~朔月~

 次の日から、私と朔夜は犯人の女吸血鬼とやらの使いっ走りを片っ端から捕まえるために動き出した。



 多くが夕方頃に血を取られているというのは沙里さんから聞いていたから、そのあたりの時間に集中して探索する。



 それでも捕まえられない日がほとんどで、捕まえたとしても肝心の繋ぎ役のことを全く知らない。



 とりあえず捕まえた奴は協会に引き渡してるけど……。



「全く進展しなーい……」


 私は適当に立ち寄った公園のベンチで不満を呟いていた。



 日もすでに落ちて、まだ明るさを保っている空もすぐに闇色に染まるだろう。



 朔夜は、最後にこの辺を軽く見回ってくると言ってさっき一人で行ってしまった。


 私も行くと言ったけど、すぐすむから待ってろと言われた。



 


 休んでろってことだよね……。


 疲れてるの分かっちゃったんだ……。



 朔夜は俺様でワガママだけど、たまにこうやってさりげなく気を使ってくれる。


 照れ臭いのか、はっきりと態度には表さないけど。



 ま、でも態度で表されると私も困る。


 きっと私の方が照れてしまうから。


 


 朔夜の色気や美しさを思い出して少し頬が染まった。


 すると、そんな私に声が掛けられる。



「やっぱりこの辺にはいなそうだな。帰るぞ」


 声と共に朔夜の気配がした。



 私はその方向を向き、朔夜の姿を確認する。




 そして、息を飲んだ……。





 木陰から現れた朔夜は、いつも以上に美しい。



 元から目鼻立ちははっきりしているけれど、今はそこに繊細な美しさも加わっている。


 それに長いまつ毛に縁取られたアイスブルーの瞳が色を濃くしているように見えた。


 いつも以上に、強い印象を植え付ける様な……。




 朔夜は私の異変に気付かず、そのまま近付いてくる。



 この美しさは覚えがある。



 街灯の光すらも霞むような美貌。


 人外の美しさ……。



 初めて会った日と同じだった。




「ん? どうしたんだ?」


 近くに来て、やっと私の異変に気付く朔夜。




「っ!?」


 近くで聞くその声すらも、鼓膜に響き私の意識を溶かそうとする。




 初めて会ったときは、この美しさに恐怖を覚えた。



 でも、今はあの時と違う。


 今の私は朔夜のことが好き……。


 怖いなんて思ったりしない。



 だからむしろ……。




 心臓、破裂しそう。




 ドクドクと脈打つよりも早い。


 ドッドッドッ、と太鼓を鳴らしているみたい。



 その姿を見ただけで。


 その声を聞いただけで。



 魅せられる……。




 気絶しそう。





「おい、聞いてるのか? どうしたんだ」


 もう一度聞かれ、私は声を絞り出すように答えた。



「だって……朔夜、その美しさ……」


 鼓動が激しすぎて呼吸しづらい。


 言葉も、切々にしか言えない。



 それでも言いたいことは伝わったのか、朔夜は答えた。


「ああ、今日は新月だったな。新月の夜は、俺の魔力が上がるんだ」


 何も無い真っ黒な空を見上げた朔夜に聞き返す。



「魔力……?」


「そうだ。まあ、全体的な力とでも言うのか……要は体力が上がり、美しさも増すということだ」



 そう言ってまた視線を戻されて、私の呼吸が一瞬止まる。



 も、ホント勘弁して……。



「吸血鬼にはそういう日が月に一度あるんだ。俺はこの名前のせいか、朔の夜……つまり今日のような新月の夜にそうなる」



 そう説明し終えた朔夜は、私の腰を引き寄せ顎を捕らえた。




 ちっ! 近い!!


 顔っ……近すぎる!!


 


「体力有り余っているからな。……今夜は寝かせない」


 そのまま顔が近付いてくる。



 それだけでも気を失いそうなのに、朔夜はとても熱く、濃厚なキスをしてきた。




 意識を保つのは、もう無理だった――。




 ……


 …………




「…………あれ?」



 気が付くと、そこは朔夜のマンションのベッドルームだった。


 見慣れた天井を見つめながら、どうしてここにいるのか考える。



 確か、物凄く美しくなった朔夜にキスされて……。



 そこから記憶はない。




「もしかして私……あのまま気絶した?」


「そうだ」



 すぐ近くから不機嫌な声が聞こえた。


 返事が返って来るとは思わなかったから、ちょっと驚く。



 見ると、すぐ隣に朔夜が横になっていた。


「……おはよう」


 と、また不機嫌な声が言う。



「お、おはよう……って、え? もしかして朝!?」


 叫び窓を見ると、閉められたカーテンの隙間から光が零れている。



 そういえば、朔夜もあの尋常じゃない美しさがない。



 朝になって、普段の状態に戻ったってこと?



 


「もしかしなくても、朝だな」


 そう言った朔夜はため息を付く。



「こっちは体力有りまくってやる気満々だったってのに……据え膳状態を恥だと思いつつ我慢してやったんだ、感謝しろよ?」


「う……はい」


 私が返事をすると、朔夜は妖艶に微笑み私に覆い被さった。



 私の頬に手を当て、キスをする。


 ついばむようなキスの後は、舌を絡める濃厚なディープキス。



 頬に当てられた手が徐々に下に下がるのを感じて、私はキスの合間に聞いた。



「朔夜? ……今から?」


 まさかこんな朝っぱらから、と思ったのに、朔夜は目を細め肯定した。



「いいだろう? どうせ探索は夕方が中心だ」


「ほ、本気?」


 もちろん本気だろうけど、こんな時間にした事は無かったから私には抵抗があった。



「本気に決まってる。昨日はおあずけ状態だったんだ、欲求不満にもなる」


「いや、だって――」


 尚も抵抗の意志を見せる私を朔夜は唇で押さえ込む。



「もう黙れ。俺は止めるつもりは毛頭無いし、お前もすぐにその気にさせてやるよ」


 その言葉に私は抵抗を諦めた。



 朔夜がその気にさせると言ったなら、本当にそうさせられるんだ。


 抵抗するだけ無駄。



 こんなドSで俺様な朔夜を愛してしまったのが運の尽き。


 もう、この腕からは逃れられないのだから……。



 私は仕方ないといった感じで微笑みながら、朔夜を受け入れた……。

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