黒い傘にはご用心

 子ども達の声が聴こえる。


 平日の昼下がり。

 木漏れ日が下校中の子どもたちに優しく降り注ぐ。

「…あの怖い話面白かった?」

「うん!今度貸してあげるね!」

 低学年くらいの二人の女の子。日を避けるように、塀の側をクスクス愉しげに歩いていく。

「うちの小学校にも、七不思議ってあるのかな?」

「…どうだろう?」

 しばらく考えた後、ひとりの女の子がピタッと立ち止まる。

「七不思議かは分からないけど、『くろかささま』っていうのは聴いたことあるよ」

 風がぶわぁっと吹き、木の枝がガサガサと擦れる音がした。

 女の子たちは、少し身震いをして、目を合わせるも、話を始める。好奇心が恐怖にまさっていた。


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 ――道路で何か悪いことをしたら、くろかささまに連れ去られるんだって…。


 私が聴いたのは、右側通行で自転車に乗ってた人。

 歩道を走ってたんだけど、前に黒い大きな傘をさしてる人がいたの。晴れてたのに…。


 でも、日傘かもしれないし、そのときはみんな不思議には思わなかったのよ。

 それよりも、そこは狭い歩道だから、自転車の人にとって、大きい傘は邪魔だったから、ベルを鳴らしたの。チリンチリンって。


 でも、何の反応もない。


 しょうがなく、そのまま後ろを走って、歩道が広くなったときに、追い抜くことにしたの。

 自転車の人も、腹が立っていたんでしょうね。

 追い抜くときに、傘の中をのぞき込んだの。どんな人が傘をさしていたんだろうってね。


 そしたら、覗いた瞬間に、傘の中にギュウンって。吸い込まれちゃった。


 そして、自転車だけを残して、黒い傘の人は何事もなかったように歩いていったんですって。


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 ふと気づくと、辺りは不自然に静かで、風はピタッと止まっている。日も雲に隠れて、冷たく湿った空気が立ち込めていた。

 何となく不安がこみ上げてきた二人は、黙りこくったまま見つめ合う。


「ハァッ…ハァッ…」

 突然、後ろに気配を感じて振り返ると、ランニング姿の女性が息を切らして現れた。

「ねぇ…そこの…道を塞いでるお二人さん…!」

 少しホッとしたのもつかの間、彼女は異様な雰囲気をまとっていた。この冷たく湿った空気が凄く馴染なじむような…。

 子どもたちが息を呑んで固まっていると、彼女は息も絶え絶えに、マスクの下を顕にした。


「あたしっ…キレイ…かしらっ?」


 子どもたちは息を呑んで跳び上がり、悲鳴も忘れて走り去る。


 それを見送ると、彼女は大きくため息をついた。そして、に向かって、ニッコリ微笑む。


新参者しんざんものが大きな顔しないで」

 一片の光も映っていない真っ黒な瞳で。


 影は思わず身を翻し、逃げ去った。後には黒い傘がひとつ。

「……忘れ物よぉー」

 彼女は小さく呟くと、その傘を空に掲げる。

「あら、これなら紫外線対策ばっちりじゃん」

 くるっと回って見上げると、空には大きな入道雲が湧き上がっていた。

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