間が行える奇跡などではなく、最終的に世界全体、地球そのものを守ろうというものだった。


―――――


「こいつが魔導銃Ver―16.3だ」


 初めて会った時に感じた不快だった男の雰囲気は、一つ一つの結果が出るに従い影を潜め、今ではかつての宮廷魔道具師と同じような趣を感じる。


 聖女は、渡された魔導銃を眺めながらそんな感想を抱いた。

 つまりは、これが完成品の水準である仕様をクリアしたと実感できたからだ。


「起動魔力が、体感でいままでの1/5くらいね。これなら地球人でも扱えるかも……」


「例の選抜メンバー全員が撃てたのは知ってるだろ?」


 適正者を特殊な環境下で必要なトレーニングをした結果、すでに20人を超えるメンバーがテストをクリアしていた。


「報告を聞くのと、自分で体感するのは別よ。私たちには時間も無いし、失敗は許されない」


「わかってるって。で、点数は?」


 男は世界の命運より聖女の満足度の方が気がかりのようだった。


「……報酬の金額は不満かしら?」


「金なんかいまさらどうでもいいさ。俺はあんたに褒めてもらいたいんだ」


 中年のくせにそんな少年みたいな顔で笑うなんて。

 聖女はそんなストレートな要望に、少し笑って答える。


「半年以内に量産品を100丁。スペックは20%アップ。それができたら満点よ」


「褒美は?」


「ハグでもなんでも」


 男はタブレットを取出し、聖女に画像を見せる。


「Ver―18.0の試作機。俺の裁量で進めさせてもらった。そーそー、スペックな、レベル3から扱える」


「……健康な一般成人レベル?」


 男が悪戯まがいの報告をするのは初めてではないが、聖女は今度こそ驚きの声を上げる。

 なにせ前述した20人の選抜メンバーの「マナ取扱いレベル」は最高の6なのだ。


「しかも、GOサインをいただければいつでも量産可能だぜ? えっと、残り時間は半年だっけ? 試算では10万丁はいけるな」


 それは、地球の一般成人10万人が魔法使いになるのと同義だった。

 聖女が絶句している間、男は続ける。

 

「……なあ、こいつはさ、俺の夢を叶えてくれたんだ。あんたの勇者様がコイツを持ち帰ってくれなかったら地球は大変だったな……って、おい」


 言葉の途中で聖女は男に抱き着いた。


「ありがとう……本当にありがとう」


 自制心を振り絞って聖女の両肩を押して引き剥がしながら、男は答える。


「感謝は、ひと仕事終わってからな。姫」


 男にとって、聖女の出自も、やがて訪れる厄災もあまり興味は無かった。ただ、何よりも尊い仕事を、誰よりも尊い人の為に果たした。

 ただそれだけの事だ。


 でも、もしも最初に複製を依頼されたのが「刀剣」の類だったら、おそらく自分は魔法使いになれなかっただろうな、と笑った。


「それとな、おまけって訳じゃないが、Ver―18.0にはウォッチ型のデバイスと連携し最適な威力調整や予測射撃などのサポートが可能にしてある」


 男はおまけと言ったが、それは後に世界の命運を分けた。

 もっとも、その結果を聞いた男の興味は既に次の「魔道具」に移っていたが。


―――――


 少年は夢想した。

 魔法使いになりたいと。

 でもにはその手段は無かった。


「魔法使いになりたいかい?」じゃない異国の姫が聞いてきた。


 男は聖女の囁きに応え、魔法の無い世界に魔法を生んだ。

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