お題9 ソロ〇〇 『エステヴァンの一人旅』

 今では使われなくなって久しい荒れ道を馬に跨り進む一人の男がいた。


 男の名前は、エステヴァン。エメラルドグリーンの体毛を持つライガーの獣人である。


 この荒れ果てた道は、今は無き彼の故郷へと繋がる田舎道だった。当時、幼子だったエステヴァンは、様々な理由から生まれ育った故郷を離れて隠れ住む農村に住んでいた。


 獣人族の中でもエメラルドグリーンの体毛を持つ者は珍しく、生まれたばかりの彼を連れて両親と共に移住したのだ。


 しかし、如何に隠れ里と言っても移住の為にやって来る者がいるのだから、その所在地を調べるのは難しくなかった。隠れ里の性質から治める者のいない農村は、野盗の格好の標的となっていた。


 隠れ里に住まう戦士の質は高かったが、村を五百もの敵に包囲されて陥落した。


 賊から逃れ辿り着いた共和王国で、エステヴァン達がまともな暮らしを出来るようになるまで暫らくの時間が掛った。エステヴァン自身は貧困層の夫婦に拾われ育てられたが、幼い彼を除いた同村の者達はスラム街に落ちて行った。


 今エステヴァンが一人旅をする程の余裕があるのは、彼が類稀なる剣の才能があったからだ。


 共和国と言っても戦争が続く世の中で、貧困層の家にも最低限の武装が必要であった。エステヴァンの拾われた家庭では、数本の剣が置かれていた。ある日エステヴァンは、初めて手に取った剣を使いこなし襲い掛かって来た泥棒を切り倒して見せたのだ。


 それから剣の才能を見出された彼は、若年ながら冒険者として活動を始めた。


 冒険者としてエステヴァンは、世界中の国を見て回った。両親の生まれた獣王国は、戦士の国だった。妖精族が暮らす魔導王国は、煙にまみれ人の暮らせる街ではなかった。数多くある人間族がの国は、繁栄と衰退を繰り返しては争っていた。


 エステヴァンはそんな国々を過ぎ去っていたある日、自分の生まれ故郷の事を思い出した。薄っすらとしか思い出せなかったが、スラムの情報屋を頼り滅び去った隠れ里の話を聞いた。


 準備の整ったエステヴァンは、馬を走らせている。


「……」


 エステヴァンは、無口な男だ。全く喋らないことは無いのだが、好んで雑談に花を咲かせるタイプではない。移動中の行商人や立ち寄った村に宿を求めた場面など、会話自体を忌避していることも無ければ一人が好きという訳でも無かった。


 馬を走らせながら、立ち寄った村での出来事を思い出す。


 それは冒険者には良くある事で、ヤンチャ盛りの少年が冒険者になりたいと、まとわりついて来るというものだ。いつもは共に行動している冒険者が対応してくれるのだが、エステヴァンは帰郷の一人旅をしている最中。村人の目がる為にぞんざいに扱う事も出来ず、少年と向き合って話をしなければならなかった。


 仕方なく目線を少年に合わせ屈む。


 元々口が上手くないエステヴァンは、ただ冒険者という仕事を語って聞かせた。


 冒険者は冒険をしてはならない。未知の生物や敵と相対して、挑んでは勝ち目があるのかすら分からない。未知の土地では、どんな毒性のある植物が群生しているか分からないのだ。


 冒険者は頭が悪くてはならない。請け負った仕事の責任や達成までの道筋をしっかり立て、必要な道具の準備や周辺の情報を仕入れ対策を練る。安全に生活できる街の外で活動する必要がある為、冒険者は生き残る為に頭を使う必要があるのだ。


 冒険者は鍛錬を欠かしてはならない。冒険者の仕事として代表的なものが、キャラバンの護衛、賊の討伐、地域の調査であり、そのどれもが危険で高い身体技能を必要としている。


 少年はそんなお説教を聞きたい訳では無いとごね、エステヴァンに剣の使い方を教わりたいと言った。


 その辺りに落ちていた木の棒を二本拾い上げると、少年に木の棒を持たせて打ち込んでくるように言いつける。干し肉にかじりつきながら、少年に棒を振らせるだけで良いのなら楽な物だ。


「…」


 エステヴァンは、馬を走らせる。


 もう故郷はすぐそこだ。


 少年は村を出る事は無いのではないだろうかと、エステヴァンは思う。少年を心配そうに見つめる同じ年頃の少女が、彼を引き留めるだろうから。

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