第13話 パリの車窓から

 同乗しているガイドさんの話を聞きながら、バスでパリの中心部をまわる。

 桑田佳祐氏の歌い方のような巻き舌で話す人で、慣れるまで聴き取りづらいが、面白い話が多かった。


「モン・サン・ミッシェルとヴェルサイユ宮殿は1日にまとめるツアーが多いんです。するとどちらも駆け足になりがちですが、皆さんは別々の日で良かったですね」


 そうなのか。どちらもとても見応えがあるのに、強行軍のツアーもあるんだなあ。そのぶん他の場所に時間を割いているのだろうけど。

 私はそれぞれに長時間いられる、このツアーで本当に良かったと思う。


 セーヌ川沿いに向こう岸のシテ島を眺めてバスは走る。

 端正な美しい建物がある。

 もとは宮殿で14世紀半ばに牢獄として使用されるなったコンシェルジュリー。フランス革命時にはマリー・アントワネットはじめ旧体制派が収容されていた。背景を知るとその整然さが空恐ろしく思えてくる。

 牢獄も社会に必要なもので、モン・サン・ミッシェルにも牢獄だった時代はあったけれど。


 こちら側の河岸には、街角に小さなメリーゴーランドがある。この国では街角にもメリーゴーランドがあるのだ。幼いころから心の中にあった憧れのヨーロッパの欠片のようだった。

 


 バスは凱旋門に近づいてゆく。

 凱旋門のふもとはシャルル・ド・ゴール広場。凱旋門を中心に放射状に伸びた道路を星の瞬きにたとえてエトワール広場とも。


 ここは環状交差点になっている。交差点に入ったら円を描くように一方通行の環状の道を通り、出たい道路から出てゆく。慣れないもしくは遠慮がちなドライバーは余分にぐるぐるしがちだとか。


 とくにこのエトワール広場は、放射状に分岐した道路の数が多いぶん車線も多く、運転テクニックに覚えのある猛者たちが犇く交通の難所である。

 広場じゃなくない?!


 そんなエトワール広場で、運転手さんが凱旋門の周りをぐるりと一周してくれた。レリーフがよく見えて、とても見応えがあって嬉しい。

 つい窓から写真や動画を撮りたくなったが、レリーフの馬の前脚しか写っていない等の残念な画像が量産された。

 でもいいの。心の画像ファイルに収まっているからね!

 それにしても巨大すぎて遠近感が追いつかない建造物だった。



 エッフェル塔がよく見える広場で、しばらくバスを降りて記念写真を撮り合ったりした。

 向こうの道路にもメリーゴーランドがある! さっきのより一回り大きくて豪華だ。


 塔や凱旋門の置物を露店で売っている。

 実物に圧倒されたばかりで欲しいと思わなかったが、記念に購入する人も多いのだろう。

 たとえばパリで暮らした人が帰郷する時や、旅行者でも始めからパリを目当てに来た人ならこうした品々に違った感慨を抱くかもしれない。


 こんな凱旋門グッズがあったらいいな……と想像したのは、彫刻など細部が潰れてしまわないギリギリまで縮小した模型だった。それでもかなり大きなものになりそうだ。それを置くにはどのくらい広い部屋が要るだろう?

(東武ワールドスクエアに行けば良いのかもしれない)



 バスはパリの中心部から徐々に遠ざかり、夕食のレストランへ向かう。それにつれてガイドさんの話題は名所旧跡よりもフランス四方山話へと移る。

 

 柔道人口が最も多い国は日本ではなくフランスだとか(この話を聞いたのが2014年当時)。

 もっとがんばれ日本人! みたいな話の流れと裏腹に、そういえば私の記憶では剣道のほうが人気があったな……と同級生のことを思い出していた。

 高校のころ、男子は武道、女子は家庭科に割り当てられた時間があって、男子は柔道か剣道を選択した。必ずしも希望通りではなかったかもしれない。

 ある男子が希望の剣道クラスに入ったことを話していて「冒険者と呼んでくれ」と語った。ファミコンのドラクエ世代で、一緒にTRPGも遊んだ。剣と魔法のゲーム世界に夢中の少年少女時代だった。剣なら現実にもあるというわけだ。

 根っから文化系だった私は彼を羨ましいとは全く思わなかったが、もし武道をどちらか選択するとしたら、そんな理由でやはり剣道を選びそうな気がする。



 レストランについた。

 周りはパリの中心部ほどではないがやはり都会の、会社の多そうなビル街だった。

 午後8時、さわやかな青空。

「仕事帰りに一杯」どころか帰宅後に出直してデートが出来るような「夜」の長さだ。

 サマータイム(※)の威力!




(次回、更けゆくパリの夜)

(まったり日常系)




※ サマータイムは2017年に廃止された。

それで良いと思う。ITトラブルの種が世界規模で年に2度発生するのはあんまりだ。対応に追われる技術者も大変だろう。

旅行中は宵の長さを存分に楽しんだが、日常あっての旅行だと思う。


※※ サマータイム廃止の提案が出されたことはあったものの、実際に廃止された訳ではなかったようです。(2022年1月追記)




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