お題3 直観 『鑑定士の道標』

 鑑定とは数多くの知識を始め、鑑定品を見定める確かな目利きが必要になる。


 王都のスラム街にほど近い裏路地の一軒家には、どんな品物も見定める万能の鑑定士が住んでいた。


 カランコロンっと玄関の扉に付けた小さな鐘の音が部屋に響き渡る。


「ジジィ、これゴミ捨て場で拾ったんだが…」


 齢七十を過ぎた彼の元には、様々な人々が思い思いの品を持って彼の家に訪れる。本日四人目の来客は、汚れた穴あきのシャツに顔を隠すような大きな帽子を身に付けた小さな子供だった。


「うーむ…ペンダント、金具が強く引っ張られた様に壊れている。材質は銀、メッキはなし、チェーンは金属製だが貴金属ではない」


 老人は来客の鑑定品を手に取ると、ぶつぶつと呟き鑑定品を調べている。品物を持ってきたスラムに住む少年に擬態した少女は、老人の部屋を眺めながら落ち着かない様子でウロウロと歩き回っている。


「む、ペンダントトップが開閉できるようになっておる。…これは確か」


 老人は部屋の壁中に敷き詰められた本棚の中から、ジェラルド王国の貴族紋を纏めた分厚い図鑑を手に取るやいなや本を広げた。


「あったぞ…ジェラルド王国はプリメラ伯爵の家紋。…銀製の家紋付きペンダントなぞ、とてもゴミ捨て場に捨てられるような品物ではない。…むぅ」


 ジェラルド王国は老人が住むアーカブ公国から、山を二つ跨いだ場所にある大国である。それも伯爵家と言うからには、ジェラルド王国でも高位の地位だ。


「よし、小僧。終わったぞ」


 老人が声を掛けると、少女は素早く駆け戻って来て鑑定結果を求めた。


「これはジェラルド王国のプリメラ伯爵家が、一族の子供に持たせた身分を証明する為のペンダントじゃな。物の価値としては金貨十枚程度じゃが、家紋が刻まれている所を見るに悪用すれば、暫らく贅沢な暮らしが出来るだろう。ま、そんなことをすれば処刑台に行く事になるじゃろうが…」


 少女がペンダントを手にして、ふるふると震える。


「これ…ホントはスラムの友達が持っていた物なんだ。気が付いた時にはスラムに居て、このペンダントがポケットの中に入ってたんだって」


 鑑定士にとって、最も磨かねばならない才能は『直観』である。直観とは、膨大な知識の土台を元に、推論を差し挾まない直接的かつ即時的な認識能力だ。


 家紋を見て見覚えのある書籍を引っ張り出したり、見て触れる事で材質に当たりを付けるのは、この直観の力によるものだ。


 そんな磨き抜かれた彼の直観力が、そのペンダントの持ち主は目の前の少女なのだと訴えかけている。


「そうか…もしかしたら、その子はプリメラ伯爵家の生まれだったのかも知れないねぇ。持ち物を盗んだ誰かが忍ばせたのかも知れないけど」


 少女の体がぐらりと揺れると、力が抜けたのかストンと尻もちをついた。


「でもプリメラ伯爵と言えば、愛妻家で有名だけど子供が出来たって話は聞かないなぁ。でも伯爵には年上のお姉さんがいたから、そのお姉さんの持ち物かもしれないね」


 老人はそれとなく少女にジェラルド王国へと向かい、プリメラ伯爵にペンダントを届ける様に促した。


 老人が鑑定士となるまで、実に三十年以上もの修練を必要とした。十代の少年時代から、雑貨屋で働きながら金を貯めては本を買い漁っていた。


 彼は専門を持たない鑑定士である。それは満遍なくあらゆる知識を兼ね備えなければならず、常に増え続ける鑑定対象を考えれば人間には不可能な職種であった。故に老人は今も知識の源になる本を収集し、勉強の日々を送っている。


「わた、オレ…捕まったりしないか?」


 老人は自分の少年時代を思い、スラム街に住むしかない少女に少しの道標を作ってやりたかった。


「なに、拾ったから届けに行くだけの話じゃ。機嫌が悪くても面倒だと思われるていどじゃて」


 鑑定士は道しるべを立てた。


 少女に幸せが訪れる様にと。


「ふふふ、あの子は元気にやっている様じゃ」


 少女を知り合いの商人と引き合わせて、ジェラルド王国に送り届けて貰ってから数日。無事に王国に着いたと、戻って来た商人に話を聞いていたが、彼女からの手紙が届き現在の様子を知ることが出来た。


 彼女の父親はプリメラ伯爵令嬢の護衛をしていた従士の一人で、令嬢の傍付きメイドと恋に落ちたこと。令嬢は何かあった時に自分を頼る様にと、家紋入りのペンダントを下賜したこと。今はメイド見習いとして、プリメラ伯爵の姉が嫁いだ辺境伯の元へ移動するのだと、楽しそうに跳ねる彼女の文字を眺めながらふんわりと柔らかい笑みを浮かべる。


「しかし、プリメラ伯爵は嘘が下手だね。まぁ、バレても問題ないのかなぁ」


 鑑定士の目は、伯爵が隠している嘘を容易く見破った。


 少女の髪の色は、プリメラ伯爵家と同じ水色をしていた。


 少女の顔の作りは、十年前に失踪した伯爵家の令嬢にとてもよく似ていた。失踪が伝えられた当時、老人は王都でもプリメラ伯爵家の配下が人探しをしている事を知っていたし、その当時は名前や特徴が王都中で噂話として広がったものだ。


「辺境伯という事は、令嬢としての礼儀作法を身に付けさせる心算だね。王都からも遠く、変な貴族のちょっかいも無い」


 老人が長年積み上げて来た知識は、その成果を直観という形で発揮され、プリメラ伯爵の真意をいともたやすく紐解いて見せた。


「…おや」


 ――――カランコロン。


 今日も彼の家では、来客を告げる鐘がなる。

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